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田舎のバス

 実家に行くときは駅から遠いのでバスを使うことが多い。一時間に一本で午後5時台で終わってしまうので実は歩くこともある。大体30分くらいの道のりを歩くのはよくあることだ。

 先日、ものすごい形相でバス停に駆け込んでくる人がいた。ここのバスはスマホで車の位置が分かるので、思わずもう少しで来ます。間に合いましたねと声をかけてしまった。するとその青年(というには少し年長にも見えたが)、実はいつものバス停ですでに通過してしまったので、先回りして来たんですとの答え。このバスは住宅地を蛇行するように走るので、やろうと思えば近道して追いつくことも可能なのだ。際どい賭けにはなるのだが。

 彼と私がバスに乗った時には他に乗客が一人だけ、その一人もすぐに降りた。その後も御年寄が何人か乗車した。いわゆるコミュニティバスで料金は100円だ。こういう交通機関があるから助かっている人は多い。今後、高齢化がさらに進めば重要性は増し、不可欠のものになるのだろう。経営は困難かもしれないが是非維持していただきたい。

牛久シャトー

 久しぶりに立ち寄った。企業としては一度倒産し、市の補助もあって保っている。建物の一部が実は重要文化財であり、日本遺産にも指定されている。

 ただここの魅力はワインの醸造の現場を見学し得ることであり、ワインを飲みながら料理が食べられることであった。博物館のとしての機能も大切だが、その場で体験できる何かがあるとなおいい。まだレストランはやっているようだが、もう一つ何か人を引きつける何かがほしい。

 絵になる風景ではあるので、映画やドラマのロケ地に利用できるし、何らかの定期的イベントを行ってほしい。そのための資金をどこから調達するのか。思案のしどころだ。

北陸は雪らしい

 北陸は雪らしい。関東のローカル放送では天気予報の範囲が少なくとも二通りある。多くは関東の一都六県を範囲とし、時間によっては山梨、長野、新潟を含めた関東甲信越に拡大される。ただ、映し出される雨雲の分布や降雨降雪予報の地図には富山県も入ることが多いので、コメントはないがだいたいの天気は分かるのである。

 今日は季節風が強く、さらにはこの季節に多い日本海寒帯気団収束帯も発生する可能性もあるという。そうなるとまとまった雪になりやすい。年末の大雪に注意しなくてはならない。

 かつて北陸に住んでいたとき、当時は長岡や後に越後湯沢で新幹線から在来線に乗り換えた。群馬の山を越えた辺りから雪景色となり、越後湯沢駅からはスキーをする人の姿が見えたものだった。関東は乾いた青空で、川端康成でなくともその激変に感情を揺り動かれる。日本の脊梁が冬の空をいかに隔てているのかを痛感するのだ。

 関東にいると雪景色に憧れ、北陸では曇天続きの冬空に鬱々としたこともあった。どちらにも素晴らしい魅力があるとともに耐えがたい痛みもある。どちらかに住むと見えたものが、移住してしばらくすると分からなくなってしまうのだ。

 天気予報で彼の地の映像が偶然映し出されたときに、にわかに過去の感触が噴出する。しかし有効期限はすぐ切れて、日常生活がそれをかき消してしまうのだ。このごろの季節はこの差異を思い出すことが多い。

地元意識

 グローバルな時代であれば細かい差異はどうでも良くなるはずだが、実はそれほど簡単ではない。広範囲の流通を前提とすれば、最大公約数的な商品が大量生産され、個人的地域的な趣向性は優先度が低くなる。コストを減らすために多くの人が妥協できるラインを目指して作られるからである。

 このいわば合格点ギリギリのアイテムに私たちは比較的早く順応してしまう。それは価格とか手に入れやすさの方が選択基準の上位になってしまうことによる。本当に欲しいのはこれではないが、安いからこれでもいいか、といった妥協が容易になされてしまうのだ。

 ただ、この我慢も積み重なるとストレスになっていく。何か違うものに囲まれた日常が陳腐に見えてしまうのである。やはり、本物を目指そうという機運がときどき起こる。ただ、そのために費やす代価の大きさに挫けてしまうことも多い。

 個人的なオーダーメイドが無理でもせめて自分の所属するコミュニティの好むものを得たい。そういう気持ちが地域社会に定着すると、ちょっと高いけれど満足できる品物が集まっている店の経営が成り立つ。その意味での地元意識は意外にも大切なことかもしれない。

 満足できる品物を大切に使い、大量生産、大量消費、大量投棄のサイクルを断ち切ることが未来のこの国のあり方として適している気がする。

初雪

 夜に車を走らせていたら、突然ゆっくりと落ちるものが降ってきた。それが今年の初雪だった。ほとんど晴天で雪など降ろうはずないと思っていたが確かに舞い落ちていた。

 数分のうちに止んで元の関東の冬に戻った。強烈な寒波のために雪雲の成れの果てが最後の役目を果たしたのかもしれない。そう考えてみると愛おしくも感じる。

 今回の寒波は1週間ほど居座るという。雪国の皆様には無理せず無事にお過ごしいただきたい。相対的にはそちらの方が豊かなことは知っている。雪下ろしの際に油断は禁物だ。

 関東に移り住んでもう20年以上も経つと雪の害も益も分からなくなる。ただ、降雪は試練ではあるが、それ以上に恩恵も大きい。

 東京で数分降った雪に心を乱している事自体がすでに変質してしまったということなのだろうか。少なくとも脊梁山脈の彼我に暮らした経験は、無駄にはならないと考えている。

郷土愛

 ある土地に生まれ、その地にどれくらい執着するのかは個人差がある。生まれただけのことであると割り切れるむきは特に気にしない。そもそもこの世に生を受けるか否かは本人の意志を越えており、ましてその土地がどこかなど考慮外である。

 それでも実感として故郷に対する思いの強さは揺るぎない。なぜ生誕地に拘るのか、はっきりとはわからない。郷土愛という言葉で総括されてもなぜそれがあるのか説明できる人は少ない。自分が生まれたというだけでその地が他より優れていると考えることは信仰のようなものだろう。

 そうは言っても、やはり故郷を愛する気持ちは抑え難い。理屈よりは感性の問題である。故郷は遠き彼方にて思うものという言葉はそうならざる状況に追い込まれた人の持つ感慨である。古人の残した詩句にそれを感じることができる。

 ところで、故郷の範囲をどう考えるのか。それが大問題であろう。かつては村を、そして国、今で言う都道府県をその単位と考えた。いわゆるウチと呼べる範囲はそのようなものだったはずだ。ウチの街では、ウチの県ではと言える。国際社会においてはウチの国と言えるかというと、この感覚はやや無理がある。我が国という類似表現があるが、ウチほどの密着性はない。

 さらにウチのアジアとかウチの地球というのはますます無理だ。SFの中の表現ならばいざ知らず、非現実的な表現である。こうしたことから考えると郷土愛というときの郷土の範囲はある程度限られている。

 郷土を愛することそれ自体は素晴らしいことだが、この愛には他者の郷土をも尊重する態度が含まれていなくてはなるまい。それがなければ、自己中心的な感情となってしまう。結果的に巡り巡って自分の里をも傷つける。他者にとって自分もまた他者なのだから。

 郷土愛を育てる大切さを訴えるときに、まず他者の郷土も尊重することと、その先に大切にする場所の範囲を広げることが肝要だ。

 

近隣の未開地

 車のランプが切れたので隣市の自動車用品店に修理を依頼した。とても混んでいて1時間後に作業開始とのことだった。そこで急にできた時間で近隣の商店等や格安量販店、リサイクルショップなどを巡回することにした。

 いわゆるホームセンターを見つけたのでまずはそこに入る。聞いたことがない地元系の店だが、かなりにぎわっていた。売られていたのはいわゆる一流ブランドものではなく、価格を抑えた海外生産品がほとんどだった。保証がしっかりしていればものによってはお得かもしれない。問題は耐久性だが。

 次にリサイクルショップに行く、近隣に2軒もあり、物価高の現在、また環境問題への意識もあってか結構繁盛していた。最近、私も古着を買ったりするので、以前あった抵抗感はない。1軒目に入った店は全国展開しているので他の支店には時々行くが、地域によって売っているものが少しずつ違うことに気づいた。

 格安量販店もかなり賑わっていた。これも用途と使用の仕方を考えればいい買い物ができる。所有の満足感は高くはないが、むしろ遠慮なく使い込めるという点においては適合している。長期使用の前に中期使用という分類ができるとすれば、そういうものに向いている。使わないブランド品よりは実用的かもしれない。壊れることはよくあるのでそれを覚悟したうえで。

 そうこうしているうちに車の修理が終わったとメールがきた。この車こそ長期使用の最たるものだ。すでに骨董品の分類に入るだろう。あちこち修理しながら今に至る。

 空いた時間で近隣を散歩することになった。すぐ近くなのにこのような店があることを全く知らなかった。未開の地は実はすぐ近くにある。

 

駅弁の魅力

 時々近隣のスーパーで駅弁が売っている日がある。しかし、そこに行かなくては食べられないというのが駅弁の魅力だろう。

 新幹線が走り、車内販売をやめたことから駅弁を食べられる環境はかなり厳しくなった。機関車を増結するための停車時間を利用した。横川の釜飯などは、初めて見たときにはよくも短時間で売り切るものだと感心した。いまは新幹線が知らない間に走り抜けるので、駅弁としてホームで際どく買う釜飯の醍醐味はない。

 それでも全国にはいろいろな工夫を凝らした駅弁がある。その心意気を楽しみたい。旅することが少なくなったこの頃ではあるけれども。

相模原市立博物館

 おそらく10年ぶりに相模原市立博物館に行った。あい変わらず入場料無料で充実した展示内容であった。近隣の方は行くべき施設だ。

 相模原という場所は実はかなり大切な場所ではないかと思う。相模川の氾濫原は実に多様な可能性をもたらした。その中心が相模原なのだ。

 この市の可能性について歴史学者はおそらく皆ポジティブだろう。地理的条件は揃っている。近隣に横浜、川崎、町田という現在の繁栄都市があるにしても相模原の優位性は変わらない。それをいつ、どのように世に問うのか。この地域の話としては極めて深刻な話である。

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梅花早くも

 町田市の薬師池公園への観梅は毎年の習慣になっている。最近、梅の咲く時期が早まっており、ある年などはほとんど散ってしまっていたが、今年は間に合った。あと少しで満開という樹もある。白梅、紅梅、さらには蝋梅まで揃っており、多くの人達が楽しんでいた。

 梅に鶯は叶わなかったが、メジロが止まるのを見た。いわゆるうぐいす色をした小鳥である。この公園までは町田駅からバスが出ているが、自家用車がないとちょっと不便な場所にある。でも、それ故に適度に人が少なく、梅を楽しむのにはよい。駐車場はあるので、車があるなら近隣の四季彩の杜の商業施設や、少し先の野津田公園などを巡るのもいい。バラ園がある。ただJ1リーグ開催日は避けたほうがいい。

 梅は万葉集の世界では中国を感じさせる花であり、異国情緒を感じさせる何かがあったようだ。その後、日本の文化に定着して様々な形で享受されている。いまは公園で見られるがかつては貴族の庭にしかなかったのかもしれない。