カテゴリー: エッセイ

現代の文化の下地になっているもの

 韓国の古典文学の一つ「春香伝」を読んだ。まさに韓流ドラマの原点といえるような内容だ。岩波文庫に収められたものは訳も秀逸である。

 両班の少年が地方で妓生の娘に偶然出会い、たちまち恋に落ちるがまだ無位無官のため、結婚もできずに都に帰る。その娘が春香なのであるが貞節を守り、その後その地に赴任してきた悪徳官人の招集を無視したために怒りに触れて拷問され、命も尽きようかというときに、乞食の姿に身をやつし、実はすでに暗行御史となっていたヒーローが救い出すという実にわかりやすいストーリーだ。

 この話は大変もてはやされたらしく、多くの異伝があり、語り物的な文章も幾多の改変、もしくは増補の繰り返しがあったものと考えられる。中国の古典を踏まえた装飾的な文体、韻を踏んだものづくし的列挙などは語りの後を感じさせる。性愛にかんする過剰な描写が突如現れたり、執拗な拷問の描写などメリハリがあるのも庶民性が残っているからだろうか。

 この展開の在り方は現在の韓国時代劇にもみられることであり、それが先に述べた原点を感じさせるものである。もちろんこのほかにも私が知らない話がたくさんあるのだろう。日本の漫画やアニメ、ライトノベルなどの原型が江戸時代のさまざまな作品に見いだせるのと同様、芸術・芸能・文化にはどこの国でもその下地にあたるものがある。それを知ることで理解できることもあるに違いない。

警報の連発

 強い台風10号はかなりの低速で西日本に停滞している。ジョギング並みの速さと報じられていた。

 関東では風はないが時折、まさに滝のような雨が通り過ぎる。あたらこちらで雨漏りが発生し、一時的に道路が冠水していた。これに伴い、朝からエリア警報が何度もなり、その都度驚いた。朝の電車ではほとんどの乗客のスマートフォンからエコーのように警報音が鳴り響いた。

 かなり勢力は弱まったらしいが、雨雲を引き付ける力は衰えておらず、今後も注意が必要だとか。近くの河川が氾濫しないことを祈るばかりだ。

乗り越えさせない話

 SFのネタを考えている。いわゆるシンギュラリティが間もなくやってくるというときに、なぜか人類にも突然の進化がもたらされる。AIと同等の事はできないが、人間がやったことかAIの出力かをほとんど間違いなく言い当てられる能力を持った世代が登場したのだ。フェイクには決して振り回されない。

 彼らは世の中にあふれている非人間創作を見破る。フェイクニュース映像を笑い飛ばし、その作り方まで間違いなく解説できる。そんなことだから、AIに操られるということがないのだ。それが少数の天才だけではないほとんどの新世代が同じ能力を持ったのだ。

 この話のオチはだいたい分かってしまうはずだ。AIの作る偽りをほぼ言い当てる彼らが見事に騙されるときがくる。その能力で仕事をしないかと持ちかけたコンピューターなどほとんどできない詐欺師たちによってだ。

 これだけではつまらないので何かの間にエピソードを付け加えよう。波瀾がなければなるまい。こういうどうでもいいことを考えているときが一番おもしろい。

遅攻は止めて

 台風は速度がかつての予想より遅く、そのため暴風下の被害が長時間続いている。数日前の進路予報では今日あたりに関東通過と言われていたが、今日は重めの曇天が1日続いた。

 ゆっくりと被害を出し続ける今回の台風は、ある意味最も危険な事例である。早く通り過ぎてほしい。

オブスタクル

 オリンピック競技として今回注目された近代五種競技の内容が次回から変更される。馬術に変わってオブスタクルという競技になることになった。オブスタクルといってもなんのことか分からないが、競技の映像を見ればほとんどの人が見たことがあるものだ。

Obstaclesとは障害のいう意味で作り込んだ数々の障害を越えていく競技である。そしてこの発祥の一つとされているのが、テレビ番組のSASUKEであるという。確かに障害の形やその克服法はSASUKEにかなり似ている。

 日本での放送が終わったあとでも海外でこの競技はかなり注目され、さまざまな大会が行われている。加えてこの種目における馬術競技が馬に与えるダメージが大きすぎるので動物虐待ではないかという声も上がっていたらしい。

 オブスタクルが加わったことで超人的競技という位置づけは一層高まりそうだ。

台風が近づいている

 台風が近づいている。数日前の予報と比べると進路が西寄りになり、九州付近で北東方向に進路を変えるコースが報じられている。もしそうならば、関東への影響は数日遅れることになるのかもしれない。

 いろいろな行事がその影響を受けないか心配だ。ただこればかりは如何ともし難い。前回は大きな被害を覚悟してほしいといった報道がなされていたが、私の住まう地域はさほどではなかった。鉄道が止まったことへの不満も聞かれた、

 ただやはり備えは憂いに先立たなくてはならない。オオカミが来たの話の轍を踏まぬように、やはり恐れるときはそうすべきだと思う。

非効率で生きる

 時代に逆行するが私は効率を重視しないことに決めた。他の力を借りて瞬時に終えてしまうのは格好いい。でも、そこに自分の達成感が伴わなかったり、感情移入がないものはあえてやらないことにしたい。

 人様にご迷惑をかけないことを前提に大いなる無駄をやっていきたいと考えた。この夏の成果といえばこのことを再認識できたということだろう。私には私のやり方がある。

 

雨雲レーダー

 雨雲レーダーというものができて便利になった。雨雲の接近が事前に分かるので準備ができる。今後の予測までするので雨止みの時間を予測することも可能だ。

 ただこれも完全というわけにはいかないようで局地的豪雨には間に合わないこともある。また止むという時間の実際より早かったり遅かったりする。あくまで参考程度だ。

 それにしてもこのところ滝のような雨のニュースが時々あるから、こういう情報は大切だ。

神話の意味

 神話には色々な意味がある。神の物語というだけではない。そこにあるのは現代人が求める何かがある。

 神話と言っても例えば土地神話というように、無批判で多くの人が信じているもののことを指す例がある。エビデンスを求めないというより、神話自体が根拠になっているのだ。

 これは古代の神話でも同じで、神々の振る舞いは何かの原因があったから起きたというより、神話それ自体が今起きていることの根拠になっていると考えられている。神々が愛し合うから人間も愛し合い、神々の諍いは戦争の起源と考えられる。

 神話を読むとときに現実では起こり得ないことや話の展開がある。それも神話ゆえに許され、現実の不可解さを語る物差しとなる。いま「百年の孤独」を読んでいるが、これを神話の枠組みで読むと荒唐無稽の展開がわかりやすくなる。そんなことを考えてしまう。

 

米の品薄状態は消費者由来か

 米が店頭で品薄状態になっている。1人1つという張り紙もあった。複数のメディアが報じるところによると、米の在庫は十分にあるが、通常の流通では間に合わなくなっているということらしい。つまり過剰な購入という現象が現れている。

 今夏も異常な猛暑が続き、台風や記録的豪雨の頻発、さらには日向灘での海底地震から発した南海トラフ地震の注意情報もあって非常時への対応が呼びかけられている。食料確保として米が注目されるのは意味がある。

 ただ、必要以上の備蓄は流通の混乱をもたらす。やはり、計画的な購入と消費が必要なのだろう。米などは調理が可能かといった視点でも考えておかなければならないだろう。