日本は先進国

 日本はすでに先進国ではないという論調に出会うことがある。今後ますます増えていくだろう。一人あたりのGNPが多くの非先進国に抜かれているいま、経済の物差しではすでに先進国とはいえまい。

 ただ、この話で注意しなくてはならないのは、もはや〜ではないという考え方だ。これはかつてはそうだったがいまでは違うというニュアンスがある。日本は世界有数の先進国だったのにその立場を失い落ちぶれたという。

 この感覚は実は世代によって異なるのかもしれない。果して先進国の仲間入りなどしたことがあったのか。そう考える世代もいる。経済成長に成功したがそれ以外はどうだろう。そもそも先進国というのは欧米の一部の存在感のある国のことであり、極東の日本はそれとは異なる。いろいろな事情でサミットには呼んでもらえるが明らかに違うのではないか。

 先進国の定義は実は曖昧であり、相対的なものに過ぎない。この国を国際社会の中で価値あるものに保つことこそ大切だ。

エルニーニョ

 ある気象予報によると今年はエルニーニョ現象が顕著に現れるという。それに伴う天災が心配だ。直接関係するのか分からないが、カナダでかなり大規模な山火事が発生し、その影響は500km離れたニューヨークにも及んでいるという。東京に例えれば大阪より向こうの火事の煙が漂ってきているということだ。

 気候変動の直接要因が人為的なものなのかはいまだ分からないという。中にはグリーンビジネス推進のための陰謀という人もいる。ただ、少なくとも何かの要因であることは推測されるから、無視することはできない。資源のサステナビリティも考えればやるべきことはするべきなのだ。

 暑い夏になるのか気になるが、暑いならば何ができるのかも考えたい。太陽光利用の恩恵も利用すべきだと考える。

相対的

 誰かと比べることに慣れすぎている私は、勝手に基準を設けて自分の幸福度を決めてしまうことがある。こういう相対的価値観はおそらく人間の本性に属するもので私だけの問題ではないだろう。

 ただ、こうした窮屈な評価基準から抜け出す方法はないのだろうか。人を羨むのでも自分が奢るでもなく、必要なものを必要なだけ所有し、消費する。そういう生き方に魅力を感じている。

 できれば余裕がある方がいい。その余剰は周囲に分け与えるのが理想だ。いまはいつ破産するのか分からない恐怖を感じながら、毎日を徒労感とともに送っている。それも分不相応の何かをしようとしているからではないか。

 相対的幸福感から抜け出すための試みを少しずつ始めてみよう。これは禁欲ではない。やりたいと思うことはやるが、やらなくてもいいことは無理にやらないということなのだ。

旧暦

 五月闇という季語を思いついたので今日が旧暦で何日に当たるのかを調べてみた。4月24日という。皐月どころかまだ卯月だったのだ。

 暦法は基準にしているのものが違うので、ときにはかなりずれが生じることがある。それに加えて最近の気候変動と考えられる一連の異常気象で感覚は狂い続けている。こうなると古典的な季節感が現代にどのように当てはまるのかが分かりにくくなる。

 五月晴れ、五月闇などは誤解を生みやすい。このようなことはもっと増えていくのだろう。

身体にいいもの

 私の場合、食べる者には無頓着であり、いわゆるグルメではない。小腹が満たせればそれでいいと考えてしまう。おいしいものを食べるのに越したことはないが、そのために金銭を費やすほどの情熱がない。これはある人に言わせれば大変残念なことらしい。おそらく私がパッとしないはこういう考え方にあるのだろう。

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 そんな私でも時々、健康上食べるべきものと食べるべきではないものというような記事を読むことがある。それらの中でたとえばナッツ類はよく話題にのぼる。コレストロールの抑制、皮膚の再生などに効果のある栄養素があるので食べるべきだという人もいれば、高カロリーなので肥満の原因になるという人もいる。多くの食材は健康に寄与すると同時に病因にもなる。禍福を包含したものであるというのが事実なのだ。

 食べるということは異質のものを体内に取り込むことであるから、本来何らかの問題が生じないわけがない。長い生命の進化の中で栄養摂取のために取り込むことに成功してきたものが食物となり、その中にはわずかな毒や害悪をもたらす成分が含まれていることもあるということなのだろう。それが食べるということであり、生きるということなのだ。

 そういう極めてスリリングなことを毎日続けているうちに、そのスリルにすっかり麻痺している。食べられればなんでもいいなどと考えだした私は、やはりとても残念な生き物になっているのかもしれない。

画像生成

 AIによる画像生成については以前も書いたことがある。最近知ったことだがマイクロソフトのEdgeというブラウザには画像生成の拡張機能が盛り込まれており、簡単に使える。試してみたところ期待していたものとは程遠いものの、プログラミングや何らかのサインインなしに気軽に画像が作れることには単純に驚く。

 このブラウザには例の文章作成対話型アプリもあって、ブログ記事をある話題で書いてくれと入力すると、例のナンバリングとラベリングで整然と段落分けされた記事が出来上がってくる。コンピューターが作る記事だからコンピューターに優しい文章が出来上がる訳で、検索されやすい文章ということになる。これに生成した画像を添付すれば、もう誰のブログか分からなくなる。恐らくすでにそういうものが溢れているはずだ。

 画像まで機械任せになったなら、私としては敢えて下手くそな文章と写真、あるいは手描きの絵で勝負するほかあるまい。いまは笑われても次第に希少価値が出るはずだ。

不調かな

 いろいろな理由で今日は何をやってもうまくいきそうもないと思うことがある。私は最近、それを感じることが多い。その原因を自分の中に探すのはどうも賢明ではないようだ。

 気持ちの揺れは生き物として当たり前であり、すべては寄せては返す波のごとしという。調子が悪いと感じるのは過去に良いことがあったときの印象を基準にしているだけのことであって、実はそれほど悪いわけでもない。

 天候とか周囲の環境とかも調子の良し悪しの判断に影響する。生き物である以上当然だ。また他人との比較で感じることもある。自分だけなぜできないと思うと不調と感じる。ただ、この自分だけというのは大抵過剰反応で自分ができないことは多くの人にとってもできないことだ。

 調子がいいというのも悪いというのもこのようなバイアスのもとに感じていることを冷静に思い直す必要がある。

また金曜日に

 天気予報によるとこれから天気は下り坂で関東では明朝未明から早朝にかけてかなり強く降る可能性があるという。先週もひどい目にあったが明日金曜日は注意しなくてはなるまい。

 梅雨前線に南方海上の台風という配置は前回と変わらないが、勢力や距離などの差から前回ほどの大雨にはならないと見込まれている。しかし、いわゆる線状降水帯が形成された場合は危険である。また、地盤自体が弛んでいる場合は雨量が少なくても土砂災害発生の可能性がある。

 ぜひ注意をしていただきたい。梅雨の中心はまだ先のはずだ。

教える勉強法

 学習したことを定着させるには言語化が欠かせない。私たちは受容した情報の大半を言葉に置き換えて覚えるからだ。記憶するためには言語化をいかにうまく行うかが影響する。

 言語化の方法はいろいろあるが、その一つに学んだことを誰かに教えるということがある。実際に教える相手がいない場合は架空の人物に向かって教えるのでもいいのだという。先生ごっこは実は最高の学習方法だったのだ。

 ノートに学んだことをまとめ直すのでもいいのだという。多くのノート術を説く本に、講義の後のまとめが大切だと書かれている。自分のことばにして文字として書き出すことで知識は定着する。

 言葉にするのは面倒だし時間もかかる。だが、この一手間こそ学習効果を上げる簡単かつ効率的な方法だったのだ。

No

今日は真夏日

 予報によると東京の最高気温は31℃の予報が出ている。いわゆる真夏日になるかもしれない。

 子どもの頃、真夏日というと非常事態のような気がしていた。記録によると過去30年間の真夏日の年間平均日数は2.5日だという。ところが昨年は14日もあった。真夏日といえば7月末か8月と思っていたら、去年は6月に36.2℃を記録している。そういえばと思うが、あまりに暑い日が続くとかえって記憶が曖昧になる。

 ここ十数年が気温が高い傾向にあることは間違いない。気候変動が人為的要因によるものなのかは知識がつくほど分からなくなるが一つの仮説がある限り対策はすべきなのだろう。

 科学的な証明はわからないがとにかく異常に暑い日が連続するという事実は事実だ。これに何とか対応しなくてはならない。私の人生は後半の後半にさしかかったが、後生の皆さんのために少しでも役立ちたいとは思っている。