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人工知能は兵器にもなる

 人工知能はすでに軍事利用されている。例えば爆撃目標を映像から解析し、追尾して爆弾を命中させるといったことが行われているらしい。ブログラムは目的遂行のために最短で結果を出すことが求められ、それを果たす。人のいない戦争が始まっている。

 人情のない兵器に戦争を任せていいのだろうか。真剣に悩み、疑念が絶えない。人間も戦時には狂気になるようだが、それでも他者の命を奪うことに幾分の戸惑いは残ると信じたい。それが人工知能ならば温情の挟まる余地は無さそうだ。

 歴史上の戦記のいくつかを読むと、重要な局面で人間による判断がなされる。場合によってはこれにより形勢が逆転することもあるようだ。人間の関与があるだけ、少しだけ納得してしまうことがある。

 機械が戦争を始め、別の機械が抵抗し反撃するとしたら、人間的な葛藤は起こり得ない。より優れた(戦に勝つ上で)ブログラムが勝つとなればもう戦争とは言えないのかもしれない。

憲法記念日に思う

 憲法記念日は本来、日本の法制度について考える日であるべきだ。特に改憲派の首相がある程度の支持率を維持している現在、この問題は喫緊のものと言える。現在の日本国憲法が先の大戦の敗戦を受けて作られ、そこには占領軍側の思惑が多分に反映されていると言われている。

 特に平和主義の精神が反映された第9条には日本の再軍備を防止する意図が見える。だが、結果的にこの条項が戦犯国の復興を保証するものとなった。自衛隊という強力な軍事組織があつても専守防衛の大義名分があれば、世界各地の紛争に参加することが免ぜられ、戦わない国としての信用を得られたのである。

 人類は話し合いですべてを解決できるほど進化していない。恐らく俯瞰的に考えれば、戦争は人類の未来においてはマイナスの行動であり、その損失のために被る損害が計り知れない。それは大半の人類が直感的に分かっていながら、それでも兵器を作り続け、兵士だけではなく一般市民も殺戮し続けている。

 だから残念ながら兵器を無くすことはいまのところできない。特に日本のような経済大国であり、国際的存在感が大きな国家が無防備で存在できないというのは自明の事実だ。非武装中立は夢でしかない。

 憲法で非戦をうたっていることは大きな賭けなのだろう。自衛隊はあるが戦時になれば法律を遵守すれば決して勝つことはない。引き分けに持ち込むことが勝利になる。理論上ではそうでも次々にミサイルを撃ち込んでくる相手に対して迎撃しかできないというのは現実的ではないのだ。

 憲法の既定は専守防衛の構えを世界中に示すことで、日本に攻撃を仕掛けることの道義的な罪悪感を引き出す最善の防衛策として機能しているといえる。かなり危うい奇跡的なバランスだが、これに賭けてきたことがここまでの繁栄の背後にあったのではないか。

 改憲して他国と同様の法制度にするのは、こうしたソフトながら強力な盾を自ら取り除き、国際的緊張に身を晒すことである。当然軍備のための莫大な出費や、徴兵に関する方法も変えなくてはならない。その覚悟を確認する段階を政治家、関係者の皆さんには設定していただきたい。

家族を戦場に送るな

 おそらくこんなことを言えば多くの人に非難されるはずだ。糾弾というレベルではない。存在自身を否定される可能性が高い。でも敢て言いたい。「あなたの家族を、大切な人を戦場に行かせるな」と。そんなことを言えるのは戦後の日本人だからだと批判されるのは必至だ。私の2代前の人の多くは戦場で死んだが、父母の代からは徴兵すらない。私も戦場を全く知らない。

 それでもやはり言い続けなくてはならない。家族を戦場に送るな、と。現在、世界の各地で紛争が起き、解決策を得られないでいる。かつて理想とされたグローバリズムは、画餅に帰して分断が進み、そのための紛争も絶えない。世界中のあらゆるところで戦いが始まる気配が横溢していると言える。

 先の戦争では家族を戦場に送ることは名誉とされた。万歳で見送ることが国民の義務とみなされていたのである。今後もし我が国が戦闘状態に入ったときには同じような気風が世間に横溢するはずだ。そのとき否と言える家族はどのくらいいるのだろう。私の生きている時代にもしそれがあるとすれば投獄を覚悟の行動をとる必要があると考えている。

 家族を戦場に行かせるな。それがささやかなしかし確実な反戦運動になるはずだ。

文明を滅ぼすなどという元首は

 トランプ大統領のイランの基盤インフラへの攻撃はとりあえず回避されたようだ。彼の発言はいわゆるハッタリであり、信用するに足りないが米国大統領の発言となれば冗談にはならない。そのために命を奪われている人が多数いることを思えばすでに戦争犯罪を犯しているという解釈も成立する。

 文明を破壊するという発言は過去にも例があるらしい。ただそれを発言した人の顔ぶれを見ると、多くはポピュリズムの権化であるか、一種のアナーキストばかりである。それを現代のアメリカの大統領が国会ではなく、牽制されることのないソーシャルメディアに連投してしまうことが大問題だ。これまでの振る舞いにTACOという命名がなされるほど、信用性は低い。単なる金持ちの戯言ならぎりぎり我慢できるが、そこに権力が加わっている。

 アメリカでもトランプ氏の支持率は下がっているが、それでも強力な支持者がいる。その中には大統領の政策によって生活のレベルが低下している人も含まれているようだ。その詳細は分からないが、民主主義国家の機能が果たされることを祈らずを得ない。ころころ変わる日本の首相も問題が多いが、一度選ばれたらなかなか更迭できないアメリカの制度も深刻だ。アメリカファーストのはずが、国際的信頼度の低下という深刻な問題を引き起こしている。

 日本の政府はかの老人とうまく付き合わなくてはならない。機嫌を取りつつ、できないことはできないといい続けなくてはならない。現場の政治家や外交官は大変だろう。ただいまの状況は誰も敵にしないことが何よりも大切だ。それができるリーダーを私たちは求めている。

耐久戦?

 アメリカとイスラエルの始めたイランへの武力介入のため世界経済は大混乱が発生している。イランは徹底抗戦を訴えており、戦争は長引きそうだ。当事国の対立は深刻だが、それ以上に世界経済は大きな影響を受けている。

 石油から精製されるガソリンや軽油を不可欠のものとする流通業者らはすでに深刻な痛手を受けている。中には業務を停止せざるを得ないところまで追い込まれているという。石油から作られるのはプラスチックも含まれ、その中には医療の現場で欠かせないものもあるらしい。そうなると人命に関わる一大事なのである。

 当事者の主張も報じられているが、もうこれは彼らの問題だけではない。世界中の多くの人を苦しめることになっているのである。耐久戦の様相だが、世界中の人々を質に取るのは止めてほしい。

 

中東頼み

 日本のエネルギーは中東の原油に過度に依存しているという。資源のない日本がなぜ先進国を名乗れるのかといえば、このオイルラインのおかげなのである。しかもその大半がタンカーによる海運による。単純化すれば港に着く物資があって始めて生活が維持されているということだ。島に来るものがなくなれば生活レベルは急激に低下する。

 そんな当たり前の現実を私たちはすぐに忘れてしまう。永遠にネオンが輝き続けるかのように、豊かな水資源が電力によって制御され、地下鉄の漏水が電力で汲み出されていることを。それは島の向こうから渡ってきた資源のおかげなのである。

 電力を自給しようという悲願はいろいろな制約に妨げられる。代替エネルギーは一長一短で化石燃料に代替できるものはない。石油は使わず太陽光発電にしましょうというのは簡単だが、実は今のような生活をおくれるエネルギーはまったく作れない。いまのところは中東の原油に頼るしかないのだ。

 そのために日本の企業や団体は中東諸国との友好関係を築いてきた。歴史的に対立している欧米諸国とは違う関係を持ってきた。でも、同盟国アメリカが仕掛けた今回の戦争で日本の立場はかなり危ういものになっている。戦争には関わらず、民生の復興に協力することが我が国のするべきことではないか。イランの政治には疑問点が多いが力で変えるのではなく、我が国の寛容な精神と技術力を示すことで、彼の国に内的変革を促す方がよさそうだ。

 戦争は長引きそうだ。アメリカの大統領は恐らく偽りの勝利宣言をして自らの手柄とするつもりだろう。でもそれがむなしい雄たけびに過ぎないことはこれまでの歴史が証明しているではないか。

ドンロー主義?

 トランプ大統領は自らの政策をモンロー主義になぞらえていたが、世論から生まれたドンロー主義なる言葉を自ら使っているようだ。米国の国際問題不干渉の宣言であったモンロー主義は、国際的地位が上がるにつれて、縄張りの主張のように変化していた。それが現代に復活したようである。

 冷戦以降は世界各地の国際問題に介入して、世界の警察の役割を果たしていたが、さまざまな支援活動も行ってきたのが米国の立ち位置だった。それが、その余裕がなくなったために、まず支援活動は国費の浪費とし、次に関税で他国との関係性を優位に進めようとした。カナダを併合したいという非公式なコメントは、同盟国にすら緊張を与えた。

 そして今回のベネズエラでの軍事行動は、反米勢力には圧力をかけ、実力行使も厭わないということを全世界に示したのである。ノーベル平和賞を切望する人物の行動とは思えない。始めてしまった以上、中南米諸国との関係はかなり緊迫することになる。 

 多くの専門家が指摘するように、ベネズエラ大統領拘束の一件は、麻薬密売の阻止や独裁政権からの国民の解放だけが目的ではない。埋蔵している石油資源の利権獲得は大きな目的だ。西半球はアメリカのものとも聞こえるドンロー主義は、領域内の国家に緊張をもたらすだけではない。ロシアがウクライナに対して行う軍事行動も、中国が台湾やフィリピンに対して圧力をかけるのも同じ論理で正当化されてしまう。また、西半球以外は関与しないという方針は、防衛を日米安保に依存する日本にとっても深刻な問題だ。

 さまざまな利権が絡むなかで、ドンロー主義なるものへの歯止めは利かない状況にある。なにとぞ冷静な判断を諸国のリーダーには望むばかりだ。

アメリカ合衆国の失態

 アメリカによるベネズエラ大統領拘束の報道には驚いた。国家ぐるみの麻薬輸出疑惑への実力行使というが、他国の大統領を武力によって拘束するというのはテロリストの手法と変わらない。宣戦布告した訳でもないから戦争でもない。それを超大国のアメリカ合衆国がしてしまうのだから非常に大きな問題だ。

 麻薬問題は深刻であったに違いない。ただそれを武力で解決してよいのかといえば、議論は分かれるだろう。まして他国の領土内でそれを行うのなら、正義は通せない。トランプ大統領の判断は間違っている。大国が自国の利益のために対立する小国に圧倒的武力を使って圧力をかけるのが正当化されれば、アメリカ合衆国以外の国にも同様のことをする口実ができる。例えば、ロシアがウクライナを攻めるのは、ロシア側からみれば、自らの国益を損ねるウクライナを排することが目的の正義の戦いであろう。中国の台湾に対する態度も大国の論理で正当化されてしまう可能性を作り出してしまったことになる。

 同じことがほかの国に向けられたとしたらどうだろう。今のところ日本がその対象になる可能性は低い。しかし大が小を征する世界が現出してしまったならば、世界大戦はすぐ隣にあることになる。この事態を我が国が如何に処するかは我が国だけの問題ではなく、国際社会にとっても非常に重要なことになるだろう。

国際紛争の時代

 第2次世界大戦が終わって80年を経過した。日本では軍事費の拡張や核兵器保有の話題が時々出てくるが、現状では批判的であり、軍事大国への道は現実的ではない。過去の戦争の教訓をまだ生かし続けているといえる。少なくとも現時点ではだが。

 ただ、国際的には戦争や内紛が相次ぎ、数え方による差異はあるものの現在進行中のものが60件前後あるらしい。これは戦後最大であり、現在が決して平和な時代ではないことが分かる。

 最近の国際紛争の傾向として、第三国が組織的に介入することが多いことが挙げられる。支援と言う名のもとで兵器の売買で利益を上げたり、国内情勢の不安定さを他国の紛争に注目させることで国民の不満をうやむやにする手法が取られている。その結果、事態は長期化し、それ故に解決の端緒が見つからなくなっている。

 我が国が国際社会で貢献できることはやはり平和の尊さを訴え続けることだろう。さらには紛争解決のための交渉術に長けた人材を育成すること。紛争の根本原因の一つである貧困や格差を解消させるための貢献をすることだろう。かつて参戦し、加害被害の両方を味わった国の責任であり、努力目標であろう。

 そんな夢物語をしていたら隣国から攻め込まれますよという意見があるのも知っている。むしろ最近はこれが市民権を得つつある。徴兵制を知らず、身内に戦死者がいない人たちのまるでバーチャル空間のような思考をいかにしたら説得できるのだろう。

核兵器は必要なのか

 与党の幹部なる人物が核兵器保有の必要性をメディアに話したという。オフレコ扱いと断ったコメントがリークされたのだというが、政府関係者としては舌禍そのものであり、大失敗だ。核兵器を持たないという立場はわが国が国際社会にアピールできるものでありそれが絶大な抑止力として機能していた。その機能を著しく汚してしまったのだ。

 ある統計によれば日本の軍事力ランキングは世界8位であり、先の戦争以来軍事に関与していない国のそれとしてはずば抜けている。それなのに軍事大国扱いを免れているのは専守防衛の基本姿勢と、非核宣言があるからだ。その一角が崩れると結局より強大な戦力が求められる。

 日本が核兵器を持てば当然、韓国や台湾も保有に動くはずだ。すると日本付近は極めて核の密度が高い地域となり、日本だけではなく隣国の動向によって壊滅へのシナリオが開かれてしまうことになる。核は使わなくても、核を保有する基地へのゲリラ的攻撃やサイバー攻撃などに常に脅かされる。

 こう考えてみると核兵器を持てばいいという考えはまったく当たらない。核保有が安上がりと述べた政治家が話題になったが、実態はまったく逆で保有にかかる費用に加えてメンテナンスとその防衛にかかる費用が加算され、国家予算を逼迫させる要因にしかならない。

 この話は当時、相当話題になったのに、今回の要人の不用意な発言は重大な問題である。もしかしたら日本の国際的地位を失墜させようと目論む闇の組織の一員なのかとさえ考えてしまうのだ。核兵器は持つべきではなく、それを発言し続けることが、結果として協力な防衛力になるのだ。