投稿者: Mitsuhiro

秋刀魚

苦いかしょっぱいか

 サンマは庶民の味とは言えなくなっている。不漁と他国船の密漁、その背景の気候変動と話は大きくなるばかりだ。難しい話はあとにしてサンマがとにかく食べたい。そういう季節である。

 目黒の秋刀魚は落語の定番だが、この話は江戸時代においてサンマが庶民の食材であったことを物語る。佐藤春夫も庶民の味に哀感を込めた。決してマグロの上トロや鯛では表現できない。すぐに手に入るサンマであるからこそ哀れみが出る。

 私が子どもの頃もサンマは庶民の味だった。何故かイワシは苦手だったがサンマは好物だった。内蔵が好きになったのは酒の味を覚えてからだ。

 それがいつの間にか高級魚になりつつある。おそらく数年後には日本の近海でとることが難しくなる。近海魚ではないのだ。おそらく佐藤春夫の感慨は注釈抜きでは理解できなくなる。目黒の秋刀魚の落ちも変えなくてはならないだろう。

 それでもサンマを食べる文化が根強いことには変わりはない。うなぎを食べるのと同じような感覚でサンマを食べるようになっていくのだろう。そういえばさんまの蒲焼という缶詰はB級の食材だった。直にカニ缶と同じ扱いになるかも知れない。

無常

Photo by Quang Anh Ha Nguyen on Pexels.com

 よく利用していた食堂が数か月前に閉店してしまった。今日また数か月ぶりにその近所に寄ってみたところ、更地になっていた。思ったより狭い土地だった。高級店というわけでもなく、料金が手ごろであったという理由でお世話になっていたが、なくなってみると妙に寂しいものである。

 街の風景が刻々と変わることはもう慣れているはずだった。私の住まいの近くでもかなり頻繁に工事があり、建物が建て替わるだけではなく、道路が建設されたり、なくなったりしている。地図が変わってしまったということだ。それが少しずつ変わっていくのでいつの間にか変わったという風に感じるのだが、これを早送りしてみることができたとしたら実にめまぐるしく変わっているのだろう。

『方丈記』の冒頭にあるようにすべてはよどみに浮かぶうたかたのようなものなのかもしれない。不動のものと信じていたものがあっさりと変わってしまうと感じるのは、私の目が地上すれすれについているからなのだろう。大きく俯瞰する考えができるようになれば、小異は気にならなくなるのかも知れない。むしろ変化しているからこそ、この世の中は継続できるのだろう。生物の身体のように。

 話が大きくなりすぎた。食堂はなくなったが、すぐ近くの別のチェーン店で同じようなメニューが始まったので、いまはそこに宗旨替えをした。こことてもいつまで続くかわからない。前の店ほどうまくはないが、それでもなくなっては困る。この街に来るときはここに通うことと決めている。

点の風景

May I have the time?

 仮に時間を往来できるものとして過去のある時点に突然移動したとしたらどう思うだろう。かなりの寝不足のまま乗り込んだ長距離移動の電車内で妄想を始めている。

 面倒な想定を重ねることを避けるために、移動した時点で自分自身は移動することはできず、移動先の人やモノとの交渉はできないのものとする。そういう小説を読んだ気がするが、それとは違ってあくまで無作為にタイムスリップすることにする。

 飛んでいった先の風景はどう見えるだろう。過去の世界はどうだろう。例えば昭和の高度成長期の街の風景はたくましくもかなり危ういものに映るはずだ。その先の展開を知っている者にとって過去の風景に飛び込むのは覚悟がいる。懐かしい風俗、流行の言葉、今はなき道具など心惹かれるものであふれているはずだが。携帯、スマホのない時代はもう一度見てみたい気もする。

 未来に飛んだ場合はどうだろう。もしかしたら自分の死後の世界かも知れない。驚くべき光景が展開されている。手持ちの価値観では許されない行動、似ているが意味の違う言葉、不思議な人間関係など様々想像してしまう。未来は経験したことがないので、よいふうにも悪いふうにも妄想の幅が振れる。そしてきっと最後に思う。この世界に私はいないのだと。

 未来はやめよう。行くなら過去だ。それも大昔がいい。世界史で学んだことを実見するのはどうだろう。そういうのは大抵乱暴だから、何もない日常に飛ぶのがいい。止めたいのは最近の過去だ。やり直したいのにやり直せない。こんな地獄はない。

 くだらないことを考えていたら乗り換え駅だ。少し眠気も冷めた。車内の人は相変わらずスマホに操られている。私も駄文を書くのにスクリーンを擦り続けている。他の時代から来た人が混ざっていたら伺いたい。私たち変でしょう? と。

素顔への復帰

Photo by Janko Ferlic on Pexels.com

 コロナ感染対策に対して状況が変わりつつある。海外の主要国が外出時のマスク着用義務をすでに解いているのに対して、日本では条件付きながら着用の義務なしと政府見解があってもほとんどの人がそのままである。これはなぜだろう。

 思えばコロナウイルス流行以前から日本人はマスクの着用率が高かったようだ。春先の花粉症対策というのが主因だが、そうではなくてもマスク着用者が一定数いた。そのなかにはアレルギー性鼻炎などの症状を持っていない人も含まれていた。彼らにとってはマスクはまさに覆面の道具だったのだ。

 自分の顔を見られたくないというのはマイナスの自己顕示欲だろう。つまり、見られたくないと思うこと自体、自意識が強いことを意味する。多くの場合、他人の顔などには関心はない。かりにご飯粒をつけて電車に乗ったとしても、多くの人は気が付かないし、気づいても知らぬふりをするに違いない。そこまで関心はないのだ。顔を見られたくないと思うことは周りの人は自分に注目しているに違いないと考えていることなるかもしれない。

 日本人にマスク着用者が多いのは、これと同じ心理が働いているのかもしれない。自分の顔は他人によって観察されている。だから失態がないように隠さなくてはならないと。周囲を気にする習慣を幼いころから教えられている日本人は、自分の顔が人からどのようにみられているのか敏感に感じる。マスクを外すこと自体が集団の中でマイノリティになることであり、その結果として注目されるのではないかという二重の危惧が働くのだ。

 感染予防の観点からマスクの着用をどこまで必要とするのかは専門家の意見をうかがいたい。ただ、安全宣言が出たとしてもマスクのない生活はもう少し先になりそうだ。

ハナミズキの実

赤い実

 よく通る道の街路樹が紅葉し始めた。赤い実をたくさんつけている。晩春初夏の頃、白や桃色の花で華やかだったハナミズキが結実したのだ。

 花とは色が違うが実もかなり人目を引きつける鮮やかさがある。この目立つ実は残念ながら食用にはならないようだ。ただし小鳥たちにとっては冬に向かう前の栄養源の一つらしい。味覚が違うのだろうか。

 ところで、私が見たハナミズキの実は今のところ鳥からはまったく見向きもされていない。ほぼ無傷で樹上にある。あるいはまだ熟していないのだろうか。やがて落葉して実だけが残るようになると、鳥がついばみ始める。その時を待っているのかもしれない。

十三夜

ビルの向こうの十三夜

 今日は旧暦の9月13日ということで後の月、十三夜である。古来、名月とされてきたがなぜ満月の前なのかよく分からない。

 古人の月見に由来すると言われるが、それ以前の要因もあるはずだ。栗名月、豆名月の別名があることが示すように、収穫感謝祭の一面があったはずだ。

 先月の十五夜はまだ暑い最中だったがさすがに今日は秋も深まった感がある。肌寒さを感じながら月を見上げることに、十三夜の趣きがある。

 今年は二つの名月を見ることができた。これをわずかな心の支えとしたい。

蜜柑色づく

 急に寒くなり、冷たい雨も降って驚く身体を如何に御していくか。大事な局面である。マスクを外していいと言われても、別のウイルスも心配になる。そんな微かな不安をしばし忘れさせてくれる風景に出会った。

 通勤途上の道に植えられている蜜柑の木に鈴生りに実っている蜜柑が色づき始めているのを見つけた。毎年なるのだが今年は特に豊作のようだ。誰の所有物なのか分からず、持ち主も摘果しないので大抵カラスたちのごちそうになるのだが、今年はカラスだけでは処理できないかもしれない。

 すぐ近くにゴミの集積所があるので、それこそカラスか何かがあさってこぼれた中に蜜柑の種があり、それが育ったのだというストーリーを考えてみた。やや無理があるけれども。

 この蜜柑の立っている位置は道路の建設予定地の近くであり、今後の運命は分からない。まだやったことはないが、一度くらい蜜柑泥棒をしてみようか。

13℃

Photo by mark soetebier on Pexels.com

 今日の東京の最高気温は13℃だった。数日前まで29℃あったことを考えればすでに別の季節であることは確かだ。しかも今日は雨が降っていた。

 いいこともある。雨の中を大通りを歩いていたら、信号のない横断歩道で両側の車がすぐに止まってくれた。さすがに寒い中を歩く者を無視できなかったのであろう。運転するものに優しさを思い出させた冷たい雨であった。

 明日は小回復するとのこと。すでに夏の思い出は褪せ始めている。いまは先に進むしかあるまい。

筆記体

Photo by MART PRODUCTION on Pexels.com

 アメリカの若者は筆記体で書かれた文章を読むことができないという記事を読んだ。手書きの文字を書く機会が減った現代において、筆記体が衰退するのは当然の成り行きだ。私の知り合いの外国人も筆記体で文字書くのを見たことがない。ブロック体かその変形である。

 この現象に対してアメリカの一部の知識人は、過去の文献を直接読めなくなるのではないかと危惧の念を示している。歴史的な文化遺産を直接読み取ることができないのは文化的な損失が大きいというのである。一部の地域では学校教育のなかで筆記体の読み書きを復活することを検討しているという。

 これはよそ事ではない。日本語においても江戸時代以前の写本や版本を直接読むことはかなり難しい。私のような古典を学習したものでも江戸の版本までは何とか読めるが、写本となると怪しく、それ以前の時代のものになると字書なしでは読めない。読めるのは研究者に限られている。

 そんなに昔の本でなくとも、昭和の文章でも行書で書かれた文字が読めないという若者は増えている。草書はたしかに書道の心得がなければ読めないのは分かる。しかし、行書は読めるはずだと思うのは思い込みである。若い世代は活字(正確にはスクリーンに表示できる文字)を通して日本語を学ぶ。他人(同世代ではなく上の世代)の書いた手書きの文字を読む機会はほとんどない。だから、「令和」の「令」の字の最後の画が斜めになっているのと真直ぐなのは同じ文字なのかという疑問が生まれる。「葛」の字形もそうだ。英語より文字の種類が多い日本語において、過去の人が書いた文字が読めないという問題はより深刻であると考える。

 これに対しては、手書き文字の文化は切り捨てていいという考え方もできる。私はそうは思わないが、昔の人が書いた手紙や原稿を読むのは専門家だけだからそのほかの人は行書のようなくずした字は読めなくていいし、書かなくていいという考えだ。字が汚くて読めないという問題は、今後は誰もがコンピュータやスマートフォンで入力していくようになる。その中には音声入力もあるからもはや文字を書くことにこだわる必要はないというものである。

 一見未来志向で現実的な考え方と思われるのだが、いろいろな研究から手書きで文章を書く方がものを深く志向する際には効率がいいとされている。これからも「紙に」であるかどうかは怪しいが直に文字を書くことは当面続くはずだ。

 話は戻るが過去の人が書いた文字を読めなくなるということはやはり大きな損失である。その意味において、教育の場でもまた家庭の中でも手書きの文字を読み書きする機会をもっと増やしていった方がいいのではないか。デジタル化に反するようだが、教育効果や文化の継承という面を様々考えるとその方がいい。

Streak500

You are smart, unlike me.

 WordPressによれば今日で500日連続投稿だという。streak という表示が出る以前から続けているので実際はもう少し続いている。何ごとも長続きしない私にとって駄文の公開がこんなに続いているのは我ながら不思議だ。

 継続している理由の一つは、完成体を求めていないからだ。完璧に仕上げようと思えばそれなりに時間がかかるし公開するときに躊躇する。それがないのは無責任に書いているからである。

 さすがにねたに困ることもある。そういうときもとにかく残すことにしている。天候や思い出を書いている日は大抵ねたがなくなっているときだ。

 基本的な方針として書きたいことを書くことは続けたい。アクセス数アップにも憧れるがそのためにトレンドを探したり、検索対策をすることはやめておく。文章も常体のそっけない文体を続けることにする。その方が書きやすいし正直な気持ちになれる。

 アクセスの稼げるブログの書き方といった類の本やウェブの資料を読ませていただくと、私のスタイルはもっともよくないらしい。この指摘は間違っていないことは、WordPressのデータが証明してくれている。

 でも、やはり私にはこの書き方しかない。最近は年配者の戯言のようになっているが、それでいい。戯言を極めよう。願わくばスマホの字の小ささや、スワイプするときのミスタッチを克服し続けんことを。これが一番危なそうだ。