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秋の夜の雨景

 今日もほぼ一日中雨で、時折強めに降った。ここ数年は梅雨が控えめであったが、今年はその分の精算を秋雨前線が果たしているかのようだ。日が沈めば雨に揺れた街の、僅かな植え込みに宿る秋の虫たちは日々勢いを得て、蕭然とした雨景に華を与えているものの、やはりそこには寂しさを伴う。

 いろいろな日常の雑事に心身を擦り減らして、疲労の極致に差し掛かろうとするとき、これは秋のせいなのだという弁明が立ち上がる。そうだ、季節がなせることなのだ。そう考えて通り過ぎる。

 秋の夜はさすがに傷心を掻き立てる。肌寒くなった身体感覚が心象にまで及ぶ。その実感が起きるのも、間もなくなのだろう。気持ちを整理するために書いているのだが、それほど甘くはないようだ。

日照戻る

 今日は久しぶりに朝から晴れた。日中は真夏日になったがこれこそかつての夏の一日だった。確かに暑いが夕方には収まり、非人間的な酷暑はない。昔の8月上旬に似ていた。もちろん日没時間は違うので単純な比較はできない。

 このところ雨か曇天の日々が続いていたので今日は少し気晴らしになった。猛暑に馴化した身の上では長すぎる秋雨前線の元の毎日はつらかったのだ。しかし、今度は次の天候への対応が必要になる。このところの急激な気候の変化は、体調不良を引き起こし、例えばインフルエンザの流行がすでに発生している。人混みの中を毎日移動している私もいつ感染するか分からない。

 天候の異変を嘆いたところで何も得られることはない。流れてゆく季節の中でその都度対応するしかないのだ。晴れても降ってもそれに合わせるしかない。それが生きるということであり、それ以上のものはない。

涼しい朝

 今朝は気温が20℃以下となり、肌寒ささえ感じている。半袖シャツはそろそろしまいかと考え出している。予報では明日も同じような天気で、来週は夏日に戻るが、やはり日較差は大きく、季節の移ろいの確実であることを知らせている。

 猛暑の後に、豪雨、さらに長い秋雨ということで体調を崩しやすいようだ。異例の早さでインフルエンザが流行しており、ワクチン接種が間に合っていないとのことだ。天候だけが理由ではないが、それも要因の一つであるというのは間違いない。

 今日の涼しさを体調管理の大切さを思い出すきっかけとして記しておこう。秋来たりなば、である。

雨続き

 このところ雨ばかり降っている。特に午後から夜にかけてまとまった雨が降り続き、日本各地で被害が出ている。秋雨前線と元台風がもたらした南方由来の湿った空気がなすものという。梅雨が短かった分の精算をしているかのようで懸念している。

 去年読んだ「百年の孤独」には何年も振り続く雨の描写があった。なぜかそれを思い出し、凶兆でなければよいがなどと根拠のない心配をしている。不安の種はどこからでも現れるが、このところの長雨は少し恐ろしい気がしてきている。

 思えば気分の落ち込みが自覚され、これではならぬという思いが余計に焦りを増している。やらねばならないことはいくらでもあるのにそれを後回しにして日々を過ごしている。ごまかしではないかと自問自答して止まない。

 心情なるものは自分の状況と周囲の環境の相乗効果で形成されるものと仮説するならば、いまは負の要素が揃っているのだろう。組み合わせが変われば別の局面になるということにして、明日を乗り切ろうと決めた。

今日もまた天気は不安定

 昨日の豪雨は私の町でも一時恐怖を感じるほどだったが、千葉では死者も出てしまったらしい。一時に大量の雨がふると排水が間に合わない。また地下施設やアンダーパスと呼ばれる高さの低い場所は雨水が集まりやすく、避難ができないまま閉じ込められる危険性がある。日本のインフラは決して脆弱というわけではない。ただ、基準を超える天災に関しては対応できないのは事実なのである。

 今日も午前中から空が曇り、いかにも大気が不安定な気配が濃厚だ。午後にはまた集中豪雨が降る地域が出るかもしれないとのこと。雨の継続時間は1時間以内というから無理はしないことが肝心だ。夏休みもあと数日だが、事故だけは起きないでほしいと思う。

豪雨

 今日は豪雨の中を運転した。一時は雨で前方が見えにくくなり、危険を感じるほどだった。滅多につけないフォグランプを点灯してゆっくり走行していると、見る見る間に車道に水溜まりだした。

 歩行者に水ハネを起こさないようにさらに低速に。こういうときは雪国で悪路を走った経験が少し活かせた気がする。甘く見るとスリップするのは雪でも雨でも変わらない。

 まさに滝のような雨がしばらく続いたあと、急に小止みになり普通の雨空になった。今晩はこのような天気が続くようだ。自動車の運転は夜にはしない予定だが、歩行者としても無理をしないようにしたい。

嵐の前

 台風が接近している中、さらに台風に近づかかなくてはならない用があり夕刻から夜にかけて移動した。運よく、本格的な暴風が始まる前に目的地に着いたため、大きな害はなかった。

 台風が接近するというと非常に緊張する。それに何か蓄えておかなくてはならないという心理が働きちょっとずつ物を買いこんでしまう。もともと財布のひもは固めである私も、台風の前にはつい余計なものまで購入してしまうことがある。

 昨日はそれほどの被害はなかったが、これからもこういう妙な高揚感が自分を動かすのだと思うと自嘲しなくて華ならないとも思う。

東からくる台風

 台風15号はこれまでの常識を覆す東から接近する台風だ。いまのところ台風自体の規模は大きくなく、最大風速も台風としては控えめのようだ。ただ、東から西に進むという過去にあまり例のない進路であるのでこれまであまり被害がなかった地域で災害が発生する可能性がある。

 過去に反転してもう一度接近した台風があったが、このところそういう不規則進路が多い気がする。気候変動のせいなのか分からないが、少しでも害がないことを祈るばかりだ。

局地的な豪雨

 天気予報で夕刻に局地的な豪雨があるかもしれないという予報が出ていた。職場からの帰宅時間にあたっていたため、ずぶ濡れになることをある程度覚悟していた。ところがついに雨は降らず厳しすぎる陽射しが続いていた。

 ネットで雨雲のレーダーをみたところ、下町の地域には激しい雨の状況を示す赤で塗りつぶされている。わずかな距離で豪雨と晴天が分かれる。それがこの季節の特徴のようだ。今回は私の生活圏の東西に豪雨の地域が分布して、その隙間の晴天域にいたということになる。

 どこに豪雨が来るのかはくじ引きのようなものでまったく予測がつかない。思うに天気もそのほかの環境も、実はそのとき、その場所での偶然の現象なのだ。これを一律に語ることの方が不自然だったのである。

 天気予報で東京の天気は、という言葉を耳にするとき、自分のいる所は東京都ではあるが、予報で述べられた東京とは違う場所なのだということを考えなくてはならないと考えている。

来週は猛暑の予報

 このところ涼しい日が続いている。何でも14年ぶりの低温なのだそうだ。ここ数年は6月も真夏のような暑さとなることが多かった。このブログでも、蝉の鳴かない夏が終わって、その後蝉の鳴く夏になると書いたことがある。今年はそれはなかった。

 欧州では記録的な猛暑で、英仏各地だけでなく、北欧でも日本でいう真夏日、猛暑日となっている。学者によれば人為的要因の可能性が高いとか。化石燃料の使用中止を訴える論文も多数出ているらしい。これは地球規模で進行している。戦争などしているときではないのだ。

 現在、日本のはるか南海上で猛烈な台風が発生している。日本列島への影響も可能性大だそうだ。この台風の影響で気圧配置が急激に変化することも猛暑の銃爪になるそうだ。

 避暑できる所はない。ブログの名は架空の別荘をイメージしたものだが、本物が欲しくてたまらない。私の身の上では反実仮想の願望しかできないけれども。