憧れの人

 憧れの人というのはかなり怪しい。なぜなら、あこがれはどんどんインフレを起こし、実態以上になってしまうからだ。私の中で理想と考えるものがいくつかあって、それらは過度に理想化されている。そのことに気付いたのは歳を重ねた後だが、いまでも完全に客監視はできていない。

 韓国ドラマでは初恋の人が特別扱いされている。おそらく実際はそういうことはめったになくていわば理想型として考えられているのだろう。韓国ドラマをみる限り、我が国よりも理想に関する思い入れは大きく高く、妥協点は高所にある気がする。

 私の場合は、基本的に現状を受け容れる立場であり、まさに妥協だらけの人生だ。かといって、現状に不満がある訳ではない。今ある状態を結果的に最良の選択をしていると肯定的に認めることができる。それは私の場合の長所であり、欠点であると自覚している。

 憧れの人といったときに若い頃は異性の恋愛対象が思い浮かんだ。でも、今は性別ではなく、自己実現をするために努力を惜しまない人にそれが向かうことが多い。いわゆる偉人でなくてもいい。巷間の雑事にあって自分の信念を貫き、活動をし続けている人々に羨望の念を抱くのである。

 そして密かに自分自身がそういう人になりたいと思い続けている。敬われたいとは思わない。たとえば、通り過ぎた後に、しばらく経って、ああああいう人は貴重だったなと追認されるような人になれたらいいと考えている。

 最近、心身の変節点を感じることが多い。先述した希望を叶えるためには残された時間は少ない。誰にも迷惑をかけたくないが、誰かの役には立ちたい。そんな夢想をいつまでも続けている。

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