最近、睡眠時間が少ない。それなのに身体がもっているのはなぜだろう。やはり歳をとると基礎代謝が落ちてあまり体力を必要としなくなるからだろうか。
以前ならば1時間でも睡眠が削られると翌日は調子が出なかった。眠気が指すのは今も変わらないがかつては姿勢を保つことすら難しいほど眠くなった。いまはこっそり寝ることができるくらいの程度だ。仕事をサボっていることは変わらないが。
馬齢を重ねると色々なことに気づく。先輩がおっしゃっていたのはこのことかと思い当たるのだ。
日々の思いを言葉にして
投稿者: Mitsuhiro
無理をしてでも何かをやり遂げるためにはそれなりの覚悟がいる。効率とか能率とかそういう評論家の先生が言いそうなことを振りきってやり続ける努力が必要だ。

若い頃はそれができることもあった。数日ほとんど寝なくても目標が決まれば敢行できた。いまはそれが難しい。残念ながらあっさりと寝落ちしてしまう。耐えられても翌日が悲惨な状況になる。加齢を実感するのは容姿容貌ではない。この方面の粘りが効くのかという問題だ。
他のことを忘れて一つのことに熱中できることを仮に「熱中力」と呼ぶとすればこれには体力の裏打ちが不可欠だ。体力を失いつつある私にとっては、とにかくやるしかないという耐力の方に期待するしかない。
頑張れる時間をどれだけ持てるのかはこれからの基本テーマとなる。それを悪あがきとも痩せ我慢ともいう。醜態を晒すことは前提条件にしなくてはなるまい。
1960年の日本人男性の平均寿命は65歳だったという。高度経済成長期の始まりの中で、寿命は伸び始めていたが、この時点で切ると意外にもかなり若い。磯野波平が50代前半であの風貌なのも当然なのだ。かれは余命十数年なのだから。
もしこの年代に今の年齢であるとすれば、私は最晩年を迎えていることになる。もっともいつの時代にも長寿や夭折はあり人それぞれだ。あくまで平均という数値上の問題として考えていく。
現在、多くの企業が65歳を退職年齢としている。高齢者の区分もここにある。いまでは企業人か否かの分かれ目が、かつてはこの世かあの世かの分節であったことになる。年金制度などの設計がここにおかれているのはかつてはその通りだったからだ。
65に区切れを入れると、老後がかなり長くなる。現実的にはもっと後まで労働人口とならねばならない。日本の人口ピラミッドからしても高齢者の区分は上げなくてはなるまい。行政はこれに対応できているのだろうか。
私自身のことでいえば、最晩年を生きている覚悟をせねばならないと考えている。今のところ健康上の心配はないが、明日みまかるかもしれず、数年後に彼岸にいるかもしれない。そういう覚悟が必要だ。最後の一日まで働いて、ある時急にいなくなるというのが理想ではある。
学校で使用しているコンピューターやタブレットに故障が相次いでいるという。子どもたちにこうした機器をどのように使わせるのかについては議論があるが、まずは故障にどう対応するのかを決めなくてはなるまい。
究極の策としてBring Your Own Deviceがある。自分で用意するというものだ。これは少なくとも初等中等教育の場面では無理がある。セキュリティ面もそうだが、それより家庭間の格差や操作方法の指導ができない可能性などがあるからだ。
現在学校で使われているデバイスのほとんどが海外製品だ。供給量の問題、価格の問題がある。教育利用目的に絞りスペックを抑え、代わりに強度やメンテナンスサービスなどを付加してビジネスを成立させる日本企業はないのだろうか。
壊れるのが当たり前の子どもたちの使用方法に耐えられる設計とか、保証のあり方とかを考えれば安定的な収益が見込める。教育の場面で成功できれば色々な応用が可能だろう。
予報では今日の東京の最高気温は25℃となっている。本当ならまた夏日が加算されることになる。Microsoftのウィジェットが示す過去最高気温は去年の24℃である。ここ数年で記録を更新し続けているのなら、やはり温暖化が急速に進行しているのかもしれない。平均気温は19℃らしい。
文化の日が夏日ならば夏とはいったい何だろう。もちろん最低気温の方を考えればやはり夏ではない。昼間は半そでが欲しく、夜は上着が欲しい。そういう日格差が大きな季節を秋と言えるのだろうか。人間が築き上げた豊かな文化が結果的に環境を大きく害しているとするならば、文化の在り方を考えなくてはなるまい。
カルチャーは農耕に由来する言葉と聞く。自然なしには文化は起こりえない。
各地で熊の被害が出ている。私は直接熊に遭遇した経験はない。富山にいた頃、山間部で熊の被害にあったというニュースに時々接した。その多くが農作物への害であり、人的な被害はめったになかった。それが昨今は違う。死傷者が出ているのだ。
本州に棲息するツキノワグマは、秋から冬に食料確保のために奔走する。その中で人間の生活圏には入るものも出てくる。発見されたはものの大半は指定されたハンターにより落命する。それが最近は鉄砲の数が足りないほどやってくるらしい。これには猛暑による森林の生態系の変化が影響しているのには間違いない。
地球の歴史のレベルでいえば人間の方が新参者であり、熊にしてみれば人間は迷惑な生き物に違いない。ただ、こうなっている以上、折り合いをつけざるを得ない。熊には山で暮らしてほしい。その山を削っているのは誰だろう。熊さんは好きで人間を襲うのではない生きるための障害であればそれを倒すしかないのだろう。
出会った熊は倒すしかないが、できれば出会わない方法を考える必要がある。おそらく森に詳しい方はいくらでもいるはずだ、その方達の意見に耳を傾けようではないか。