引き潮の奏でる永遠のような周波数の波が何かを急かしている。私はその気配を感じることすらだんだんできなくなっている。かつては胸踊る場面でさえも色褪せたものにしか映らないことがある。
このまま、引いてゆく海の音に溶け込んでいけばいいのだろうか。波の音をかき消すような叫びをあげれば何かが変わるのだろうか。
よくわからないままに結局毎日を過ごしている。それで精一杯だから、それでいいのだ。そう思い聞かせて思考停止の状態にしている。
日々の思いを言葉にして
カテゴリー: エッセイ
自民党の総裁選挙にはどれだけの候補者が出るのか。政策で競っていただくのは大いに結構だが、なくしたという建前の派閥がまた影で力を発揮するのだろう。そのまま首相になることになる人材だから、全うな方になっていただきたい。
立憲民主党も代表選をするらしい。野党としては存在をアピールする手段として行うのだろう。政権交代が可能と国民に思わせることが必要だが原状はそれを感じない。公明党も代表交代のようだ。連立与党の存在価値をアピールしたいのだろう。
民主主義には選挙は不可欠だが単なる話題づくりならば意味がない。先日の都知事選のように売名や商売の機会に過ぎないものを繰り返していると確実に衆愚に陥る。分かりやすく意味のある主張をしていただきたい。
9月に入っても暑い日が続いている。月間予報では向こう1ヶ月も残暑が続くそうだ。果たして残暑という言い方が当てはまるのか。過去の季節の概念では捉えられなくなっているのは確かだ。
10年くらい前にテレビの天気予報の中で、将来日本には夏と冬しかなくなるかもしれないと予報士がコメントしていた。そのときは誇張に過ぎると思ったが、そうでもないようだ。物凄く暑い夏と、豪雪もある冬という嬉しくない組み合わせが増えている。
歳時記では春と秋の季語が多く夏冬は正月を除けばかなり少ない。古今和歌集の部立でも春秋が厚く、夏冬は薄い。伝統に背く現実が迫りつつある。
中学生のころ「初歩のラジオ」という雑誌を時々買っていわゆる電子工作をした。色々なキットが売っていて、理科系に進む以前の中学生でも始めることができた。
最初に作ったのがゲルマニウムラジオだ。おそらく多くの人がここから始めている。このラジオは極めて少ない部品を繋げるだけで電源もないのにラジオが受信できる。イヤフォンから聞こえるたよりない音はそれでも十分に感動できた。
私にとって幸運だったのは父がそこそここういうことに興味があったようで、工具箱の中にはんだ付けをするための道具が揃っていたことだ。回路の意味は分からなかったが、雑誌の通りに部品を揃えてはんだ付けすれば音がなった。それなりの達成感が生まれ、他にもいくつか電子工作をした。そのまま続けていればエンジニアへの道もあったかもしれない。私にはそれはなかった。他にもやりたいことが山ほどあったのだ。
理科系は理論の学問なのに、工学は実践を伴い、個人的な努力が反映される。私にとっては興味の糸口はは十分にあった。でも、それよりももっと興味が惹かれたものがあったために、それ以上の深みにはたどり着けなかったのだ。人生はほんの少しの差で大きく変わる。
ゲルマニウムラジオで受信できたときの感動を今一度思い出したい。驚愕と歓喜と幾多の好奇心の虜となったあの日のことを。
日本サッカー協会のシンボルマークの八咫烏(ヤタガラス)が記紀神話に基づくものなのか、「淮南子」などに登場する三足烏に基づくのかでちょっとした論争になっているという。私見ではどちらも正解であり、不正解でもある。この話には日本文化の本質に触れる問題がある。
自国のアイデンティティを自前のものにしたいという心理はわかりやすい。でも日本という国名自体が輸入された漢字とその字音でできている。ちなみに中華人民共和国の人民や共和国は明治の日本人が作り出した翻訳語だ。アイデンティティの中核に当たる名前自体が借り物でできている。
それは決して価値を落とす要因にはならない。文化というものは交流の中で発展するものであり、そこにルーツの正当性を競っても意味はない。私たちの文化には多数の異文化がすでに溶け込んでいる。それを切り離したら、存在すらできない。
八咫烏がどこの生まれなのかを考えるより、なぜ3本足のカラスが瑞兆とされたのかを考えるべきだ。なぜカラスなのか。なぜ奇形とも言える形態なのか。そして日本がなぜ他国の感性を取り入れたのか。
他国の文化を取り入れ、和風化することに長けた我が国の文化的風土は、結果的に独自の文化を常に創出し続けている。寛容かつ着実な文化への意識がある限り、次の展開も期待できる。保守は大切だが適度な革新も忘れない。それが日本文化の強みだと言える。だから、八咫烏は中国由来であり、日本由来でもある。そのどちらかではない。
中学生のころだったと思う。短波放送を受信して聞くことがブームになったことがある。海外の放送局の日本語放送があり、それが聞けたことが一種の自慢の種になっていた。
中国や韓国、北朝鮮などの放送は簡単に聞けた。アメリカのVOA(ヴォイス・オブ・アメリカ)やラジオ・オーストラリアのワライカワセミの声などは聴けただけでも感動した。モスクワ放送はソ連時代のもので、どこか重苦しい音楽が印象的だった。当時はラジオもアナログでラジオのつまみをほんの少し回すことでチューニングをしており、わずかな調節で聞こえたり聞こえなかったりした。それが楽しみだったと思う。
私はついに挑戦しなかったが友人の中にはベリカードという受信証明を発行してもらい、それをコレクションしている人もいた。短波は電離層の屈折を利用してかなり遠くの電波を受信することができるが、中波にも夜間には越境が起こりやすいので、国内の遠隔地の放送局に受信証明をしてもらうこともあったようだ。
いまはインターネットを通したサイマル放送が一般化しているので、このような楽しみはなくなってしまったのかもしれない。ただ、少し余裕ができたらまた短波ラジオでも買って雑音の中から遠隔地から届いた電波を聞き取る楽しみを味わいたいと思っている。
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見ず知らずの場所に行ったときそれをどのように表現すればいいのかとまどうことがある。それまでの経験に照らし合わせ、「~のような」という比喩の表現を使って何とかつかみ取ろうとする。絵もそうだろう、以前描いたなにかのバリエーションとして眼前の対象をとらえて何とか描きとろうとする。当たり前だが初めて見るものをそのまま表現する方法はない。
以前大伴家持のことを研究していた時、越中国守時代の旺盛な歌作を分析したことがある。そこに読まれる地名やその地の風習と思われるものの描写などを注目した。でも、一方でどこまでも平城の官人としての世界観価値観が感じられ、本当に越中のことを描いているのだろうかと疑問に感じたことがある。たとえば眼前の花を歌っているように見えて、実はそれは奈良でみた似た花の印象を言葉にしているのではないかと。あるいは望郷という感情が越中の風物を題材として語られているのではないかと。
これは別に万葉歌人だけではない。現代の旅の文学も含めてありのままを描くことは実は困難だ。その人物の持っていた既存のフレームで異郷の風景を修正して描写しているのではないか。西洋に渡った画家たちの描くその地の風景の中にどこか日本を感じてしまうのもそれが原因かもしれないと考えている。
私は異郷を描くことがそれほど作者の心の営みに影響されているということを確認したいだけだ。これは優劣の問題ではない。芸術作品というものが純粋なデジタルデータと違うのはそこにあり、それこそが芸術の魅力だと思う。
まもなく8月も終わる。台風でかき乱された月末になった。まだ当面暑い日が続きそうだが、8月が終わったことはやはり大きな区切りになる。そこで私なりにこの季節に対して送別の言葉を述べておくこととする。
とても暑い毎日、猛暑ということばが陳腐となり、最近は酷暑ということばも刺激が少なくなってしまった。最高気温が31℃という予報が出ると今日は少し涼しくなるなどと感じてしまっている。35℃以上が続くとそういう麻痺が起きる。また、そのように暑い日は出歩かず、冷房のもとで過ごすことも当然のようになった。かつては冷房にあたりすぎると体を壊すといって無理にでも日光に晒されたものだが、その勇気がくじかれてしまったのである。
暑い日々は睡眠時間を奪い、集中力を搔っ攫っていった。ただでさえ、深くものを考えなくなっている最近の自分に、より刹那的な思考パターンを定着させている。このままではいけないと思い、思い立って読書をしたり、文章を書いたりしたが初志貫徹は難しかった。
それでもとにかく何冊かの本を読み、社会のことを考え、未来について少しだが思いを馳せることができた。それは何はともあれ評価しておくべきだと思う。わずかな悪あがきだが、何もしないよりははるかにいい。そしてこれは続けなくてはなるまい。
最近の8月は暑すぎて能率がさがる期間になっている。教員にとっては授業がないので、比較的自由に仕事ができる毎日だった。やることを自分である程度選べるということはいい。どこかに行ったわけではないが精神上は自由であり、いろいろなことをやってみようと思えた。これから仕事に追われる日々が来るが、その中でも8月の自由な精神を思い出すことを忘れないようにしよう。
思えば、夏休みを特別な時間と思えるのも、今の仕事を続けている時までのことである。まもなく、それも終わる。きっと数年後には夏休みに過剰な期待をしていた日々を懐かしく思い出すときが来るのだろう。ありがとう8月。さようなら8月。私はまだ前に進まなくてはならない。一年後に会えることを楽しみにしている。
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韓国の古典文学の一つ「春香伝」を読んだ。まさに韓流ドラマの原点といえるような内容だ。岩波文庫に収められたものは訳も秀逸である。
両班の少年が地方で妓生の娘に偶然出会い、たちまち恋に落ちるがまだ無位無官のため、結婚もできずに都に帰る。その娘が春香なのであるが貞節を守り、その後その地に赴任してきた悪徳官人の招集を無視したために怒りに触れて拷問され、命も尽きようかというときに、乞食の姿に身をやつし、実はすでに暗行御史となっていたヒーローが救い出すという実にわかりやすいストーリーだ。
この話は大変もてはやされたらしく、多くの異伝があり、語り物的な文章も幾多の改変、もしくは増補の繰り返しがあったものと考えられる。中国の古典を踏まえた装飾的な文体、韻を踏んだものづくし的列挙などは語りの後を感じさせる。性愛にかんする過剰な描写が突如現れたり、執拗な拷問の描写などメリハリがあるのも庶民性が残っているからだろうか。
この展開の在り方は現在の韓国時代劇にもみられることであり、それが先に述べた原点を感じさせるものである。もちろんこのほかにも私が知らない話がたくさんあるのだろう。日本の漫画やアニメ、ライトノベルなどの原型が江戸時代のさまざまな作品に見いだせるのと同様、芸術・芸能・文化にはどこの国でもその下地にあたるものがある。それを知ることで理解できることもあるに違いない。