カテゴリー: エッセイ

元日営業しないのもいい

 元日というのに放浪癖が出てあちこちを歩いてみた。コンビニとチェーン店、一部のスーパーマーケットは開いていたが、多くが休業していた。当たり前だ。昔は元日に開いているのは寺社くらいだった。中には急遽店員が欠席してしまいご案内に大変時間がかかりますという断りを掲示している店もあった。そうでなくても人材確保が難しいご時世に、元日営業を維持するのには並々ならぬ努力が必要なようであった。元日に営業をしなければならない理由はさまざまあるのだろう。私も今日の徘徊で営業している店に助けられた。できればご祝儀を出したいくらいだったがそんな余裕はないので気持ちだけを伝えたい。

 都会に住んでいるといろいろなサービスにたよって自分でできることをやろうとしなくなる。昭和世代の親たちはもしかしたら食料が手に入らないかもしれないという軽い危機感もあっておせちという保存の効く料理をたくさん作った。そこまでしなくてもいいのにと思った。我が家の場合はそれが母親の仕事として偏重してしたため、母は年末不機嫌になることが多かった。父は早くから酒を飲みだし、紅白を最後まで見ることなく寝てしまった。私たち子どもが結局年越しまで起きていたので、片づけはその後で、翌朝には雑煮を作る準備をしていた。

 今は大抵のおせち料理は出来合いのものがある。豪華な食材を加えればかなりの高額になるが、うまくやればそれなりの晴れの食事はできる。食材が切れたら近くのコンビニに行けばなんとなるし、コンビニにもおせちセットが売っている。こうなると母親の過重労働は必要ないようだ。

 元日に多くの店が閉店していたことは不便であったが、よく考えてみればこういう日が必要なのかもしれない。正月までが単なる月が替わる一日になってしまっては、行事の意味とかありがたみとかが分からなくなってしまうからだ。商売をどのように行うのかはそれぞれの自由だが、元日は多少の不便を我慢しても年神の来訪を祝う日であってもいいと思ったのである。

2025年は昭和100年

 2025年ということは2000年代に入って四半世紀を過ごしたことになる。今年は26年目ということだ。こう考えてみると自分が歳を取ってきたことが分かる。2000年の出来事をつい昨日のように思いだすというわけにはいかない。ほとんど覚えていない。過去の出来事を検索すると、少し思い出した。コンピューターの誤作動が起き、飛行機が墜落するなどと騒がれたがこの方面では何も起きなかった。ただし、4で割れて100で割れるのに閏年となることを設定するプログラムが不完全だったらしく2月29日に問題が発生したという。でもそのために何か大きな事故が起きたわけではなかったようだ。

AIが作った日本の正月

 記録を見てみると小渕首相が在任中に病没したり、三宅島や有珠山での大噴火があったりと平穏ではなかったが、次の年にアメリカで起きた同時多発テロ事件のインパクトが強すぎて印象が薄い。世紀の区分で言えば19世紀最後の一年から25年が経過したということになる。昭和のことを知らない世代(平成元年は1989年1月8日から始まっている)どころか20世紀のことを知らない世代が増えている。当たり前であるが。

 2025年は昭和を基準に仮に計算すると昭和100年になるそうだ。自分の人生から考えるとかなり長いが、昭和20年(1945)からまだ80年しかたっていない。その時代に日本が戦争当事者であったということも考えてみれば不思議である。私を含め、戦争のことは全く分かっていない。世界ではいまだに戦闘が続いているし、東アジアが安全という話は全くない。人生は歴史の流れの中では短く、記憶という点を取り上げればさらに短い。この先、どんな人生が待ち構えているのか分からないが、少なくとも自分の思いを何かに表現していきたい。このブログもその一つである。

今日に至ることができた幸せを喜ぶ

人生にもさまざまな区切れがある。いま私にとってはそれを体験している。体調、気力、その他さまざまな面に不如意なことが増えた。でも、加齢を嘆いていても何もならない。寧ろいましか感じられないことを愚直に表現していこうと思う。この時の思いはその時にしか分からないものだろうから。

 今年を何とか無事に過ごせたことをよしとしよう。そして来年がもっといい年になることを、予祝してしまおうと思う。

 好き勝手なことを時流に阿ることなく記しているブログを読んでくださる方々に深く感謝する。さち多からんことを。来年もよろしくお願いします。

注の話

 現代文の問題を解く際に、本文を読む前に注を読めというのは受験生にとっては常識のはずだ。もし知らなかったら今からそうすべきである。

 注は何のためにあるかといえば、それを理解できなければ設問に答えることができないだろうと、出題者が考えた上で付けている。だから、逆に言えば注は解答へのヒントなのだ。

 そのような視点で問題を見直して欲しい。何でこのような注釈が必要なのか。大体それは設問の主旨と絡んでいる。論文や文学書の注は、本文に盛り込めない脇の知識であったり、自説以外の考え方の紹介であったりする。だから、大抵の場合、注を読まずに読み進められるし、読むとなかなか本文の読解が捗らない。だが、現代文の問題の場合は逆で、注を読まなくては本文が読めなかったり、作問者の意図を取れないことがある。

 一冊の本を読破するのと現代文の一問を解答するのは、読解力が必要とされる点では共通するが、実際の作法には大きな違いがある。大して読書量がないのに国語の問題はできるという人はこの点が分かっているか、問題読解に偏った才能を持っているのかもしれない。

今年のニュース

 この時期になると発表がある10大ニュースという企画がある。読売新聞が発表した読者が選ぶ10大ニュースは、


石川・能登で震度7
大谷 初の「50⁻50」
パリ五輪 メダル日本45個
新紙幣 20年ぶり
闇バイト 続発
衆院選 与党過半数割れ
自民新総裁に石破氏
日航機・海保機 羽で衝突
ノーベル平和賞 被団協が受賞
「紅麴」サプリで健康被害

となっている。
 元日の大地震には驚いた。しかもその翌日に羽田の航空機事故があり、なんという年明けだと誰もが思ったはずだ。死者が出た海保機は能登への救援に向かう途中だというから、なんとも残念でならない。能登は9月にも大雨の被害があり死傷者が多数出た。重なる不幸を痛ましく思うとともに支援を考えなくてはならない。
 経済の分野ではGNPの順位が落ちたことが話題になった。円安に少子高齢化による構造的な問題もあり、この傾向は続く、ドル建てにした一人当たりの名目GDPでは韓国に昨年度から抜かれていたことが発表されている、日本の経済停滞は大問題であり、今後いろいろな問題が噴出する可能性が高い。
 政治の分野で自民公明の与党が衆院で過半数を割り、少数与党に転落したのは裏献金問題が直接の原因だが、経済政策に対して効果が得られなかったことが影響しているのだろう、いわゆるアベノミクスで一時的に衰退をごまかせたが、成長はできず結果として今の事態が起きている。野党は政権交代だけではなく、国民の利益になるような提案を起こして頂きたい。海外ではアメリカやイギリスなどで政権交代が起き、ウクライナやパレスチナの問題は一向に終わらない。被団協がノーベル平和賞を受賞したことも世界的な平和へのメッセージを送りたいということなのだろう。
 スポーツの世界では比較的明るい話題が多かった。オリンピックでのこれまであまり振るわなかった種目での活躍はめまぐるしかった。プロスポーツでは、バレーボールや、バスケットボールなどでの日本代表が国際大会でも勝てるようになってきた。サッカーはアジア大会ではかなり安心して戦えるようになっている。野球はMLBの大谷選手らの活躍が連日報道され、暗い話題が多い中で多くの人たちの救いになっていた。
 闇バイトなどのネットを利用した犯罪集団が多発しているのは残念だ。様々な不安定さが新たな犯罪を生み出す精神的な闇を生み出さないか。来年もそのことには注意しなくてはならない。

元日という言葉

 元日という言い方は古いのだろうか。若い世代では元日という言葉を使わなくなっているのかもしれない。先日、ある場所で若者の話すのを聞いているとどうもその中に元日の意味がわからないという人がいるようだった。1月1日のことだと仲間に教えてもらい。知らなかったと答えていた。どうも、それまでの人生に元日はなかったようなのだ。

富士山

 年賀状に書く元旦の方はもっと分からないのだろう。1月1日の朝を意味するこの言葉を知らなければ賀状の意味は理解できないし、年賀状のお返しに元旦と書いてしまうことになる。もっとも最近は年賀状を書くこと自体が減っているからこの心配は無用なのだろう。

 旧暦においては元日は皆が一斉に歳をとる日であり、神を迎え共に御膳をいただく神聖な1日だったはずだ。今は単なる通過点に過ぎない。あえて言えば商店等が休業になる所が多いということだけが他の一日と異なるだけなのだろう。

 今年の元日は能登の大地震が発生し、大変驚いた。何があるかわかないが、石川啄木の「何となく、今日はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。」のような1日になってほしいと願うばかりである。

蕎麦湯の楽しみ

 蕎麦湯はそばの茹で汁のことで、一部の蕎麦屋で無料で提供されている。蕎麦に含まれる栄養素が溶け出しているとのことで意味のある飲み物である。だいたいはもりそばやざるそばといった冷し蕎麦に合わされるが、私はかけそばなどの温かい蕎麦にも頼むことにしている。

蕎麦

 かけそばなどを食べ終えた後に、椀に蕎麦湯を入れてしまう。するとつゆがマイルドになり、飲みやすくなる。関東のつゆは醤油が強いのでそばつゆで割るとちょうどよくなるのだ。

 かなり前に蕎麦湯を飲むなんて邪道だよと先輩に言われたことがある。何をもって正邪の差があるのか分からないが、この件については邪道を貫こうと考えている。

即席麺

 寒くなるとラーメンが美味しく感じる。ただ、本当のラーメンはそこそこ高く、給料が上がらない日本人には日常食の域にはない。味に敬意を払うか、やけくそで飲んだあとにしめで食すかになっている。

 でも、同じラーメンでも即席麺は庶民の味方だ。カップラーメンは出先でも簡単に食べられるし、いわゆる袋麺の類は家庭での調理に耐える。店で食べる本格ラーメンとはまったく別のものとして考えれば結構いける。

 韓国のドラマでラーメンを食べるシーンをみると大抵が即席麺である。プデチゲのように見事に即席麺のポテンシャルを引き出したものもある。韓国メーカーの即席麺は日本でも手に入るが、大雑把に煮て食べるのは、日本製の面倒な拘りがない分楽だ。

 即席麺の発明者と言われる安藤百福は日本統治時代の台湾出身であり、日本での成功の前に別人物が類似品を販売していた記録もあるようだ。彼らも台湾系で、即席麺のルーツは台湾にあったというのは間違いではない。ただそれを商業ベースで成功させたのは日本であったことは間違いない。その後の展開からしても即席麺は「日本食」の一つと言える。

 東アジアに共有される味覚を持ったインスタントラーメンが世界各地に広まったのは、ある意味世界的なニーズに答える食品であったからだろう。

 私が子どもの頃から好物であるチキンラーメンはいまだにあるし、昭和のある時期にはノンフライの高級インスタント麺が大流行した。その旨さに感激したのを覚えている。今から考えればやはりそれなりの味だったのだが。

 カップ麺が普及してからは、調理をしなくなった。熱湯を注ぐだけの調理法なので、いるのはやかんだけ。電子ポットを置くコンビニが増えたので、そこで給湯して路上で食べるというスタイルが当たり前になった。

 食文化にとってよかったのか否かは色々な意見があろうが、即席麺の発明には感謝しかない。

回転寿司店の名前

 不景気な外食産業業界にあって回転寿司店は熾烈な競争をしているようだ。親の家がある地方の小都市にもこの業界大手のチェーン店の支店がある。それもかなり近接している。そこそこの集客はできているようだが、地元の個人のすし屋にとってはいい迷惑だ。もっとも求める客層は違うはずだが。
 さて、売り上げ規模から考えると1位はスシロー、2位はくら寿司、3位ははま寿司である。ちなみにこの町には4位のかっぱ寿司、5位の元気寿司の支店まである。おそらく多くの地方都市が似たような状況であり、寿司はやはり国民食であるであることが分かる。
 さて、店の前に大きな電光看板があるのを見て気づいたことがある。くら寿司はKURA SUSHIであり、はま寿司はHAMA-SUSHIなのだ。ほかも寿司の部分がSUSHIになっている。スシロー以外は日本人なら「ずし」と読むにも関わらずである。ちなみにはま寿司はもともとHAMAZUSHiと表記していたが、今の表記に改めている。
 容易に想像がつくように英語表記を読む対象となるのは外国人であろう。彼らにとって日本料理はsushiであってzushiではない。だから、実際の表音をあきらめて外国人にとって分かりやすくしたのだろう。調べてみると上掲の5位までの全てにSUSHIが入っていることになる。スシロー以外は「sushi」とは発音しないのにも関わらず。
 外食産業は潜在的な人手不足になっており、従業員に外国人を雇用することも多い。寿司店に外国人を雇用するのは抵抗がかつてはあっただろうが、いまはそんなことを言っている余裕はない。そのうち外国人の板前の作った回転寿司を外国人がこれぞ日本の味と称賛するときが来るのだろう。いやもう来ているのかもしれないが。私は何人が作ってくれても技能さえ素晴らしければいいとは思う。

椿と山茶花

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 冬の花として椿と山茶花は寒風に負けず鮮やかな花を見せてくれる。両者は一見似ているが、山茶花が10月ごろから咲き始めるのに対して、椿は12月ごろからで花期が違う。ただ12月以降は品種によっては重なって咲く。
 葉の大きさが大きく、つやがあるのが椿であり、小さ目で細かな毛があるのが山茶花であるが、決定的に違うのが花の咲き方と散り方で、椿の花はカップ状に咲くが、山茶花は平たく開ききる。また、椿が花ごとぽとりと落ちるのに対して、山茶花は花弁がばらばらになって散る。これが最も分かりやすいようだ。
 山茶花は日本固有種ともいわれており、学名もCamellia sasanquaと日本語がそのまま採用されている。ちなみに椿はCamellia japonicaだが朝鮮半島や台湾にも分布するらしい。ヨーロッパに紹介したGeorg Joseph Kamel(ゲオルグ ジョセフ カメル)という宣教師兼植物学者の名前を冠してこのような名前になったようだ。日本の花として紹介されたということになる。
 園芸種としても珍重され、さまざまな品種改良がなされている。なかには椿と山茶花を交配したものもあり、それは両方の性質をもつものもあって既述した区分で分けられないこともあるという。
 ついでにいえば茶の原料となるチャノキもツバキ科であり、Camellia sinensisという学名だ。sinensisは「中国の」という意味らしい。椿と山茶花と茶の木が実は近縁種であったとは。身近にも知らないことは多いものだ。