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趣味のうち

 利益にはならないがやりたいことはある。これを能率主義者は無駄という。でも、果たして無駄なのだろうか。効率を重視して己を捨てることよりも遥かに有益なのではないか。

 趣味の追求は大抵の場合、他人からは無駄にうつる。そんなことをして何になるのだと。なんにもならない。ただ楽しいだけなのだ。その楽しみが時々他人のためになることがある。それでいいのではないか。

 生産性の高い理想的なXさんになるより、駄目だが生きることが楽しい私になる方が遥かに幸せであり、世の中のために成るのではないか。最近よく聞く生産性第一主義の論者の大半が不幸そうなのは恐らくここに帰結するように思えてならない。

短期記憶低下

 残念ながら短期記憶の低下は著しい。何をしに来たのか思い出せないということがしばしばある。コンピューターのウインドウを閉じると、何をやっていたのか分からなくなる。これは一種の老化なのだろう。

 同僚の中にも同じ悩みを持つ者がいる。しかも、私より大分若いのにも関わらずだ。短期記憶は、かなり早い時期にピークを迎えるらしい。

 そこで私は常に小型ノートを持ち歩きメモ代わりにしている。これで一応補助になる。ところが困ったことにこのメモをしょっちゅうなくす。だから、私の鞄や机上はメモ帳だらけだ。でもないよりずっといい。

 大事なのは何でもメモすることだ。単語でも図でもいい。すぐに採る。私の頭のスキルを補うのは数百円のメモ帳とペンなのだ。ブログ記事のヒントも大抵これである。

結びつける学習

 脳の構造として何かを学ぶときに自分にとって意味のある情報を優先するということが分かっている。逆に言うと無意味だと思われるものはなかなか習得できない。これは年齢を重ねるほど顕著な傾向になるそうだ。

 私がいろいろなことを学ぼうと思ってもそれがなかなか身につかないのは結局、自分にとって本当に必要だとは思っていないからなのだ。なくてもいいことは身につかない。少なくともそういう価値観をもってしまった瞬間から、習得の順位は下がってしまうのだ。だから、逆に価値を上げることさえできれば学習効率は上がることなるはずだ。

 学校の勉強がうまくいかないという人もテストの前になると少しはやろうとする。学習の成果が評価されると思えばやる気になるからだ。しかし、それがなければ何もできない。できなければ効果が上がらない。普段の学習も何かに結びつけたほうがいいということになる。そうすることで脳が優先順位を上げてくれるはずだ。

集中する時間

 自分の特性というものを実はよく掴んでいない。ただ、一つ言えるのは同時に何種類かの仕事をそつなくこなすというのには向いていないということだ。同僚や知人の中にはそれが見事にできる人がいるが、私はそれができない。

 昔、図書館にこもって一つのことをし続けていたことを考えると、私には何か決まったことをそのまま続けていくことが向いていると思っている。でも、そうかと言って飽きっぽいところがあるので極めることができないでいた。これがいわゆる天才との違いだ。

 今の仕事で全く調子がでないのは、マルチタスクそのものだからだ。同時にある程度の水準を維持しながら仕事をこなさなくてはならない。しかも自分で仕事の内容は選べず、状況に柔軟に対応しなければならない。こういうコンピテンシーは私には欠けている。

 それを補うために最近は色々な工夫をし始めているが、その一つが全てを満たすことを諦めることだ。これは自分の主義として認められないことだったが、最近は仕方がないと割り切れるようになっている。

 その代わり、満たされない思いを仕事以外の方面に活かしたいと思うようになってきた。それが恐らく次のステップに繋がることなのだろう。やりたいことを効率とか利益を考えずにやることをここ数年の目的にしてみたいと考えている。

睡眠の質

 このところ湿度が高いせいで睡眠の質が下がっている。少しずつ体力を奪われている気がするので要注意だ。就寝時間は加齢とともに伸びているがその質は下がっている。何らかの工夫がいる。そう思いながら何もせず、日々過ごしている。

不安定な空

 今朝の空は見るからに不安定な感じがする。複雑な雲が徐々に広がりつつあるが、それがない空域は真夏の太陽が強烈な陽射しを浴びせている。まるで空と地面の温度差を促進しているかのようだ。

 先日の台風とリンクした線状降水帯は各地に被害をもたらした。その周辺部にいた私は横から吹き付ける雨で来ているものがクリーニング送りになったのだった。専門家によると今夏は未曾有の気象が見られるかもしれないという。本来冷夏になりやすいエルニーニョが起きているのに、東海域の水温も高く、あちらこちらで強力な台風や低気圧が発生する可能性があるというのだ。

 異常気象という言葉が陳腐になり、気候変動という次の段階に入っているともいわれる。ならば、私たちの生活の方も対応しなければなるまい。高温、多雨、暴風に対応した暮らし方を考えよう。

梅雨曇

 このところ梅雨らしい天候が続いている、傘をさすかどうするか判断に迷うほどの雨が続き、時々本降りになる。本来年間でもっとも高く登る太陽が雲に隠されて見えない。梅雨曇は紫陽花などのこの季節の花を際立たせるにはよい。ただ、周囲に体調を崩している人も多く、何事も適度にあってほしいと思う。

脳の仕組みを活かす

 よく目にするのが脳科学による学習の方法の見直しという論調である。この方面には全くの門外漢なので言われたことをそうかも知れないと信じるしかない。その意味で科学と言いながら私のレベルではオカルトと変わらない。

 最近気に入っているのが独り言による自己暗示である。ネガティブな発言が続くと心が不調になり、結果としていいパフォーマンスができない。これを防ぐためにわざとポジティブな発言をするルーティンを作れというのだ。何かで読んだが、「だけど」の白魔法はいいらしい。弱音を吐いてしまったとき、すぐに「だけど」をつけて内容を逆転する。例えば「とても疲れた」と言ってしまったら、すぐに「だけど、いい経験ができた」などと内容を好転させる言葉をつけるといいのだという。実際にはいいことがなくてもこれを言うことで脳が騙されて良い行動ができるようになるというのだ。

 苦しいときこそ笑顔でいたほうがいいとはよく聞く話だが、これを一歩すすめて言葉で自分を騙すというやり方だ。いいとことを聞いたと思う反面、私たちは何とも危うい地盤の上に立っているのだと再認識している。何事も気持ち次第というが、論理とともに感情が思考や行動をいかに影響を与えるものであるかを痛感する。

 ブログ記事もときにこの手法を取っていることがある。本当はそれほど大したことでもないのに大仰に書きたてるのは自分を励まそうとしているもがきであると寛大な目でご覧いただきたい。

ムクドリ

 ムクドリは留鳥でいつでも見ることができるが先日、公園で群棲しているのを見て改めて存在を確認した。嘴と足だけがオレンジ色でその他は地味な色をしているので分かりやすい。

 この鳥は数羽でいるときは愛らしいのだが、どういう訳か群れやすく、ときには数万の群れになるという。鳴き声はあまり良くないので、それが群れるとうるさくて仕方ない。むくつけし鳥の略称がムクドリになったという語源説もあながち否定はできない。都会の場合、駅近くの街路樹が集会場になることが多く、騒音に糞害で嫌われ者になっている。

 いまは繁殖期らしいが秋になると親子揃って仲間たちと行動を共にする。それはこの鳥たちの生き抜くために獲得したやり方なのだろう。近くの駅ではこの対策として猛禽類のような形の模型を電柱の上に取り付け、カラスの鳴き声を音声で流したり、明るめの照明を街路樹に当てるなどしている。あまり効果は出ていないようだ。

 ムクドリにしてみれば人間の方こそ群れて一日中騒がしい。他種の棲家を奪って我が物顔でいると考えているに違いない。

典型的な日本人

 国民性を語る場面は多い。日本人らしいとか、日本人の特性とかいう。スポーツの大会などで観客席やロッカールームを掃除して帰ると日本人らしいといい、周りを気にしていつまでもマスクを外せないもの日本人らしいという。あっているようであり、間違っているようでもある。

 典型的な日本人などいるのだろうか。日本人の代表を一人選ぶとしたらそれは誰だろう。恐らく誰も選べない。日本人の中の日本人などと言える人はいない。これは日本だけではなくどこの国や地域でも同じことだ。

 それなのに日本人論は書店では売れ筋であり、それがいつも絶えることがない。日本人とはどういう民族なのかは日本人が常に気にしていることなのだろう。

 そもそも、日本人とは考えることの裏側には他の民族との比較の考え方がある。自分と異質のものを見つけてそれを基準にして比べようとする。ある国の人はこうだが、日本人はこうだという形の論調になる。内田樹氏の言葉でいうならば常にきょろきょろしているのだろう。

 これは短所でもあるが長所でもある。常に相対的に自分の位置を確かめようとすれば、だいそれた失敗はすることが避けられる可能性が高い。その代わり、自分たちの個性を肯定的に捉えられず、発展を阻害することもあるだろう。ひところよく言われたガラパゴス化なることばがネガティブに捉えられたために、世界標準ではないものの多くの独自進化が止められてしまった。そのまま開発を続けていればもしかしたら、世界標準になったかもしれないものもあったはずだ。

 典型的な日本人がいないのと同じように、典型的な男も女もいない。典型的な人間もいない。合成して作られる平均顔のような本当はいない存在を実在すると信じ込みやすい現状に危惧を覚える。まとめていいものとそうでないものがある。