同じ風景を見ていても

 今見ている風景が本当に世界そのものなのかという問い何通りかの答えがある。見たものこそが世界だ。それ以外は何でもない。自分が認知したものこそが世界なのである。まずはこう考える。

 百聞は一見にしかず。見ることこそ世界認知の唯一の手段なのだ。そういう考えは実感として分かりやすい。でも、すぐにこういう反論がある。どうやら、他の生物は世界を同じようには見ていないようだ。色覚や空間把握の仕組みが違うので同じ視点に立っても、全く異なる風景が見えるらしい。生物間のみならず、人間の個人差もある。実は感覚には個体差があり、同じものを見ても同じ風景を見ているとは限らないようだ。

 生物学的な理由だけではない。人間は経験や主義によって認知の仕方を変えてしまう。だから、同じものを見ているとしても、そこから何を受け取るのか、何を重視し、何を捨てるのかは人によって異なるということになる。ならば、同じ座標軸にいても見出す光景は個々別々ということになる。

 同じ風景を見ていても見える内容は人によって違うかもしれないということに気づけば、世間に山積する社会問題も少し改善されるかもしれない。

部活動の思い出

 中学生のときには部活動に入るのが当たり前だった。受験の準備とかいう理由でほとんどの生徒が中2で「引退」していたが、私はもう一人の友人とともに3年の秋まで続けてしまった。特に強いわけでもなく、対外試合でもいい成績を残していない。それでも部活動は心やりの場であり、それなりにいろいろあった当時の生活のなかの休息の時間であった。

 私のやっていたのは軟式テニスで、後にソフトテニスと呼ばれるようになったものだ。日本生まれの競技らしく、当時はテニスというハイカラな枠にありながら、チームワークなり、精神性なりといった日本的な要素も濃厚にあった。基本的にダブルスしかなく、後衛の負担に偏重していたルールにあって、前衛だった私はある程度余裕が持てた。ラリーの邪魔をしていくことや、変な動きをして相手を惑わせることなど、技能以前の要素でコートに立っていた。

 後衛のN君は実力者でその後体育大学に進学することになった。私はそのおかげで少しだけいい経験をさせてもらったという感じがする。

 ただ、受験の準備を理由に部活は継続できず、何となく消化不良の感覚だけが残った。もちろんあのまま続けていても強い選手にはなれなかったことは明らかだ。私には変なクセがあって、ついにそれを直せなかった。才能の限界を具体例に実感したのはそれが初めてだったと思う。というよりも、私はテニスが好きではあったが、試合で何としても勝ちたいという意欲にはかけていたと思う。

 日が暮れてボールが見えなくなるまで球を打ち合った日のことをかすかに思い出すことがある。何かのためとか、何をしようとかそういう手段や目的といったものから離れたところにあったと思う。それが今の自分の何に役立っているのか。まったく無益だったのか。それは分からないが何もかも忘れてボールを追いかけた時間はこの齢になっても忘れられない。

 

添削を人工知能に任せるか

 人工知能を教育にどのように取り入れるのかについてはさまざまなな意見がある。成績処理や授業案の原案作成などの分野ではかなり利用価値は高い。私もすでに少し取り入れている。統計的な処理については、プロンプトを繰り返して指示すれば大体できる。授業案についても意外な提案をしてくるので便利だ。実際に実現できるかどうかはその後で判断する必要はある。

 いわゆる「意味」に関わる分野に関しては人工知能の活用はいまのところためらわれる。アルゴリズムで動く人工知能に意味の問題を持ち込むとさまざまな問題を生じることは明白だからだ。

 でも、例えば生徒の書いた作文を数日のうちに評価することは、理想ではあってもこれまではあきらめざるを得なかった。それが人工知能に指示すると数分のうちに完成する。ただそれは形式的な要素への評価であり、意味に踏み込むと途端に怪しくなる。一見、常識とは懸け離れている見解でも、実は真理をついていることがあるが、これはAIの苦手とするところだ。

 もし、これを防ぐために、生徒になるべく常識的で批判を受けにくい文章を書けと指導するようになったとすれば、それは個人の独創の機会を奪う深刻な行為となるだろう。機械に分かるように書けというのは完全に本末転倒だ。

 文系科目の教員の悩ましいところは、かように人工知能の効用を素直に賛美できないことにある。残念ながら、複雑な価値観のレベルでの評価はいまのところAIに託すことはできない。

多義語

 同じ単語に複数の意味があるものを多義語ということがある。古典を教えていて学習者が最も困るのがこの多義語だ。たとえば「ほど」には程度・段階・距離・時間・理由・条件を表す意味があり、一見無関係のようだが実はつながりがある。

 英語にも多義語はいくらでもあり、中にはなぜ同じ言葉が使われているのかわか説明がつかないものもあるようだ。英語の場合はその歴史のなかで複数の文化圏との融合が段階的に進み今の形になったと考えられている。さらに時代的な要因や社会的な要因により言語の使い分けが複雑化しているのが現状である。

 多義語を覚えるのは大変だが、どのようなくくりで物事が考えらていたのかを知る材料として実は大切な研究対象である。

深夜の地震

 午前2時に緊急地震速報が鳴動した。これは時々空振りもあるのだが、今回は警報後数秒経って揺れ始めたので実に意味のある警報だった。最大震度は5弱であり、日本では大災害になる一つ前の段階といったものである。

 幸い自分の周辺では目立った被害はない。報道によればけが人やインフラの損傷があるとのこと。天災はいつ訪れるのか分からないことをまた痛感することとなった。

修学旅行の日記

 おそらく私が最初に書いた長文の作文は、小学6年生のときの修学旅行の記録だと思う。残念ながらその実物は残っていないが、小学生にしてはかなり長い文を書いた覚えがある。宿題という訳ではなく、自主的に書いたものだった。

 この頃は福岡市内に住んでいて、修学旅行は大分の別府だった。由布院にも寄っている。その行程を時系列を負ってたどり、途中で感じたことなどを文章にしていった。記録なのか感想文なのか、そのどちらでもない文をノートに書き綴った。

 小学生の視野は広くはない。教員やバスガイドのいうことをほぼ鵜呑みにしていちいち感動するといった月並みなものであった。それでも、意見を含む拙文を連ねたことは無意味ではなかった。

 今は子どもを引率する側であるが、何らかの感動のスイッチを入れるようなきっかけを作れたならばそれなりの意義があるのだろう。

Googleのテスト

 Googleの検定試験を受検させられた」。AIの教育者に対する認定試験でGeminiやNotebookなどの同社が展開する人工知能関連のサービスについての基礎的な知識を問うものであり、かなり高い率で合格できる。なんとか基準ぎりぎりで許してもらった。難関は知識不足もあったがそれよりも機械翻訳による問題文の分かりにくさだ。

 以前、別の試験を受けさせられたがそちらの方がよりひどかった。こんな日本語はないというものがそのまま使われていた。ハルシネーションもひどいが、機械翻訳の間違いも深刻なものがある。技術者は英語ができるのだろうが、日本語もこのレベルで運用しているのではないかと考えてしまう。ニュアンスに関する違和感はここでは措くことにして、たとえば「すべての」とか「複数の」とかなど文意の根幹に当たる言葉にも日本語とは違う用法がそのまま使われているので日本語が得意な人ほど困惑してしまうだろう。

 翻訳が難しい作業であることは人工知能が発達した今でも変わらない。日本語が堪能な外国人(日本育ちの人は除く)がどんなに発音がうまく、ネイティブ表現を使ったとしてもどこかに異質感を残してしまうのはおそらく詳細部分で習得が難しいものがあるのだろう。

 今回のようにそれが試験になっていたり、実利に大きく関係するものである場合は問題がある。機械が翻訳してくれるから語学はしなくてよいとはならないのだろう。

ほんのかすかに秋の気配

 まだ暑い日が続いているが、いわゆる猛暑を経験した後の今となっては最近の天気が涼しくさえ感じてしまう。気づけば日没の時間も少しずつ早くなり、日没後は気温が下がる。秋と呼ぶには早いが季節は確実に変わりつつある。小さい秋を見つけるのもあとわずかだ。

ジャワにはないジャワカレー

 駅そばの店でなぜかインド風カレーののぼりが立っていた。インド風とは何かを検索すると、小麦粉を混ぜないものだそうだ。日本のカレーはとろみをつけるために小麦粉を入れるので、それがカレーかと思っているとしばしば裏切られる。ただこの「風」というのが要注意で、日本の料理には何々風というのが実に多い。そう名乗らなくても日本アレンジがなされているものが多く、それがすでに独自のものとして評価されている。

 インド風カレーをきっかけにして、ジャワカレーというものがあったことを思い出した。なぜジャワなのか。調べてみるとその地名とは関係がないことが分かった。赤道近くのジャワ島が南国の象徴と考えられ、スパイシーだがさわやかな味わいのカレーとして命名されたのだという。当のジャワには日本のジャワカレーのようなものはなく、スープカレーのようなものが主流だという。ココナッツミルクを混ぜて口当たりをよくするのが特徴なのだそうだ。

 もっと凄いのがバーモントカレーである。アメリカのバーモントにはそもそもカレー料理が存在せず、この命名にはかなり無理がある。ただし、かつてこの地域でリンゴとハチミツを使った健康法が流行し、有名になったのだという。そこでこの2つの素材を使用して作ったカレーだという訳で、バーモントのカレーではなくバーモントで流行した健康法を取り入れて作ったカレーなのだ。

 今ではカレーを「日本料理」と考える外国人も多いという。邪道だったものが独立して格上げされてしまったのだ。ルーツには敬意をはらうが思い切って和風化する。これは料理のみならず、この国の特徴と言える。確かに日本カレーは万人受けする懐の深さがある。

 前にも紹介したが、ラーメンや餃子、天津飯も日本アレンジの産物だ。スパゲッティのナポリタンも、ドリアもイタリアにはないという。それを中華なり、イタリアンというのは料理のご先祖に対する敬意があるからだ。ジャワやバーモントには多少申し訳ない気がするが、少なくとも私世代の日本人には知名度が高いことで許してもらおう。

冷菓の思い出

 子どもの頃、突然ブームが起きてその後忘れてしまったということがいくつもある。熱しやすく冷めやすい。それは若さの特権でもある。冷めるといえば、その一つに冷菓づくりがある。

 冷蔵庫で作る氷を家庭用の削氷器を使ってかき氷を作ることは我が家ではかなり前からやっていた。シロップも普通に売っていたから、ヒット商品だったのだろう。そのときの記憶からかき氷は安価なデザートという先入観ができてしまい、最近の売っているかき氷の価格には驚く。素材も製法も家庭で作ったものとはまったく異なるのは分かっているのだが。

 ゼリー、シャーベット、ババロアなどは簡単に作れる素が売っていて、それでよく作った。今よりも冷蔵庫が小さく、性能も低かったせいだろうが、親は子どもが勝手に扉を開けるのを嫌った。すぐに閉めるよう厳しく言われたことも覚えている。

 ほぼ火を使わずにできるこうした夏のデザートは子どもにとっては自分でできる料理だった。さまざまな失敗と、試行錯誤の中で食べ物を作ることの楽しさと難しさを知った気がする。今でもそんな子どもはいるのだろうか。