類型的だと思う前に

 さまざまな情報が横溢している状況において、自分の考えたことや行動に独自性はないかもしれないと思うことが多い。何をやっても前例があり、新奇性はないように感じてしまう。何らかの類型の一つという位置付けをしてしまうのである。

 それでも大抵の場合は悩まない。むしろ自己開拓するよりはるかに身も心も楽であり、カタログから品物を選ぶようにありふれた経験を積んでゆく。

 でも、よく考えてみれば、類型として捉えるその経験は、細部にわたれば唯一のものであり、他とは決して同じではない。一期一会の巡り合わせの中で思考なり、行動が行われる。このことをもつと意識してみたい。

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