カテゴリー: エッセイ

ゼルビア昇格

 FC町田ゼルビアがJ1リーグへの昇格を決めた。悲願達成といったところか。

 何度か書いてきたが私はJFL(社会人リーグの最高峰)に昇格したときにこのクラブの存在を知った。少年サッカーチームのトップチームとしてあったものをそのまま使ったために、企業スポンサーがなく、スタジアムも客席が足りない市営陸上競技場を使うなど悪条件ばかりだった。すぐ隣にはフロンターレの練習場があり、東京にはヴェルディもFC東京もあるからさらにクラブはいらないとも言われていた、

せっかく昇格条件を満たしてもスタジアムが規定以下ということで見送られたり、コロナ禍で昇格枠が小さくなって機会を喪失したりとあまりいいことがなかった。

それがサイバーエージェントがスポンサーとなり、一時町田以外に移転する説も出たがそれを振り切り、今回に至った。まずは努力に賛辞を送りたい。夢を見させてくれてありがとう。J1リーグは厳しいと思うが、挑戦する姿を見守っていたい。

そういえば優勝の経験は私がこのクラブを知ってからは一度もない。今季は後少しだ。ぜひ優勝を。

海の異変

 最近、漁業関係者から海に異変が起きていることが相次いで報告されニュースになっている。先日はアラスカ近海でズワイガニの収穫量が激減していることが報じられていた。原因は海水温の上昇によってカニの新陳代謝に異変が起き、より多くの餌を必要とするようになり、結果として餓死したことらしい。

Photo by Eva Bronzini on Pexels.com

 日本近海でも大量のイワシが沿岸に押し寄せたり、イカが不漁になったり、南方にしか生息しないはずの魚類がとれるようになったりするなど、数多くの異変が起きている。これらの原因は一つではないのだろうが、そのなかにやはり海水の温暖化があると考えられている。

 気象庁によると「日本近海における、2022年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)の上昇率は、+1.24℃/100年です。 この上昇率は、世界全体で平均した海面水温の上昇率(+0.60℃/100年)よりも大きく、日本の気温の上昇率(+1.30℃/100年)と同程度の値です。」とあり、日本近海の海水温の上昇が特に大きいことが指摘されている。

 海の温暖化にともなうリスクには、海水からの蒸発量の増加にともなって台風、低気圧の発生が増え、天災の発生率を上げること、大気中の二酸化炭素が海水に溶け込むことにより、海水が酸性化し生態系に影響を及ぼすこと、などの実害をもたらすという。漁業大国である日本にとって海水の変化は産業面でも大きな影響をもたらす。将来すしネタの大半は日本近海ではとれなくなるという人もいる。

 海の変化を知らせるニュースはその意味で大きな懸念材料だ。空と海はつながり、その中に陸がある。陸で暮らす生き物が空と海に悪影響を及ぼしているのなら、それは制限していかなくてならない。

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インフルエンザ

インフルエンザ流行中

 インフルエンザが流行しているようだ。コロナ禍と言われた時期にはあまり聞かなかったので、マスクや手洗い等はやはり予防効果があるのだろう。私も来月辺りからはマスク生活に戻るかもしれない。電車に乗るとき限定かもしれないが。

長崎は今日も

長崎は雨が多いところではない

 内山田洋とクールファイブのヒット曲「長崎は今日も雨だった」は昭和世代ならば知らない人はいない。歌詞は忘れても前川清の顔をしかめて熱唱する姿と「ワワワワー」のコーラスは記憶に焼き付いている。

 ところがいまの若い世代にはこの話は通じない。いい歌だから是非とも後世に伝えるべきだとは思うけれど詮方無い。でもどうして雨なのだろう。長崎は別に降水確率が高い地域ではない。たしかに水害はあるがそれはあくまで突発的なものだ。

 雨に感じる情緒を説明しなければ伝わらない。昭和という時代は価値観の変動がはげしく、同時代人でさえ戸惑うほどだ。雨に人情を感じるのか、生産活動の障害としかみない人もいる。現今は情緒を感じられない人が増えた。

 長崎でなくても雨の日には特別な思いになる。かすかな心の動きを感じ取ることを大切にしたい。おそらくいつかは寂しい雨に救われる日が来る。やさしさとはこういうところに表れるものである。

 

昔書いた字

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 自分がかつて書いた字を読み返すと不思議に思うことがある。こんな字を書いていたのかと素直に驚く。それが子どものころの文字であれば普通だろう。子どもは手の大きさや筆記具を扱うための筋力が異なるだけではなく、字形に関する認識も違うから書いた字の印象が大きく変わって見えるのは当たり前だ。

 気になるのは大人になってからの字形の変化だ。ある時期には繊細な字体で書いていたのに、突然豪快もしくは乱暴になる。そういう繰り返しを何度も繰り返している。これは気分や環境の変化によるものに違いない。活字のような字を書くことを理想と考える時もあれば、自由闊達に書きたいときもある。ノートなどをみると、どうもその気分の波が私には大きく作用するようだ。この時はどんな気持ちだったのだろうか思い出すのもいい。

 デジタルでブログを書いているのはその意味では物足りないことになる。いつ書いても同じフォントで画面に現れるのは大切な感覚の何かを失わせているのかもしれない。

楽曲とともに

 谷村新司さんが逝去された。私より少し上の世代であるが、アリスとして活躍されていたときはリアルタイムで楽曲に親しんだ。そのころ始めたギターの練習曲にもアリスの曲が多かった。時代を彩る方がなくなると何かが大きく変わったような気になる。

 人の命は限りがあるからいつかお別れが来るのは知っている。自分だっていつこの世を去るのかは分からない。この後すぐかもしれないし、もうしばらく世にはばかるかもしれない。ミュージシャンの場合は少し違う。人生は短く芸術は長い。残した曲はいつまでも消えない。誰かが歌い継ぐ限り続く。個人的には「遠くで汽笛を聞きながら」の哀愁が好きだ。絶望しながらも生きていこうとする底力を感じる。あの時代の雰囲気には実にあっていた。

 最近の歌にもいいものがある。それを共通体験として持てているのだろうか。多様化の中で時代を代表する歌謡なり、事象というものが細分化されている。すると共通の体験は持てなくなるのでは危惧してしまうのだ。

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山積

 このところやらなくてはならないことが山積してパンクしそうである。要領よくやろうなどとはいってられない。可能性のあるものを優先するしかない。

 こういう辛さを誰かに話しても同情されるか逆に不能ぶりをなじられるかである。助力を申し出てくれる人もいるが結局は何もできない。やるしかないのだ。

 昔ならそれこそノイローゼにでもなったかもしれないが、いまはそれでもやり過ごしている。鈍感になることはスキルの一つである。

把握

 若い世代がよく使う「把握お願いします」は何かおかしい。把握はこの場合、理解するということなのだろうか。

 資料をいくつか示されたあとでこの把握をお願いされた。これは理解しておけということなのだろう。ご承知おきくださいではなぜだめなのだろう。承知に上下関係を感じるのだろうか。知っておくことを超えた把握を求められているようだ。

 把握の意味が異なるのかもしれない。いろいろ言いたいことはあってもとにかく一掴みで飲み込んでくれというニュアンスがあるのだろうか。ならば新しい表現だ。承知置くにも十分な威圧感はあるが、それより大きいのかもしれない。

速読と熟読

 普段の読書を通して速読と熟読は意識して行うべきだと思う。それが間違っていると本を読むこと自体が面白くなくなる。

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 速読というのは別に必要以上に速く読むということではない。かつてパラパラとページを送るだけで内容を理解できるというような本が売れたが、これは少なくとも私のような一般人には無理だ。そうでははくて、多少分からないことがあっても大筋をつかむように読むということである。

 説明的な文章には常套的な構造があり、多くの場合は問題提起、分析、結論という順になっている。だから、最初と最後に注目すればある程度の内容はつかめるのだ。この方法に従ってざっと通読してしまうというのが、ここでいう速読だ。小説の場合はそれほど単純ではないが、場面の変わり目に注目して読むと同じようなことはできる。ただ、創作的な文章の場合、速読は勧めない。

 熟読は分からない言葉に出会ったら、それにこだわりながら読む方法である。たいていの場合、抽象的な表現のあとに「つまり」などの言葉で説明が入るが、中には読者へのサービスがよくないものもある。その場合は辞書も引きながら読むという方法である。そして、メモを取りながら読むこともする。

 速読と熟読は目的が異なる。楽しみながら知識を増やしたり、引き出しの数を増やしたりするのなら速読がよい。一方で読書を通してその内容を習得する場合は時間をかけて読むべきだ。本が嫌いな人はこの方法を間違っていることが多い。概要をつかむ読み方と内容を理解するのとでは違うと考えた方がいい。

10月後半に

 今日から今月も後半に入る。今日は少し気温が上がるとの予報だがさすがに秋の深まりを感じる。長すぎた夏のせいなのか、快適となった今頃にかえって疲れを感じているのだ。

 いろいろ試しているうちに少し生活が複雑になってしまった。これからは整理を少しして生活をシンプルにしていく。何でも片づけて自己満足することには与しない。見た目は変わらなくともやりやすいように作り変えていくのが目標だ。

 鞄をリュックのようにしていたのをやめた。するといままで背負っていたために感じなかった重みを感じている。いまより持ち物を減らさなくてはならない。軽量化するために持つ道具の選び直しをせねばなどと考える。こんなふうに季節の変わり目は生活の仕方を見直すことも必要だ。