とある庭園を歩いてみた。日本式に分類されるその庭園は園地も植栽も自然に近い形をしており、人為的な要素が抑えられていた。
とはいえ、庭園自体が人工的空間である以上、様々な意図が隠れており、それを考えるのが訪問者の楽しみの一つである。
なぜこの池はここで大きく湾曲しているのか、石塔にはいかなる意味があるのか。そういったことを考えるのは面白い。庭を見る楽しみである。
日々の思いを言葉にして
予報では今日の東京の最高気温は25℃となっている。本当ならまた夏日が加算されることになる。Microsoftのウィジェットが示す過去最高気温は去年の24℃である。ここ数年で記録を更新し続けているのなら、やはり温暖化が急速に進行しているのかもしれない。平均気温は19℃らしい。
文化の日が夏日ならば夏とはいったい何だろう。もちろん最低気温の方を考えればやはり夏ではない。昼間は半そでが欲しく、夜は上着が欲しい。そういう日格差が大きな季節を秋と言えるのだろうか。人間が築き上げた豊かな文化が結果的に環境を大きく害しているとするならば、文化の在り方を考えなくてはなるまい。
カルチャーは農耕に由来する言葉と聞く。自然なしには文化は起こりえない。
各地で熊の被害が出ている。私は直接熊に遭遇した経験はない。富山にいた頃、山間部で熊の被害にあったというニュースに時々接した。その多くが農作物への害であり、人的な被害はめったになかった。それが昨今は違う。死傷者が出ているのだ。
本州に棲息するツキノワグマは、秋から冬に食料確保のために奔走する。その中で人間の生活圏には入るものも出てくる。発見されたはものの大半は指定されたハンターにより落命する。それが最近は鉄砲の数が足りないほどやってくるらしい。これには猛暑による森林の生態系の変化が影響しているのには間違いない。
地球の歴史のレベルでいえば人間の方が新参者であり、熊にしてみれば人間は迷惑な生き物に違いない。ただ、こうなっている以上、折り合いをつけざるを得ない。熊には山で暮らしてほしい。その山を削っているのは誰だろう。熊さんは好きで人間を襲うのではない生きるための障害であればそれを倒すしかないのだろう。
出会った熊は倒すしかないが、できれば出会わない方法を考える必要がある。おそらく森に詳しい方はいくらでもいるはずだ、その方達の意見に耳を傾けようではないか。
下手くそな詩を書いている。最近一向に詩が書けない。創作をするためには時間と余裕が必要だ。時間はあればいいというものではなく、精神の解放ができる時間の塊が必要なのだ。
それが今はない。空いた時間はぼうっとして浪費してしまう。恐らく問題はフィジカルな局面にある。体力的な余裕がないと心を飛ばすことができない。
言い訳と言われれば反論はできない。逆境の中で創作を続けた文人たちに敬意を禁じえない。
猫背にならないようにというのは若い世代にとっては美容の問題だろう。私の年齢になるとより切実な問題となる。説明は難しいが年寄りには見られたくないという見えの要素が大きい。
猫背になる原因の一つにうつむきがちに歩く癖がある。これは文化的要因があるのかもしれない。猫背を防ぐためには正面遠くに視線を保つ必要がある。そのためには歩き方の見直しが必要だ。重心を靴の真中に置く意識がいる。実際はそれでは歩けないだろうが、視線を前方遠くに置くことさえ意識していればよい。座ったときも椅子に深く腰掛け顎を引くという心掛けがいる。
スマートフォンの使いすぎも影響がある。前かがみになりやすい。人類の進化を表すシルエットに、猿人から直立歩行する姿がよく描かれるが、続きとしてスマホを持つ前かがみの姿を描く戯画には説得力がある。
直立を維持するには重い頭部を支える筋力も必要だ。首や背筋などは衰えやすいから、日頃から鍛えておく必要がある。いまできることはこれが最優先事項だろう。動画サイトにはいくらでもこの回答がある。
おしゃれをするつもりはないが老人扱いは嫌だ。その意味では大いに足掻きたい。
ハロウィンの夜、渋谷を通る電車に乗った。去年までは大勢の化け物たちが乗り合わせたが、今夜はほとんど見かけない。渋谷区長の呼び掛けは奏功したようだ。

アメリカでは仮装するのは本来子どもであり、大人が憂さ晴らしの乱痴気騒ぎをする行事ではないようだ。日本ではなぜかそれが大人の行事となり、渋谷のハチ公前交差点がその「聖地」となってしまった。さらに飲酒酩酊して暴徒化寸前にまでなった年もあった。間違った文化摂取が隣国にも伝わり、大事故を引き起こしている。
渋谷区長の呼び掛けは、大勢に従う日本人の性格には効果を得たことになる。結果としてそれでも渋谷に集まる者は社会的規範の意識が薄い者とみなされ、非難の対象となった。化け物退治は成功したという訳だ。
ハロウィンには祖霊へのまつりと収穫感謝の要素があるという。この方面に関しては注目していい。秋彼岸や名月鑑賞など、伝統的行事との関連も考え、大人の行事として作り直すことも必要だ。
小学生の頃、親の転勤に伴ってよく転居した。4つの小学校に通ったことになる。幼さ故に転居に伴うプレッシャーはさほどなかったが、その都度変わる環境に適応するために多くの精神力を費やした。
子どもの持っている排他性とか、非社会性とかは転校生には深刻な局面をもたらす。いじめられることもあれば無視されることもある。私の場合、東京と福岡を行き来したので、方言の問題もあった。
ただ、新しい話題を持っていることが注目され、交友のきっかけになることも多かったようで、転居後数ヶ月は緊張の日々、その後は友人に恵まれるという繰り返しがあった。
教員の存在も大きかった。特に博多弁がおぼつかなかったときに陰から支えてくださった先生には感謝している。もちろんその反対に、扱いが不適切であった教員もいた。自分がその立場になって、その対応がおかしいと気づいただけなのだが。
その後も転宅を繰り返している。子どものときのような大きな衝撃はないが、そのたびに何かが大きく変わっている気がする。
高校時代の思い出の一つにあんバタがある。校門からほど近いパン屋で売っていた。百円以下だったと思う。店で焼いたコッペパンにバターを塗り、その上に小倉餡を挟んだよくある何の変哲もないものだ。バターとなのっていたが、マーガリンだった可能性も高い。
やたらと甘くカロリーが高いもので、食べごたえがあった。高校生の頃は部活帰りにこの店によることにしていた。制服のない高校だったので店を一色に染めることがなかったことだけは幸いだった。これを頬張ることを目標にしてあまり楽しくなかった部活を切り抜けた。高校生にとってはそれで十分だった。
コンビニで似たようなものが売っているが、味がまるで違う。冷静に考えれば今のものの方が遥かに美味い。でも、思い出のバイアスを入れたなら、高校横のパン屋に勝る味はない。あの頃のことはなかなか思い出せなくなっているが、あんバタのことは忘れられないでいる。