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暗黙のルールが守られるために

 私たちの日常は様々な約束事で成り立っているが、もっとも表面的なものとして暗黙のルールというべきものがある。たとえば車を運転する場合、2つの道路が1つに合流するときには一台ずつ交互に譲り合うというのが私の住む近辺でのルールである。ファスナーに例えられる合流の方法は誰から教えられるでもなく実行されている。救急車両が来れば路肩に車を寄せ道を譲るのもそれであろう。

 運転手でなくても決まっていることは大概守られる。電車に乗るときは降車客が降りてからにする。ただこれは時々破られてしまうことがある。モラルの欠如もあるが、乗りなれていない人に見られる失敗であろう。普段使っている路線ならばどのくらいの人が降りてくるのかは大体分かるので、それを待ってから入ろうとするが、旅先では慣れない乗り換えに遅れたくないという焦りに、その駅の乗降客数の状況がつかめないためフライングしてしまいがちだ。

 暗黙のルールはさまざまな局面にあるが、それが表面化していないために部外者には分かりにくい。これが国際レベルになるともっと深刻で、自国では当たり前のことが通用しない。場合によっては違反行為になってしまうことも多いのである。

 そこから起きるトラブルを防ぐにはどうすればいいのか。それは周囲への観察が欠かせない。自分の行動が他集団ではどのように翻訳されるべきなのかを考えなくてはならない。おそらくそれは多くの失敗も伴うだろう。でもそれを乗り越えてこそ達成できる。暗黙のルールは別の言葉に置き換えると文化と言ってもいい。異文化を知り、場合によってはそれに沿った行動をすることは、日常生活の中からも学べるのである。

土産を買うことの意味は

 お土産を買う文化は世界共通ではないようだ。友人や同僚、近所の人々に土産を買うことは日本人にとっては当たり前の行動であり、これが観光産業を支える要素の一つになっている。旅先だけではなく、コンサートグッズや美術館や博物館のショップも結構賑わっている。

 私たちはその地に行ったこと、何かに参加したことを物に残そうとする思いがあるのかもしれない。経験は時間とともに消え去るがものにすれば少しその消滅を延長することができる。土産に多いキエモノは比較的すぐになくなるが、少なくともそれが消費されるときに経験が想起されることになる。他者に贈るモノは自分の管理から離れるが、少なくともそれを贈与する段階で、自分の経験は意味を持ち、うまくいけば人間関係の強化につなげることができる。真の目的は他人の好感を得ることでも見返りを期待することでもない。自分の経験を意味あるものにして、思い出すための手段なのであろう。

 だから、他者から土産をもらったときはその品物に対する評価よりも、送り主がした経験の意味を高めることをした方がよさそうだ。どんな旅だったのか、どんな経験をしたのか。それは実に素晴らしく、羨ましいと一言言えば土産を送った人の満足度を高めることができるのである。送る方はそれを実は期待しているはずだ。贈るだけで自己満足は得られるものの、リアクションによってそれ以上の報酬を得ることになるのである。

 贈答によって人間関係を堅固にしてゆく文化は世界各地にあるが、日本においてはそれが顕著に見られる。盆暮れの消費行動はその一つだ。特別な経験のあとにある土産物を贈る慣習もこれに含まれる。近年これを虚礼として廃する傾向にあるが、もしかしたらそれによって自分の経験の価値自体を貶める結果に至ってしまったのかもしれない。

 

食べなれたものはおいしい

 私たちは日常的に食べなれたものをおいしいと感じる。これは食文化に大きくかかわる事実であり、幼いころから蓄積された味覚によるものだから理屈を超えたものといえる。

 東京から地方に行った人の中には、ここの料理は甘い、少し口に合わないということがある。味噌や醤油などの料理の基本調味料であり、かつ地域差のあるものがその原因になる。たしかに関東や東北地方の料理は概して塩味が強い。さらにそばなどのつゆは印象的だ。関東風はかつおだしにかなり濃口醬油を効かせて濃い味に仕上げる。関西風は昆布だしが主体で、薄口醬油を味の調整として使っているようだ。簡単なまとめをすると醤油で味をつける関東に対して、昆布だしでうまみを強調する関西風ということになる。私自身はどちらも好きなのだが、食べなれていないものを出されたときに違和感を覚える人も多い。

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 国内ですらそうなのだから、他国の人にとっては余計そうだろう。日本料理はおいしいと絶賛する外国人の姿がメディアにはいくらでもあるが、そうは思はない人が多数いることは確かだ。日本に来ている時点で日本文化に関心を持っているわけだから好感度を持っているのは当然なのだ。味の濃い料理、辛い料理を常食している人々にとっては日本の料理は味は薄く、淡白に感じるだろう。だしのもたらすうまみも感覚することが少ない人にとっては認識できないかもしれない。ゴボウや生ノリといった独自の素材は消化することも困難かもしれない。

 食べなれたものはおいしい。そうでないものは苦手である。当たり前のことだが、時々それがわからなくなる。食文化だけではない。自分にとって親しいものはよく見え、そうでないものは邪悪に見える。それが私たちの現実なのだ。

ボンボンシール流行の意味

 よく使う駅の改札の外に設けられたワゴン販売に珍しく長い列ができていた。大抵はお菓子や、革細工などの小物などが売られていて、足を止める人はいて、そこそこ売れることもあるようだが、列ができることはない。それが少なくとも20名以上の列だったのである。

 何だろうと思って見に行くと意外なものだった。シールだったのである。キャラクターの形に作られたシール集で、立体感がある。調べてみたらボンボンシールというそうだ。諸説あるが平成年間に主に女児の間で流行していたシール収集がここにきて復活したらしい。でも、昭和にも似たようなものがあった。転写シールというフィルム上のシールなどはあちこちに貼って怒られたものだ。

 シールのような安価でかわいらしいものが流行するのはなぜなのだろうか。一つにはそれを買い与える親世代の精神が影響している。昔のことを懐かしむ気持ちだ。平成レトロと言われているようだ。昭和世代にとっては複雑な気持ちになる言葉ではあるが。さらには幼いころに回帰したいという一種の退行心理もあるのかもしれない。ストレスが多く、常に何かに追われているような毎日、また縮小する国家経済、近いうちに起きる天災などのニュースをジャブのように受けている私たちが、心理学でいう防衛本能を子どもの遊びのなかで実行している可能性もある。

 現役の子どもたちにとっては簡単にできるデコレーションに創作活動を始めるきっかけを使ってほしい。そして私たちも、デザインすれば日常品が違った輝きをもつということをシールの貼付から思い出す契機となるのかもしれない。私の子ども時代のようにあちこちに貼りつけて怒られることがないようにしなくてはならないけれども。

 

スポーツ観戦

 最近、スポーツ観戦が以前よりも注目されている。懸命に何かに取り組む姿に共鳴することが快感をもたらすのかもしれない。

 バーチャルな体験は人工知能の発展も伴い、ますます現実に近いものに近づきつつある。いまは視覚的なものが中心だが、近いうちにより五感に訴えるものへと変わっていくはずだ。するとますますリアルな体験が遠いものになる。それ故に逆に現実であることが貴重なものになるのだ。

 スポーツ観戦は現実に行われていることへ、感情移入して、脳科学的には一種の同期を起こすことでリアル体験に近い感動を味わえる。実際に試合をしているわけでもないのに、選手の肉体や精神を内面化したような錯覚を味わえるのだ。

 しかも時間が来れば試合は終わる。日常に帰還することが予め保証されている体験なのだ。最近のスポーツ観戦にはそういう精神風景があるように感じる。

初詣

 元日の今日、各地の神社では初詣の長い列ができた。日本人は宗教に関心が薄いというが、まったく当たらない。一神教的な物差しには当てはまらないが、極めて信心深い。教理に対しての信仰というより、救いに対しての素朴な思いが強いのだ。

 初詣の良いところは待たされても殆どの人は文句を言わないこと。割り込みはないが、たとえあってもそれほど目くじらを立てる人がいないことだ。いつもより寛容になっている人が多いのはこの日のよいことだ。

 初詣に何を願うのか。私の場合は結局は世界平和なのだと思う。それはいまやっていることが不可抗力で無駄にならない環境を維持したいということなのだ。戦争はそれをぶち壊す。そして、誰も責任を取らない。そうならなければ、悪あがきを続ける価値が残される。私はその環境だけは維持したい。

 初詣だけではなく時々、社寺に訪れることは意味があるのかもしれない。自分の現在地を時に客観視するためにも、自分以上の視点を持つ機会を持つことには意味がある。

文化

 文化という言葉の意味はかなり広い。西洋の言語的にはもともとは農耕に由来するらしい。今日、使う文化の意味には特定の集団の中で伝統的に繰り返される慣習や、ルールのようなものを指すことが多い。企業の文化などというときの用法である。

 芸術に関わるものも、日常生活の中にあるのも文化である。文化はその意味では特別なものであると同時に極めて一般的なのもなのだ。そして、それは一人では作れない。人の集団の中で少しずつ形成されてゆくものなのだ。

 だから文化とは何かと聞かれたら、それは生活の全てと答えるしかない。その中にある一つの傾向のようなものが、他人からは文化として見えるのだ。

模型飛行機

 こどものころ、プロペラをゴムで回す模型飛行機を作った。機体は木材と竹ひご、羽には和紙のような紙を貼った。最近は見かけないがそのころは普通にあった。竹ひごを羽の形に曲げるのがひと技、そこに羽の紙をきれいに張るのがその上の技であった。

 プロペラを手で巻いて飛ばすとうまくいったときは結構遠くまで飛んだ。ただ、機体の強度は極めて弱いので数回で壊れてしまうことが多かった。木に引っかかって取れなくなってしまったり、着陸したところが水たまりで機体が駄目になったり、いろいろなことがあった。

 ただ、出来合いのおもちゃよりは自分で作ったという思いがこの遊びを特別なものにした。今はこの種の飛行機のキットはどこで手に入るのだろうか。またこのはかないおもちゃに魅入られる子どもはいるのだろうか。

感動の下地

 あくまで私の話だが、何かに感動するときにはそれを自分事として考えられるときであると思う。自分だったらどうするだろうという思いが浮かんだときに、感動のスイッチが入り始める。もちろん、それだけではないはずだ。でも、これまで感動したことを思い浮かべてみると、そこには常に自己との比較があるようだ。

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 こうした事例から考えると、私たちが感動するためには自己の経験の豊富さが関与してくるともいえる。自分事と考えるためには、類似する経験を持っていることの意味は大きい。さまざま経験を積むだけ、他者の行うこととの比較ができやすくなる。そこに発見があり、感激が生まれる。だから、芸術でも学術でも何かに感動するためには、自分側の経験の豊富さが大きくかかわってくるといえる。

 その点で現代人が直接何かを経験することが減り、メディアを通して情報を表面的に知ったり、あるいは仮想的な空間で擬似経験しかしていない例が増えていることには問題があると考えれられないか。知っているつもりで実は知らないということは多い。分かっているといいながら自分がその立場に立ったことがなければ本当の理解は進まない。

 もちろんすべての経験を個人が得ることは不可能である。例えば宇宙空間での作業は、ごく限られた人物しか経験できない。しかし、たとえば孤独の中で何かをやり遂げるとか、全く情報が遮断された状況で手探りで何とかやるべきことをやり終えたとか、そういう経験でも推測するのには役に立つ。そうした基本的な経験による学びは子どものころからいろいろなことを通して獲得してきたものであり、中には幼い遊びのなかにその萌芽があるものもある。

 子どもに多くの経験を積ませることはその意味で非常に大切である。座学ももちろん大切であるが、いろいろな現場に立ち会わせることも教育の大切な側面と言える。感動する心が進歩を生み出す。次のものを作り出すためにも、まずは感動できる下地を作っておくことが必要ではないか。

美しき日本

 ラフカディオ・ハーンの「日本の面影」に彼が赴任した島根の師範学校の様子が描かれている。学生の規律と勤勉さが賞賛されているのだが、現代の師範学校と言える大学の教育学部の学生との差はかなり激しい。

 ハーンの見た師範学校の学生は軍隊的な規律で統一されていたという。学費と一年の兵役を免除されていた学生たちは、それと引き換えに極めて自己抑制的、集団主義的な立ち居振る舞いを心がけていたようだ。ハーンはそれを美意識で捉えているが、現代の日本人からすればかなり窮屈で偏向した価値観に映る。教員となるものがかような一元的価値観で生活して良いものなのかと考えてしまうところである。

 ハーンはしばしば欧米との比較を行い、日本文化の独自性と優位性を論う。どちらが優れているのかという判断は個人的なものであるからそれ以上言うことはない。ただ、ハーンの見た日本のありようは晩年に精神的な理想郷を見ようとした心の作用の影響にあることは間違いない。

 ハーンにとっての島根時代がいかに豊かで素晴らしいものであったのかを、この「日本の面影」は伝えてくれる。ここに描かれた美しい生活は今の日本にあるのだろうか。