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個性的な店舗の応援の仕方はないのか

 渋谷にあった郷土料理店が密かに閉店していることを知った。偶然、通りかかったときに閉店の告知が扉に貼ってあるのを見て知った。なかなか手にはいらない郷土料理を渋谷で食べられるのが魅力だった。少し価格が高いのが気になったが、故郷の味を楽しめるとなれば、それなりの価値はあったはずだ。もう少し貢献しておけばよかったと後悔している。

 外食企業は分かりやすいが、その他の業界でもチェーン店以外の業態を維持するのは難しい。独自路線を売り物にすることは消費者の選択の幅を確保してくれる大切な行動だ。ただ、大手資本の背景がなく、商品の質だけで勝負することはかなり難しい。消費者は質の良いものを求めたいという気持ちと、そこそこの品質だが安いものとがあるとき後者を選びがちだ。この消費行動が個性的な店舗を窮地に導いている。

 篤志家でもない一般市民の私ができることは限られる。月に一度は高くてもいいものを提供している店に入ってみるということだ。それが個性的だが、経営的に行き詰まっている業者を救うことになる。それが生活の多様性を維持し、経済の強靭さを育てる。経営努力は当然大切だが、消費者側の俯瞰的な視点に立った行動も今後は求められるはずだ。

 日々の生活を特定の企業グループなり、大型チェーン店の商品で賄っている私にとって、ある意味エコノミーのルーティンを破ることになるが、何が贅沢なのか、何が社会貢献になるかなど様々な要素を考えなくてはならないと思い至ったのである。

ナマズの味

 子どものころ、父によく釣りに連れられた。父にとっての憂さ晴らしだったのだろう。魚釣りには月に2回以上は行き、長男はその共をする必要があった。このことはこれまでにも書いたことがあったと思う。

 川の釣りは気楽で良かったが、なかなか釣れないのと釣れてもその魚があまりうまくないことは大問題だった。川魚独特のなんというか泥臭い味は海の魚より劣っていると思った。ヤマベとかハヤはよく釣れたがうまい魚ではなかった。ほとんどが南蛮漬けなる調理法で料理されたが、私の好みではなかった。

 川魚で美味いのは鮎や岩魚などの魚だったが、なかなか釣れない。釣れると父が大袈裟に喜んだのも、なぜか好ましく思わなかった。いまなら、同じ反応をするかも知れないが。

 唯一川魚で気に入ったのはナマズである。外道として釣れたのであるが、見た目は醜くいい気分はしない。ただ料理すると群を抜いて美味かった。釣れたときは化け物のように見えたが、父はその味を知っていて持ち帰った。確かに癖がない、しかもウナギなどに通じる味わいだった。

 古代の魚食の記録をみると川魚が中心だ。嗜好は時代によって変化していくものらしい。子どものころに川魚をよく食べさせられたおかげで、こういう視点を持てるのだと思ってみることにする。

自炊をしていた頃

 自炊を始めたのは単身赴任の父のもとに母が時々「救援」に行った期間のことであった。私は大学に入っていたが、弟は高校生だったと思う。自炊といっても、出来合いのものを温めるようなものであったが、弟などは魚屋でイワシを買ってきて刺身にしたりしていた。わが兄弟のサバイバル料理はこのころから始まったと言える。

 私にとって本格的な自炊の始まりはひょんなことでいきなり地方生活になった私の境遇による。富山県魚津市に勤めることとなり、住まいは隣市の黒部市になった。その頃は市内にコンビニエンスストアがなく、大抵の店舗が夜8時には閉店した。それに間に合わないと酒も買えない。アルコールの自販機はなかったからだ。

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 最初に覚えたのはなぜか親子丼だ。料理の教則本のようなものを見ながら、作ってみると意外にいけた。調味料の配合比をその都度計量スプーンで正確に測っていたからだろう。だんだんいい加減になり、日によって少しずつ違う味付けになるようになったが。酒のつまみにこんにゃくを炒めたものをよく作った。これもなぜか手に入れた独身男性向けの料理の作り方ビデオで学んだものである。その大半は酒の肴の類で結果的に家で飲む酒も増えることになった。

 富山は魚がうまい。いわゆる高級魚は都会の方がいいものが手に入るのかもしれない。いいのは下魚と呼ばれる魚だ。黒部市の生地の付近では「なんだ」という魚が切り身としてパックで売っていた。結構な量で100円足らずだ。いつも切り身で売っているので魚の正体は分からなかった。今調べてみるとタナカゲンゲというそうで、ナンダは黒部市付近での方言だという。深海魚らしくカニ漁での網にかかるのだそうだ。見た目はあまりよくないが鍋にするとかなりうまい。ひところはこればかり食べていたこともある。もっと有名なゲンゲも美味だったが、これらの魚は鮮度が落ちやすく県外には流通しない。地元でのみ食されたものであったようだ。いまはそのうまさが知られて、高級食材のように扱われているところもあると聞く。社会人になりたての私にとってはこうした格安の魚は実にありがたいものであった。

 ほかにも卵が1パックで1円(ただし、他の物を500円以上買った場合のみ)とか、富山県の伝統野菜ともいえる赤かぶやかもり(賀茂瓜)なども試してみた。赤かぶは簡易漬物器で塩漬けにしてよく食べた。そのころは何でも自分で作ろうとしていたし、作れないものは食べられなかった。いまは外食をよく利用するが、その頃は入りやすい店がなかったのに加えて、一人暮らしを始めたばかりの気負いもあって、職場の飲み会(これが多かったが)がない日はすべて自炊であり、インスタント麺を使うことも少なかった。

 外食産業が発達しておらず、閉店時間が早いというのは今では不便そのものとみなされるだろうが、いろいろな能力を育ててくれる大切な機会であったと思う。便利なことがいいわけではない。そんな当たり前の結論の話である。

 

ジャワにはないジャワカレー

 駅そばの店でなぜかインド風カレーののぼりが立っていた。インド風とは何かを検索すると、小麦粉を混ぜないものだそうだ。日本のカレーはとろみをつけるために小麦粉を入れるので、それがカレーかと思っているとしばしば裏切られる。ただこの「風」というのが要注意で、日本の料理には何々風というのが実に多い。そう名乗らなくても日本アレンジがなされているものが多く、それがすでに独自のものとして評価されている。

 インド風カレーをきっかけにして、ジャワカレーというものがあったことを思い出した。なぜジャワなのか。調べてみるとその地名とは関係がないことが分かった。赤道近くのジャワ島が南国の象徴と考えられ、スパイシーだがさわやかな味わいのカレーとして命名されたのだという。当のジャワには日本のジャワカレーのようなものはなく、スープカレーのようなものが主流だという。ココナッツミルクを混ぜて口当たりをよくするのが特徴なのだそうだ。

 もっと凄いのがバーモントカレーである。アメリカのバーモントにはそもそもカレー料理が存在せず、この命名にはかなり無理がある。ただし、かつてこの地域でリンゴとハチミツを使った健康法が流行し、有名になったのだという。そこでこの2つの素材を使用して作ったカレーだという訳で、バーモントのカレーではなくバーモントで流行した健康法を取り入れて作ったカレーなのだ。

 今ではカレーを「日本料理」と考える外国人も多いという。邪道だったものが独立して格上げされてしまったのだ。ルーツには敬意をはらうが思い切って和風化する。これは料理のみならず、この国の特徴と言える。確かに日本カレーは万人受けする懐の深さがある。

 前にも紹介したが、ラーメンや餃子、天津飯も日本アレンジの産物だ。スパゲッティのナポリタンも、ドリアもイタリアにはないという。それを中華なり、イタリアンというのは料理のご先祖に対する敬意があるからだ。ジャワやバーモントには多少申し訳ない気がするが、少なくとも私世代の日本人には知名度が高いことで許してもらおう。

食べなれたものはおいしい

 私たちは日常的に食べなれたものをおいしいと感じる。これは食文化に大きくかかわる事実であり、幼いころから蓄積された味覚によるものだから理屈を超えたものといえる。

 東京から地方に行った人の中には、ここの料理は甘い、少し口に合わないということがある。味噌や醤油などの料理の基本調味料であり、かつ地域差のあるものがその原因になる。たしかに関東や東北地方の料理は概して塩味が強い。さらにそばなどのつゆは印象的だ。関東風はかつおだしにかなり濃口醬油を効かせて濃い味に仕上げる。関西風は昆布だしが主体で、薄口醬油を味の調整として使っているようだ。簡単なまとめをすると醤油で味をつける関東に対して、昆布だしでうまみを強調する関西風ということになる。私自身はどちらも好きなのだが、食べなれていないものを出されたときに違和感を覚える人も多い。

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 国内ですらそうなのだから、他国の人にとっては余計そうだろう。日本料理はおいしいと絶賛する外国人の姿がメディアにはいくらでもあるが、そうは思はない人が多数いることは確かだ。日本に来ている時点で日本文化に関心を持っているわけだから好感度を持っているのは当然なのだ。味の濃い料理、辛い料理を常食している人々にとっては日本の料理は味は薄く、淡白に感じるだろう。だしのもたらすうまみも感覚することが少ない人にとっては認識できないかもしれない。ゴボウや生ノリといった独自の素材は消化することも困難かもしれない。

 食べなれたものはおいしい。そうでないものは苦手である。当たり前のことだが、時々それがわからなくなる。食文化だけではない。自分にとって親しいものはよく見え、そうでないものは邪悪に見える。それが私たちの現実なのだ。

カツレツとトンカツ

 トンカツは好きで月に一度以上は食べる。さすがに最近は油っぽいものを避けようとする傾向があるが、トンカツ屋に行くのは一種の幸福である。このトンカツは、西洋料理のコートレットなる肉に衣をつけて油で炒める料理を起源としている。

 コートレットつまりカツレツでは肉を叩いて広げ、その上に小麦粉などをまぶし、薄く引いた油の中で焼く料理のようだ。日本の料理店でもこの方法で調理した料理を食すことはできる。なかなか美味いものだ。

 日本のトンカツはこれにならいながらも、比較的安価な豚肉を使い、天ぷらの調理法である肉を油に完全に沈ませる方法を取り入れて和風化を達成したものである。キャベツを添えて油っぽさを低減する方法も日本が発祥だという。つまり、元は外国料理だが、それを種々の事情で和風化しているうちに今の形になったということだ。

 これは日本の食文化の典型であり、ラーメンや餃子、コロッケといった中華や洋食という分類がなされる日本料理などに共通する。積極的な導入、模倣と、その変容が顕著に見られる。おそらく世界中のどの国や地域も同様な展開がなされているのだが、日本文化では摂取以前の形態を保存したり、名称を残したりするためにそれが分かりやすいのだ。

 日本文化のあり方そのものともいえる。模倣の末に元を越える何かに作り変える。しかもその原型への敬意を残す。出来上がったものは、また次のものに作り変えられる材料となる。そういう循環を阻害してはならない。

コンビニの巻物

 コンビニでよく買う食べ物に納豆巻きがある。理屈を越えて好きだから定期的に買ってしまう。このコンビニの巻物の包装が秀逸である。海苔が米と接しないようにフィルムが施されており、食べるときにその遮蔽を取り去って食すように設計されている。

 しっとりとした米と具に対して、海苔はあくまで乾燥した状態でなくてはならない。これを実現するためには、具と海苔を分離する特殊な包装が必要なのだ。コンビニ巻物はそれを見事に実現している。

 中身のフィルムを取り除いてから、海苔に巻きつける作業はちょっとしたコツが必要だ。経験したことがない人は始めは戸惑うだろう。外国人観光客にも是非挑戦してみてほしい。海苔は乾燥したままで食べたいという日本人の特別のこだわりを知っていただければ、きっと旅の発見の一つになるはずだ。

 私はこの包装法の開発者に敬意を表する。あなたのおかげで救われた人がどれだけいるのか。日本の味を安価に再現する技法の開発者に心から感謝したいのだ。

おせち料理の意味

 最近はいろいろなところにおせち料理の予約の広告がある。贅沢な具材をふんだんに用いて数万円という価格で予約を受け付けている。すでに受注終了というシールが貼られたものもある。私などはどうしてここまで投資しなくてはならないのかと考えてしまうが、価値観はさまざまあってよい。

 おせちの原点は節日の供物にあるのだと考える。季節の節目に神に季節の収穫物を備えることで、神に満足してもらい、次の年の豊年を予祝する。神はここまでやってくれたのだから来年もという気持ちになると古人は考え他のだろう。だから、あくまで神饌であって、人はそのお下がりをいただくのに過ぎなかったはずだ。

 それがいつのまにか人間がその贅を尽くすためのものと考えられるようになる。信仰の枠から外れれば、限りなくその内容は形式化し、高級食材を使う方がよいとされていく。神様を忘れ、自分が神であるかのように振る舞うが、神である資格は経済力に裏打ちされたものだ。変動の激しい基準である。私のようにいつまで経っても神様になれない人もいるが、神になったり、落ちぶれたり、その繰り返しをしている人もいるはずだ。

 おせち料理を食べるとき、一瞬でも自分の信じる神もしくは尊敬すべき人やモノを思い浮かべるといいのかもしれない。するとその重みがその味を荘厳なものに変えてくれるはずだ。¥ではない単位の幸福が得られるかもしれない。

シロナ

富山に住んでいたころ、自炊するときによく使った野菜にシロナがある。白菜と書くと別の野菜になるが、実は近種ともいう。巻かないのがシロナであると説明する説もあるが真偽は分からない。ただとてもあっさりした味わいと、煮込むと味が染みやすいのは共通している。

とても安価で申し訳ないほどだった。これを醤油とバターで炒めると結構な美味であった。かさが少なくなるので思いきり使うことがコツだ。魚の煮物に添えたり、新鮮なときはサラダにもした。

ほうれん草は法菜と書かれていた。こちらの方がしっかりとした味があり、おいしく感じたのは言うまでもない。それでもときにシロナを食べたくなるのだが、近隣では売っていないようだ。

ドリアは日本発

 格安イタリア料理店のサイゼリヤの看板料理であるミラノ風ドリアには時々お世話になっている。小腹を満たす料理でありながら、税込み300円という安価である。実にありがたい。

 ミラノ風ドリアというものがイタリア料理なのかといえば、答えはNoである。ミラノにはこの料理はないし、そもそもドリアも存在しない。もっとも近いリゾットは見た目も製法も異なるものである。

 ドリア自体は横浜のホテルニューグランドの初代料理長のサリー・ワイル氏が即興で作った料理をもとにするようで、米の上にグラタンの様なものをかけることで食べやすさと栄養価を演出したものらしい。ワイル氏はスイス人とのことだが、横浜生まれの日本料理ということもできる。

 サイゼリアがミラノ風と称するのは、ボローニャ風のトッピングをしていることによるが、ミラノはボローニャではないことからいろいろな意味でミラノとは無関係なのだ。ちなみにミラノ風ドリアはサイゼリヤのオリジナル商品であった。

 日本はさまざまな文化を受容し、それを自国風にアレンジすることにかけては無二の技能を発揮する。数々の「風」料理の中でも庶民の味方のこの料理がどこまで今の値段を保てるのか。注目している。