宇宙を考えることの意味

 先日、プラネタリウムに行ってきた。宇宙の始まりに関する話があり、少なからず感動した。何に感動したのかはなかなか言葉にはならないが、すべての原理を原初に戻すと世界は、というより宇宙は極めて数学のようなものになるということだ。

 でも、ちょっと待て。そう考えるのは現代の人間の能力の到達点に過ぎないのではないか。無からビッグバンの末に宇宙が発生する。理論的には正しいとしても、その理論が今生きている人間によって形成されている以上、その思考の枠組みの中で考えられたのだ。別のフレームができれば違う結論に達するのではないか。

 宇宙のことを考えるといつもこの疑問に駆られ、謎のループにはまり暫く抜け出せない。若い頃は深みにはまって動けなくなるほどだった。いまはほどよく醒めていて以前ほどではないにしろ、やはりなぜなぜの渦巻きに取り囲まれてしまう。私にとっては宇宙のことを考えるのはこうした妄想に入るスイッチのようなものだ。

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