速読と精読

 速読するときに大切なのは文章の構造を俯瞰視することだろう。詳細まで見渡せない制約下では大体の構造を把握することが必要になる。どうなのかは分からなくとも、どのようなものかが分かれば、大間違いはしない。

 そのためには、論理の型を知っていることや、その目印となる接続語の性質を理解している必要がある。これらは普遍的な約束事であるから機械にも認識できる。人工知能の行う文章理解はこれを高速に作業した結果だろう。人間が人工知能に教えたことであるが、その手法は再び人間のものとしなくてはならない。

 精読はいわゆる行間を読む能力を要する。書いてはないがその背景にある事実、出来事、関係性、筆者や関係する人物の生活環境や感情といったものを加味していく。中には書かれていることとは別の意味が隠されていたり、暗喩の中に特別なメッセージがあることも考えられる。こうしたことを読み取るのはいわゆる速読では困難だ。批判的思考も動員して時間をかけ、場合によっては他者と読みを検討する必要もあるだろう。

 速読も精読もともに必要な方法だが、今は前者に注目がいき、AIの能力に敗北感を覚えている傾向にあると感じる。内心、文章はもう自分の力で読む必要などないとしている人も多いのではないか。精読の方法をしっかりと学ぶ機会はやはり必要である。

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