人工知能を教育にどのように取り入れるのかについてはさまざまなな意見がある。成績処理や授業案の原案作成などの分野ではかなり利用価値は高い。私もすでに少し取り入れている。統計的な処理については、プロンプトを繰り返して指示すれば大体できる。授業案についても意外な提案をしてくるので便利だ。実際に実現できるかどうかはその後で判断する必要はある。
いわゆる「意味」に関わる分野に関しては人工知能の活用はいまのところためらわれる。アルゴリズムで動く人工知能に意味の問題を持ち込むとさまざまな問題を生じることは明白だからだ。
でも、例えば生徒の書いた作文を数日のうちに評価することは、理想ではあってもこれまではあきらめざるを得なかった。それが人工知能に指示すると数分のうちに完成する。ただそれは形式的な要素への評価であり、意味に踏み込むと途端に怪しくなる。一見、常識とは懸け離れている見解でも、実は真理をついていることがあるが、これはAIの苦手とするところだ。
もし、これを防ぐために、生徒になるべく常識的で批判を受けにくい文章を書けと指導するようになったとすれば、それは個人の独創の機会を奪う深刻な行為となるだろう。機械に分かるように書けというのは完全に本末転倒だ。
文系科目の教員の悩ましいところは、かように人工知能の効用を素直に賛美できないことにある。残念ながら、複雑な価値観のレベルでの評価はいまのところAIに託すことはできない。
