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ねむの木

 合歓木が咲いていた。ドライブの途中で信号で停止したとき、そこから見える住宅の庭木として確かに合歓木があった。

 ただ、その名前がどうしても思い出せなかった。初めに思いついたのがマンサクだった。しかしこれは春に咲く花で、今の季節には合わない。夏先のトキワマンサクなるものを検索したが全く違う。

 検索という方法は便利だが思考を邪魔することもある。春、ピンク、筋のような花びら、庭木などいろいろなキーワードを試してみた。志賀直哉の短編小説に出てきたのを覚えていたので、それを検索しようと思ったが却ってわからなくなってしまった。

 検索するのをやめてしばらく考えたらふと思い出した。ねむの木だ。合歓木と書く植物だった。思い出したらもうそれ以外には考えられなくなった。実物を見たのは久しぶりだったので忘れていた。夜は花が閉じるのでねむの木というらしい。でも、よく考えてみれば夜の木の姿を見たことがない。今度見てみたいと思った。ただ困ったことにどこで見たのかを思い出せない。

相対的

 誰かと比べることに慣れすぎている私は、勝手に基準を設けて自分の幸福度を決めてしまうことがある。こういう相対的価値観はおそらく人間の本性に属するもので私だけの問題ではないだろう。

 ただ、こうした窮屈な評価基準から抜け出す方法はないのだろうか。人を羨むのでも自分が奢るでもなく、必要なものを必要なだけ所有し、消費する。そういう生き方に魅力を感じている。

 できれば余裕がある方がいい。その余剰は周囲に分け与えるのが理想だ。いまはいつ破産するのか分からない恐怖を感じながら、毎日を徒労感とともに送っている。それも分不相応の何かをしようとしているからではないか。

 相対的幸福感から抜け出すための試みを少しずつ始めてみよう。これは禁欲ではない。やりたいと思うことはやるが、やらなくてもいいことは無理にやらないということなのだ。

身体にいいもの

 私の場合、食べる者には無頓着であり、いわゆるグルメではない。小腹が満たせればそれでいいと考えてしまう。おいしいものを食べるのに越したことはないが、そのために金銭を費やすほどの情熱がない。これはある人に言わせれば大変残念なことらしい。おそらく私がパッとしないはこういう考え方にあるのだろう。

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 そんな私でも時々、健康上食べるべきものと食べるべきではないものというような記事を読むことがある。それらの中でたとえばナッツ類はよく話題にのぼる。コレストロールの抑制、皮膚の再生などに効果のある栄養素があるので食べるべきだという人もいれば、高カロリーなので肥満の原因になるという人もいる。多くの食材は健康に寄与すると同時に病因にもなる。禍福を包含したものであるというのが事実なのだ。

 食べるということは異質のものを体内に取り込むことであるから、本来何らかの問題が生じないわけがない。長い生命の進化の中で栄養摂取のために取り込むことに成功してきたものが食物となり、その中にはわずかな毒や害悪をもたらす成分が含まれていることもあるということなのだろう。それが食べるということであり、生きるということなのだ。

 そういう極めてスリリングなことを毎日続けているうちに、そのスリルにすっかり麻痺している。食べられればなんでもいいなどと考えだした私は、やはりとても残念な生き物になっているのかもしれない。

矛盾を教える

 人間のできることの最高値は矛盾を教えることだと考える。理屈ではおかしくても経験上、文化的にこうでなくてはならないということはいくらでもある。それらを簡単に因襲のごとく囲い込もうとしてもうまくいかない。

 私たちのできる最大にして最良の方法は、この論理矛盾を受け入れる度量を持つことである。うまく説明はできないが確かにそうだ、ということはいくらでもある。その現実を踏まえるべきなのだ。

 効率を重視しすぎるシステムではこの論理矛盾が挟み込まれる余裕がない。だから最適解を提示しても実現不可能ということが多い。辻褄は合わないがこうすることがよいということは人間しかできない指導法だ。私はそういうことができるようになりたい。

インプット

 ある時期は情報を集めるばかりでものが書けない時期があった。本もかなりのスピードで読んだ。そのうちのどれだけ身についたのかは別の話だがとにかく入力過多になった時期がある。

 ところが最近はアウトプットばかりで入力ができていない。ここで考え方を変えていきたい。少しデタラメを書くのはやめよう。無理に絞り出さずにまずは先人の教えに従おう。知らない本をあえて読んでみようと思う。中断している読書ブログを再開することにする。

 歳を取ると本を読むのも大変だ。小さな字は見えないし、気力が尽きやすい。若い人には言いたい。後で読めばいいなどと思っていたら永遠に読めない。今日少しでも読むのがいい。

雨の一日になりそう

 大きな雨音に目を覚ました。かなりの雨量だ。風はない。台風が連れてきた大量の湿気が非常に極端に雨となって地面に落ちている。台風の進路は南に寄っているが、速度が遅いので長期にわたって影響が続きそうだ。

 少々不安になって起き上がってしまった。交通機関は恐らく大丈夫だろうが、明朝の出勤はずぶ濡れを覚悟しなければなるまい。いろいろなことが思い合わされて余計なことまで考えてしまう。

早朝の地震

 早朝の4時16分、房総半島南部付近を震源とする地震があった最大震度は5強という。震源がやや深めであったので、私の住む地域でも震度3の揺れが長めに続いた。東京でも震度4の地域もあったという。

 早朝だったため、混乱は抑えられたようだ。震度4以上でエレベーターが自動停止する設定になっているところは多いらしく、数時間ずれていれば閉じ込められた人が多数出たはずだ。

 今回は数名の怪我人が出る程度の被害で済んだ。ただ、この規模であっても時間帯や発生地によっては違った結果になることを考えておきたい。少なくとも何かに乗る時は出られない時間帯があるかもしれないことは折り込むべきだろう。

外そうにも

 マスクを外してもいいという社会的環境は整ったが、いまだに多くの人は止めない。これには防疫という観点だけではない要因が様々にある。

 私の結論はマスクをつけるのは個人の判断でよいというものであり、着用の有無を問題にはしない。コロナ以前からも真夏でもマスクをつけていた人はいた。一種のファッションであり、個人の自由というべきものである。ただ、パンデミックでマスク着用を強要された人々がマスクの効用を発見してしまったということが大きな要因である。

 マスクはもっとも不自然ではない変身の方法でもあった。変装すれば怪しまれるがマスク着用は簡単に群衆に埋没する手段として使われる。私たちの人物の認識方法は意外と単純であり、髪型や眼鏡の有無など一部の要素だけを取り上げる。だから、マスクの人はそれだけで一つの分類基準になるわけだ。これを逆に考えればマスクをつけることで簡単に大分類の中に組み込まれるのである。

 マスクを外すことはこの隠れ蓑を捨てることであり、その意味では身を晒すことなのであろう。だから、いきなり外してもいいと言われても困るのだ。外そうにも外せない。それがマスクは不自由と言いながらもつけ続ける人々の心理にあるのではないだろうか。

自分で書いたのに

 なんでも記録される時代である。そしてデジタル化されたものはなかなか消えない。もちろんこれは存在し続けるということであって、価値が変わらずに続くことではない。だから、存在していてもアクセスしなくなれば実質なくなったのと変わらない。

 自分が過去に書いたものが今でも検索すれば読める。学生時代に書いた多分にエッセイのような論文もいまでも変わることなく読める。その後、いろいろな方がそれを読み、中には引用してくださっている方もいる。申し訳ないが私の論文は間違っていた。部分的に材料として使うならば使えるところもないではないが。

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 その自分で書いた文章を改めて読むと、とても自分が書いたものとは思えない所がある。つまり、書いた意図が思い出せないのである。批判的に若いころの自分の文章を読むことができるのは、すでに書いた自分と今の自分が相当違うからなのだろう。論文を書く仕事を辞めてからはこのように何かに自分の考えを残すという機会がなくなった。ただひたすら毎日を消費するばかりだ。少しは人のためになっていることを願うのだが。

 自分で書いたのに自分の文章とは思えない。こういう経験はこれからもあるのだろう。私は毎日このブログを書いているので、過去の自分にさかのぼることができる。そしてさかのぼるとやはり自分のものとは思えない文章に出会う。人は変わりながら生きているのだ。だからこれを恥じることはない。そう考えることにした。

久しぶりの訪問

 おそらく20年ぶりにかつて暮らしていたところを訪ねた。いろいろなところが変わっていたが、一番の違いはそこに暮らす人々の姿だった。自分がいなくてもその地は風雪に耐え、情勢に対応してきた。それを確認したことだけでもうれしい。

 私にとってその地での暮らしは様々な思い出の重なる場所であり、懐かしくも苦々しくもある場所である。その地に多分の未練を残しながら振り捨ててきた。というより、自分以外の要因で街を出ざるを得なかったのである。だから、そのころの自分のふがいなさを振り返る場所でもある。

 子どものころから転居が多かった私にとって、このような久しぶりの訪問の経験はこれが初めてではない。でも、そのどれもが心が大きく動く経験となっている。この後もこのようなことがあるのだろう。そして、また呟くに違いない。あの頃は若かった。楽しくて辛かったと。そして今まだ生きていることに少し感謝するはずだ。