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おもてなし

 おもてなしとは何か。何を持ってホスピタリティというのかは、日本人が時代とともに分からなくなってきているのではないか。

 豪華な品々、過剰ともいえるようなサービスがもてなしとするなら、少し間違っている気がする。対価に応じたことをするとか、逆に予めサービスの価格設定をしておくとかは、近年の接客の場面では当然のこととされつつある。サービスと対価のバランスを取るならばこれが合理的である。

 でもどうだろう。私たちの求めているのは等価交換の経済行動ではない。サービスする側もされる側も相手を敬い、額面以上の行動に及ぶことではないか。サービスする側は、プラスアルファの提供をし、顧客側はそれに応じた自主的な報酬を与える。そういう関係性がかつてはあった気がする。

 おもてなしが金銭に換算されるのはおかしいと考える向きもあろうが、接客を生業としている人にとっては、紛れもない経済行動なのだ。金銭的に評価される方法は確保しなくてはならない。

 では、求めているのは豪華な物品だろうか、贅沢なのか浪費だろうか。それを求める人もいるかもしれないが、恐らく多くの人にとってはモノのやりとりよりも心の交換の方が貴重だろう。相手が旅人の自分をどれだけ尊重してくれたのかに関心は集まると思う。感動するおもてなしとは何か。私は意外に身近で質素で、にも関わらず日常生活から失われているものを想起させてくれるのが最高のおもてなしなのではないかと考えている。

教材としてのパソコン

 学校で使用しているコンピューターやタブレットに故障が相次いでいるという。子どもたちにこうした機器をどのように使わせるのかについては議論があるが、まずは故障にどう対応するのかを決めなくてはなるまい。

 究極の策としてBring Your Own Deviceがある。自分で用意するというものだ。これは少なくとも初等中等教育の場面では無理がある。セキュリティ面もそうだが、それより家庭間の格差や操作方法の指導ができない可能性などがあるからだ。

 現在学校で使われているデバイスのほとんどが海外製品だ。供給量の問題、価格の問題がある。教育利用目的に絞りスペックを抑え、代わりに強度やメンテナンスサービスなどを付加してビジネスを成立させる日本企業はないのだろうか。

壊れるのが当たり前の子どもたちの使用方法に耐えられる設計とか、保証のあり方とかを考えれば安定的な収益が見込める。教育の場面で成功できれば色々な応用が可能だろう。