川べりで

 川べりのベンチに座っていたら、年配の男性に話しかけられた。なんでも一流企業の幹部社員だったが今はマンション管理人をやっているそうだ。年金で夫婦の暮らしは何とか成り立つが、マンション管理の給金が自分の小遣いになっているとか。毎年、北海道で行われる同窓会に参加し、路上ライブを続ける16歳の女性歌手の卵の追っかけをしているらしい。

 歳をとるとなんでも話したくなるらしく、そのほかにもいろいろなエピソードを聞かせていただいた。80歳だといわれたが歩く速度は現役世代と変わらない。杖もつかず元気そうだった。私の年齢を聞かれたので答えると、それはまだ洟垂れのようなものだ。老け込んではいけない。ストレスをためないことが何よりも大事だ。とこれも繰り返し何度かアドバイスをいただいた。

 恵まれた生活を送られているのだろう。朗らかで健康面に不安はなさそうだ。歳をとるならこうでなくてはと思った。もちろん私はその方ほど裕福ではないし、楽天的ではない。ただ、誰かに迷惑をかけるのではなく、見ず知らずのものに励ましの言葉をかけられる老人にはなりたいと思った。

名付けの効果

 ものに名をつけることは対象の分節化であるが、今回はその話ではない。つけられた名前が対象の捉え方に大きな影響を与えることを再認識したという話である。

 例えば植物名などが分かりやすい。特定の形状と生態をもつ花に、名前をつける行動は命名者の恣意的な選択によるものだ。しかし、それが認められ、権威を有するものとなるとその名を基準に対象が見られることになる。そしてそれが定着するともうその印象は揺るぎないものとなる。

 ある本で読んだが、日本各地にもっとも多く分布するウグイスは、小笠原諸島だけに生息するハシナガウグイスの亜種なのだそうだ。分類上は離島に棲む少数派の方が上位にあり、我々が普通春告鳥としてもてはやす雅語ともいえる鳥の方は下位に位置する。学名ではそれがはっきりとわかるのだが、通称では逆に思える。名付けというのはこんなふうに対象の見方を変えてしまう。

 だから対象を見つめるときには名前を頼りにしすぎてはならない。まずはそのものに向き合わなくてはならないということだ。当たり前のことなのにこのことを私はしばしば忘れる。

十六夜

 昨夜は十六夜の月を見た。雲があったが時折月光がのぞいた。名月の後には様々な名前がついている。イザヨイはその中でもっとも優美な気がする。

前半戦

 年度を単位にするのなら今日で半分が終わったことになる。試合に例えれば前半戦が終了した。この試合、かなり苦戦してしまった。

 選手交代はできない。控えの選手がいないのだ。一方的に攻め込まれても、それを跳ね返す力に欠けている。ようやく防いでいるが、選手も疲れてきた。いつまで耐えられるのか分からない。

 後半も同じメンバーだ。あるのは老練である意味狡猾な戦法のみだ。負けないことだけを目的とする苦しい展開になろう。これは覚悟しておかなくてはなるまい。

 ただ、一縷の望みがないわけではない。展開の中で勝機を掴むこともあるかもしれない。カウンターでも、相手のミスでもいい。貪欲に狙うまでだ。我がチームは試合を捨てた訳ではない。

磯野波平は54歳

 サザエさんの父親の波平は54歳の設定である。そう聞くとかなり驚く。65歳くらいだと感じている人が多いのではないか。

 ただ当時の男性の平均寿命は60歳くらいであり、ならばあの風貌は当然だ。余命は10年をきっているのだから。

 源氏物語において光源氏は四十の賀を行う。平安時代において40歳は後期老齢者の仲間入りをする年齢であった。光源氏はここから柏木による不倫により、転落の人生を始める。現代の40歳は中年と呼ばれるかもしれないが、中にはかなり若々しい人も多い。少なくとも老齢ではない。

 人生のスケールが過去と現在では大きく異なるということだ。現在は幸いにも高齢化が進み、人生をゆったり構えていられる。歴史的にいえばこれは偶然であり、今後さらに長くなるのか、短くなるのかは分からない。

 波平さんがあの容貌なのはおかしいということの解釈が、老けすぎなのか若すぎなのかは、時代によるということになるのだ。個人的には波平よりも高齢な己が彼ほど存在感がないことを焦るばかりである。

わずかに名月

雲間に名月

 中秋の名月を期待していたが宵の口はかなりの雨が降り、無月と諦めていたが、雲間にわずかに月光が漏れた。彼岸すぎて名月の日となったのにまだ暑い。来週には秋らしくなるというが最早信じることはできなくなっている。

支えとなるもの

 何かに行き詰ったときに特定の神にすがるということを日本人はしない。一神教ではないからだ。それでは人間を超越した存在を信じていないのかといえばそれは違う。日本人は結構いろいろなものに神性を見出す。多神教かつ自然崇拝の日本型の信仰形態は世界的には珍しいのかもしれない。

 このような風土を培ってきた背景には過酷な自然条件がある。四季のはっきりした気候は恵みを多くもたらすが、反面災害も多く発生する。さらに地震や津波被害、火山活動など他の地域には少ない条件も加わり、常に崩壊の危機を感じて生きることに慣れている。現代のわれわれも東南海トラフ崩壊型の大地震の非常に高い確率を知っても冷静に日常生活を営んでいる。

 そういう風土に住むものとしては支えとなるものは一柱の神だけでは足りないのかもしれない。神もまた人間と同様に相互に関係を持ち合う多神教こそが複雑な現実の説明には適している。このような精神風土になったのは意味があったのだ。学生の頃にこのような内容の書籍をいくつか読んでそうかもしれないと思ったが、最近は実感として覚えるようになっている。

日にちとしての過去最高気温

 このところPCの天気予報ウィジェットに今日はこの日としての過去最高の気温になるかもしれないという意味の表示をしばしば見る。今日などはおそらくその日になるだろう。私の住む町の予想最高気温は33℃であり、過去の最高気温は2007年の31℃である。

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 ひとつ前の記事で書いたようにこれからは次第に気温は下がり続ける。10月7日ごろに夏日を脱すると予想されている。つまり10月まで夏がずれ込んでいくということになる。10年位前、将来、日本は四季がなくなり夏と冬だけになるかもしれないというテレビ番組があった。まさかと思ったが今それが現前にある。

 なんでも最高を目指すべきだとは昨今の風潮であり、そのために多くのものを犠牲にしてもいいというのが暗黙の了解になっているようだが、こと気象に関してはなるべく突出してほしくはない。寒暖を不快に思うだけならばいいが、生態系に影響が出れば、農業や漁業などが影響を受ける。その結果、食糧危機が生じれば世情の不安定化にも直結する。

 よく言われるようにこの気候変動が人間の生活に由来するものであるならば、やるべきことを始めなくてはならない。本当に持続可能エネルギーというものが存在するのかわからないが、変えられるなら変えた方がいい。少なくともいらない消費は控えるべきだろう。生産活動だけが人間が生き延びる方法だという考え方を変えなくてはなるまい。

 言うは易く行うは難しである。今ある生活の水準を下げて生きるという選択が私たちにできるのだろうか。今このようなことを書いている私は十分な照明と冷房の入った部屋の中でタブレットパソコンをインターネットにつないでいる。その電力を作っているのはおそらく化石燃料がもとであり、それは多大なエネルギーを消費して原産国からタンカーかなにかで輸入されてきたものだ。狐とか狸とか熊などの野生動物が話せるとしたら、どの口が言うとなじられそうだ。

 こういう時代はいつまで続くのだろう。ふと、そう思うことがある。私が生きている時間はもう限られているが、その後の世代は今と同じような生活ができるのだろうか。温暖化もしくは寒冷化の気候変動に耐えうるのだろうか。そんな漠然とした不安を覚えてしまう。それも今年の長すぎる猛暑のせいだ。

明日がピーク

 予報によると私の住む街の最高気温は明日34℃らしい。この数字にはすっかり慣れてしまっているので驚きはない。さらに長期予報をみるとこのあとはこの馬鹿馬鹿しい残暑は収まり、来週の中頃にはかなり秋らしくなる。最低気温が15℃近くまで下がると半袖は減るだろう。

 その意味でも明日はようやく季節の節目になりそうだ。最近は長袖ネクタイで出勤しているが明日は夏を惜しむまつりとして最後のクールビズと洒落込もう。本当はアロハシャツでも着たいところだ。暑い夏に感謝はしていないが、去ると分かれば名残惜しい。