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ジャワにはないジャワカレー

 駅そばの店でなぜかインド風カレーののぼりが立っていた。インド風とは何かを検索すると、小麦粉を混ぜないものだそうだ。日本のカレーはとろみをつけるために小麦粉を入れるので、それがカレーかと思っているとしばしば裏切られる。ただこの「風」というのが要注意で、日本の料理には何々風というのが実に多い。そう名乗らなくても日本アレンジがなされているものが多く、それがすでに独自のものとして評価されている。

 インド風カレーをきっかけにして、ジャワカレーというものがあったことを思い出した。なぜジャワなのか。調べてみるとその地名とは関係がないことが分かった。赤道近くのジャワ島が南国の象徴と考えられ、スパイシーだがさわやかな味わいのカレーとして命名されたのだという。当のジャワには日本のジャワカレーのようなものはなく、スープカレーのようなものが主流だという。ココナッツミルクを混ぜて口当たりをよくするのが特徴なのだそうだ。

 もっと凄いのがバーモントカレーである。アメリカのバーモントにはそもそもカレー料理が存在せず、この命名にはかなり無理がある。ただし、かつてこの地域でリンゴとハチミツを使った健康法が流行し、有名になったのだという。そこでこの2つの素材を使用して作ったカレーだという訳で、バーモントのカレーではなくバーモントで流行した健康法を取り入れて作ったカレーなのだ。

 今ではカレーを「日本料理」と考える外国人も多いという。邪道だったものが独立して格上げされてしまったのだ。ルーツには敬意をはらうが思い切って和風化する。これは料理のみならず、この国の特徴と言える。確かに日本カレーは万人受けする懐の深さがある。

 前にも紹介したが、ラーメンや餃子、天津飯も日本アレンジの産物だ。スパゲッティのナポリタンも、ドリアもイタリアにはないという。それを中華なり、イタリアンというのは料理のご先祖に対する敬意があるからだ。ジャワやバーモントには多少申し訳ない気がするが、少なくとも私世代の日本人には知名度が高いことで許してもらおう。

手持ちの道具で

 旅行者の視点というものをこれまで何度も考えてきた。日常生活の風景は次第に新鮮味がなくなり、それを語る意欲を失わせる。それが旅人の視点になると、同じものが感動の原点になることもある。

 文学でも絵画でも音楽でも、異邦人が切り拓いた作品は数多い。非日常の風景に感動することが作品を生み出す原動力になるからだ。私はこの旅人の視点こそが文化を動かしてきたと考える。

 異国にたどり着いた創作者が持っているのは、自分が使い古した表現のための道具である。それが言葉なのか画法なのか、はたして音階なのかは表現手段によって異なるだろう。でもいずれにしても手持ちの道具で表現するしかない。その対象を表現するのに最適な方法はまだわからない。ただ描くしかないのだ。

 自分の知っているやり方で、いままで扱ったこともないものを描くのは難しい。だが、それでも表現したいという気分が勝れば新しい表現が生まれる芽が出るのだ。持っている道具は同じなのに、その使い方に革命が起きる。

 この意味において旅することには効用が大きいと言える。本当に身体をどこかに移動する旅でも、精神的に非日常の空間に身をおくのでもよい。旅することには大切だと考えるのである。

シャツの文字

What does it mean?

 文字の入ったシャツを着ることがある。大体が英語だがフランス語やその他の言語のものも見かける。そしてその意味についてはあまり考えない。

 日本語の書かれたシャツはスポーツのユニホームなどにあるが学校のクラブなどではよくあるのに、プロのチームになるとほとんどない。日本語は私たちにとって日常であるので特別な感じが出ないからだろうか。シャツの上に書かれるのは意味が分からないくらいがちょうどいいということになる。

 シャツに書かれている文字を訳すととんでもないことが書かれていたり、綴りや文法が間違っていたりする。逆に海外で売られている日本語が書かれたシャツをみるとこれもおかしな間違いが多い。恐らく意味よりもエキゾティズムなり、非日常性なりが求められているのだろう。

 外国の文字は記号でありながらも個別の意味との結びつきよりも、別のものを表すシンボルとして使われるということなのだろう。