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新幹線

 日本の新幹線は鉄道の最高位に立ちながら、極めて庶民的な運行をしている。折り返し運転時には清掃作業員が驚異的な速度で整備して新たな旅を提供する。魔法の如く速い。外国人がしばしば驚嘆のビデオを投稿しているが、これを定常化していること自体が矜持の一因である。

 先日利用したときは指定席が満員だった。途中駅で降りた人の席に、その駅から乗車した人が座る。そんな当然なことも新幹線で行なわれていると素晴らしいことのように思えてしまう。そしてこの方法が成り立つのは降車の際にゴミを残さない習慣を確立しているからだろう。

 いわゆる特急は1時間に数本あれば多いほうだ。新幹線はあたかも通勤電車のような間隔で走る地域もある。さまざまなテクノロジーと乗車マナーの維持とでこの高速鉄道は、今日も走り続けている。

バス移動のエンタメ化

 瀬谷で来年行われるグリーンエキスポの準備が進んでいる。このイベントの最大の懸念事項はアクセス問題だろう。会場付近には鉄道の駅がなく、自家用車かバスが使われることになる。恐らく、その拠点になるのが相鉄線の瀬谷、三ツ境、横浜線の十日市場、田園都市線の南町田グランベリーパークの各駅から運行予定のシャトルバスである。鉄道移動を習慣化しているこの地域の住民にはかなり不便に感じるはずだ。

 恐らくこのバス移動の時間、20分程度だと思うが渋滞を考えるとプラス10分をどのように演出するのかがこのイベントの成功の鍵を握るのではないか。移動時間を無駄な時間と感じさせない工夫がほしい。派手な設備投資はできないだろう。ならばラジオ感覚、いや今の世代の言葉を使うならポッドキャスト感覚の放送を流すのはいかがだろう。会場に着くまでの高揚感を演出出来ればいいので、ハイテクというより説得力のある音声パフォーマンスができればいいのだ。

 私はこのバス移動のエンタメ化を密かに期待している。恐らく急場しのぎでかき集めるレンタルバスにも簡単な車内アナウンス設備はあるはずだ。それを活用すればいい。イベント本体がどんなによくても集客できなければ成功とは言えない。そんなことを考えている。

田舎のバス

 実家に行くときは駅から遠いのでバスを使うことが多い。一時間に一本で午後5時台で終わってしまうので実は歩くこともある。大体30分くらいの道のりを歩くのはよくあることだ。

 先日、ものすごい形相でバス停に駆け込んでくる人がいた。ここのバスはスマホで車の位置が分かるので、思わずもう少しで来ます。間に合いましたねと声をかけてしまった。するとその青年(というには少し年長にも見えたが)、実はいつものバス停ですでに通過してしまったので、先回りして来たんですとの答え。このバスは住宅地を蛇行するように走るので、やろうと思えば近道して追いつくことも可能なのだ。際どい賭けにはなるのだが。

 彼と私がバスに乗った時には他に乗客が一人だけ、その一人もすぐに降りた。その後も御年寄が何人か乗車した。いわゆるコミュニティバスで料金は100円だ。こういう交通機関があるから助かっている人は多い。今後、高齢化がさらに進めば重要性は増し、不可欠のものになるのだろう。経営は困難かもしれないが是非維持していただきたい。

機種変更

 これまで使っていたスマートフォンが容量不足でどうしようもなくなったので買い換えることにした。よく考えれば、最新の機能を求めなくても時間とともに使えなくなっていくのはコンピューターの性らしいが少しわりきれないところがある。

 アプリの再設計などが残されており、当面は魂を抜かれてWi-Fiで生き続ける旧機種の残務整理に追われそうだ。主役から降りてシステムファイルが小さくなった影響で元気を取り戻したのが何とも皮肉である。

 スマホ依存にならないよう、必要なとき以外には使わないように心がけたい。

電車のワンオペ運転

 頻繁に利用する横浜線はこの春からワンマン運転が始まっている。運転だけではなく扉の開閉も運転手が行うもので、いまのところ大きなトラブルは出ていないようだ。

 このシステムの運用にはホームドアの設置や高度な自動列車制御装置が施されている必要がある。運転手の異常時にはセンターからブレーキをかけることができるらしい。自動列車制御装置の監督として運転手が乗車しているとまではいかないものの、それを目ざしたものになっているようだ。

 平常時には効率的で安全対策もなされているが、予測不可能な事態においてワンオペにはやはり不安が残る。天災などで列車が止まったり、乗客に異常事態が発生したとき、どのように対応するのかの説明は予めしておいた方がいい。車掌がいたとしても、多くの乗客に対応することは無理なのだが、それでも何らかの措置は取れる。それがないのなら、乗客に心得を知ってもらうしかないだろう。

 例えば車内広告、動画などにそういうものを入れておくだけでもかなり効果があるはずだ。

自転車運転手の受難

 今日から自転車に対する交通規制が変わった。身近な乗り物である自転車が車両として扱われるようになり、罰則規定も強化された。

 この規定は交通安全を促進するには帰依するだろうが、かなり理想的、もっと言えば非現実的なものであることが残念だ。自転車の走行が想定されている車道脇は路面状態が必ずしもいいとは言えない。水捌けを良くするため斜面になっていることもあり、マンホールなどが設置されていることもある。

 さらには路肩駐車がある場合はそれを回避するために中央に近づかなくてはならず、自動車やバイクとの接触や衝突の危険性が増す。自転車以外の運転者にも自転車への配慮が義務づけられ、罰則規定もあるようだがその周知はなされていない。

 恐らく警察はこの罰則を運用面で制御するつもりでいるのだろう。ただ、例外や除外事項が増えると規則の存在意義が失われる。訴訟にでもなれば、非常に厄介な事例になりそうだ。

 そもそもこの法律を成立させるためには、自転車専用レーンを整備することから始めるべきだった。私の住む街の近辺では車道の両端を塗装して、自転車道のように見せかけたものがあるが、その場所に自動車やバイクが入ってもお咎めはない。駐車も可能とあれば、自転車道とは言えない。速度も重量も走行の安定性も異なる自転車を車道で走らせることはまったく理にかなっていない。

 エネルギー問題、環境問題などを考慮すれば自転車の利用は促進されるべきなのに、そのためのインフラが間に合っていない。今回の法改正はこの事実を浮き彫りにしてしまった。

自転車にブレーキランプを

 単なる思いつきに過ぎないのだが、自転車にもブレーキランプをつけたほうがいいのではないか。車道を走ることが条件付きで義務付けられたいま、来月からは罰則も適用されると言うのだから後方に停止を知らせるランプはあってもいい。前方灯のように常時点灯する必要もないので、さほどの電力消費もないし、太陽電池などを活用すればセルを回すときに起こる負担もないはずだ。

 狭い道路脇を走る自転車には危険が多い。そのリスクを少しでも減らす工夫は必要だと考える。停車を手信号でやるためには片手運転となり、危険性を増やす。ブレーキランプは市販されていて、充電式やモーター連動型、ブレーキレバー起動型から加速度センサーで自動点灯するものなどいろいろある。これらをもっと普及させた方がいい。現状では数千円程度だが、命の安全に役立つものであれば出費としては大きくない。普及すれば価格は下がるはずだ。

 自転車の事故は実はかなり多い。歩道を高速で走るのは論外だが、車道を走る際にさまざまななトラブルに遭いそうだ。対策の一つとしてブレーキランプの装着を提案したい。

電車の屋根

 私が時々使うカフェは駅の上に位置しており、窓の下を電車が通っている。つまり、座席から電車を上から見下ろす形になっており、普段は見ることができない電車の屋根を見ることができるのである。側面はいつ見てもきれいな電車であるが、屋根は意外と汚れていることがわかるのだ。

 屋根はパンタグラフと架線の接触から少しずつ摩耗したものが落下し付着しやすいのに加え、都会の雨に含まれる様々な物質も付着しやすいのにそれを洗浄するのは容易ではない。だからどうしても汚れが落ちにくい。とはいえ、安全面も考えれば定期的に清掃が行われているはずだ。かなり困難な作業をしている方に感謝する。

 いつもの視点では見ることができないのだが、ある条件で見えてくるものがある。そしてその光景にはいつも驚かされる。

振替輸送

 年に数回ではあるが鉄道の事故などの影響で振替輸送を使うことがある。遠回りすれば別の路線でも辿り着ける所に職場があるので、最終手段として利用するのだ。

 普段乗らない路線を通勤時間に利用するのはちょっとした覚悟のようなものが要る。どのように利用すればよいのかという情報がないからだ。もちろん、振替輸送のときは大抵改札はフリーパスになる。ただ、何号車のどの位置に乗るべきなのか、改札に近いのはどこかなどといった詳細な情報が足りないのだ。振替輸送で平常より混雑した車内において、こうしたことは大切なのだ。

 逆に言えば普段使っている路線に関して、様々な注意をしながら乗車しているということなのだ。混雑が少しでも少なく、下車時に苦労しない場所を日々の経験によって習得しているということなのだろう。振替輸送は非日常の世界を感じさせてくれるきっかけだ。利用する機会がない方が良いのは決まっているのだが。

原付は125まで

 知らない間に、正確には私がぼおっとしている間に原付の規定が変わっていた。原付は125ccまでだそうだ。かつての50㏄からすれば倍以上だ。もっとも出力制限があり、2人乗り禁止、最高時速30キロの制限は変わらない。

 原付は免許を取るときに一度乗っただけで、実は経験値がない。ただ風を切って走れる自転車よりも楽で速い乗り物には魅力を感じてきた。恐らく地方都市に住み続けていたら買っていたかもしれない。

 今となっては自動車と同じ道を走ることに恐怖を感じてしまう。もう少し若い頃ならばなどと様々な言い訳を考える。いつか乗る機会はあるのだろうか。