この季節はさまざまな花が咲く。園芸品種もいまが一盛りあり、梅雨明けを待つ私たちの心やりとなる。最近、隣接する都市の薔薇園に出かけた。まさに盛りの様相だった

薔薇はさまざまな品種改良がなされ、それぞれに魅力的な名前がつけられている。中にはなぜこの名前がと思うものもある。これはつけたもの勝ちなのだろう。
薔薇のように管理された園芸品種でなくても、実はさまざまな見どころがある。数日前に書いたアザミなどは野趣に溢れるが見どころは多い。植物にはさまざまな生き残り戦略があるが人間に気に入られることで生き残る品種もあるのかもしれない。コバンソウなどは意図したのかは分からない。結果的に刈りにくい雑草の一つにはなっている。
薔薇のように長い歴史の中で人間と関わってきた品種は限られている。あるときは薬用、あるときは美の象徴、それが権力の表現にもなり、その都度位置づけを変えてきた。現代においても庭園の主役であり、薔薇に形容されることには大きな称賛の意がある。
だからこそ、終わることのない品種改良が続けられ、その美しさもはかなさも例えようのない魅力となっている。薔薇園はそういった人為の成果であり、ある意味芸術作品ともいえるものだ。その種が生まれるまでのストーリーを考えると公園めぐりも別の意味を帯びてくる。

