人工知能が生成する美人と平均顔の関係

 AIが生成する画像にはどこか共通点があるように感じる。男女問わず、どこかで見たことがありそうでどこにもいないず容貌である。日本人の顔のデータを並べてその平均をとったいわゆる平均顔というのがある。不思議なことに平凡にはならず、むしろかなり魅力的な顔立ちになる。

 このことを、論理的には忸怩たるものがあるが、AIに質問してみると、平均顔は個々の個性が消されるだけではなく、欠点のように感じられるものも消去してしまうので、結果的に理想形に近づくのだそうだ。つまり、我々には実は素晴らしい一面を本来持っていて、それが組み合わされるより理想的な形になるということなのだ(ということで合っているのだろうか)。

I’m not AI.

 さらに人工知能は美人、美男子の生成を指示されると、その平均顔に少し盛るものがあるのだという…例えば目を少しだけ大きくするというのは常道だとか。だから、AIの生成する日本人の美人はどこかで見たことがあるように見えて、どこにもいない存在になるのだという。うべなるかな。

 最近はいわゆる超美人、美男を見るとAIのようだという褒め言葉があるそうだ。AIに見間違えたというのは実はおかしな表現だと思う。人々の理想を具現化したのがAIで、そこに映し出されたのは現実ではない。それを現実と比較すること自体が間違っているのである。

 現実の積み重ねから生まれる平均顔と、それをもとにしながら最後はスパイスを加えてしまう人工知能とそれを享受する私たちのあり方に、哀れを感じてしまうのは私だけだろうか。

雨後の虹

どのような天候が好きですか ?

 北陸住んでいた頃はよく虹を見た。誤解している人が多いが北陸の冬は雪ばかりでは決してない。目まぐるしく天気が変わり、雨が降ったと思えば雲間から日が指してまた曇りに変わる。雪が降るときは雷鳴も伴うこともある。実に忙しい天気の移り変わりがある。

 こういう天候では実は虹がよく見える。空気中に水蒸気が充満しており、陽光が当たれば虹のもとはすぐにでき、一瞬のうちに架橋は完成する。そしてかき曇ればどこかに消えてしまうのだ。

 北陸に住んでいた頃は、この激変に手を焼いたこともある。でも、なぜか今は懐かしい。私の脳裏にはかなり脚色された虹を観るストーリーが繰り返されることがある。

渡辺先生

最も影響を受けた教師は誰ですか ? なぜですか ?

 私は教員でありながら生徒に影響を、しかもいい影響を与えたと思える実感がまったくない。授業にしても今日はよくできた、満足だと思ったことはない。それなりに準備はしていくのだが、思い通りに進められたことはないし、その錯覚を味わったこともない。結構自己嫌悪の連続なのである。

 生徒としての経験でもっとも影響を受けたと言えるのは、小学校の渡辺先生である。転校生ですべてが刺激的で、しかも臆病だった私を助けていただいたのである。心的なダメージを最小限に抑え、何とか環境の激変を乗り越えられたのはひとえに先生のお陰だと思っている。

 特に水泳の思い出は印象的だ。転校前の横浜市の小学校は新設のためプールがなかった。だから水泳の経験がほとんどなかったのである。転校先は水泳が盛んで、泳げる距離やタイムによって独自の階級が作られており、その級は水泳帽に刺繍されて可視化されていた。そこに無印の私が入ったのである。小学生にとっては封建社会の最下層のような感覚があった。

 渡辺先生はそんな私を個人指導してくれた。水面に顔をつけることから、力みを抜いて浮かぶところまで、水泳の授業がある度に付き合ってくれた。クラスに他に泳げない児童はいなかったから完全なお荷物なのだが、最後まで付き合っていただいた。お陰で何とか25メートルは泳げるようになった。いまはゆっくりならある程度長い時間浮いていられる。そんな自信が持てるのも先生のお陰だ。

 この自信はプールだけではなく、人生のさまざまな場面で生きている。先生は一昨年お亡くなりになられた。年賀状を送り続けていたが、必ず返事をくださっていた。それが娘さんから先生が逝去されたことを書いたお返事をいただいた。心の中で涙し、私の恩師が自分に残したことの大きさに感謝したのである。

 先生と呼ばれる仕事を勤めるのもあとわずか。尊敬されるとは思えないが、せめて生徒のために自分なりの誠意を尽くす瞬間をたくさん持ちたいと考えている。

古典の私訳

 古典文学の現代語訳をやってみようと考えている。高校で教える逐語訳でもなく、学者の訳す正確さ至上主義でもなく、作家の恣意的な訳でもないものを追求してみたい。とはいえ、結局は自分の基準によるものでそれが一番というものではない。

 私は研究者時代と教員時代とで古典文学の扱い方を大きく変えた。前者は人とは異なる解釈の可能性を探ったが、後者は誰かが決めた解釈の範囲内に収まるように個性を矯めて時の多数派に属することを求めた。そしてその後者の時間の方が長くなってしまったので、文学作品がまるで大学入試の問題文のようにしか読めなくなってしまった。

 でも、それは文学の読み方は狭める行為である。古典はいろいろな解釈に耐えていまに至っている。いつていさの解釈だけで評価されたならば、もう古典文学の生命力は消えかけているとも言える。だから、敢えて自分の読みを残すことには意味がある。いわゆる名曲がさまざまな指揮者、演奏者によって演じられても価値が失せないように。

 今の仕事もあと少し。そろそろやりたいことを始めていきたい。このサイトにも少しずつ掲載するつもりだ。お暇な方はご覧いだければ幸甚である。

面倒くさいこと

 面倒なことを嫌うのは効率化優先の今日では当たり前のように考えられている。答えに出来るだけ短時間で、しかも低コスト、最低限の努力でたどり着くことが理想とされているようだ。この考え方は日本の社会全体を覆いつつあり、地道な努力をしている人を変人扱いしてそのつど毀誉褒貶の軸にかける。そして失敗した場合は冷笑して見なかったことにする。そんな風潮があるのは確かだ。 

 だからこそ、創作の世界の主人公は艱難辛苦を乗り越えて目的を達成しようとする。そこに感動する。それはあくまでフィクションの枠組みのなかで起きていることだからだろう。もしそれと同じことをやれと言われたら、多くの人は拒否してしまうのかもしれない。

やり遂げることが大切

 面倒くさいことは嫌うのは、実は私にもある。ちょっとしたことをするのにもスマホの検索や人工知能アプリの助けを借り、自分で考えようとしない。即座に回答があるが、それが真実なのかハルシネーションなのかを検証することもなく、次の検索に移ってしまう。確かに便利であり大抵の場合はそれで間違っていない「気がする」のだが、自分で考えた経歴がないので、すぐに忘れてしまう。

 学生時代、私は国文科の学生であったので、図書館にこもることが多かった。今のようなデータベースがなく、国歌大観のような検索本にも実は不備が多いと思ったので、結局原典をあたるという作業をしていた。仏教関係の典拠を探すのに「大正新脩大藏經」の壁と格闘して何日もかかったこともあった。そしてようやく見つけてゼミで発表すると、いやもっと古い経典にあると教授に指摘されてがっかりしたこともある。ただ、そういう苦労とその時のフレーズの一部はなぜか記憶に残っている。

 せっかく探した資料もそれをどのように解釈し、どう組み合わせるか、そしてどう評価するかで内容は全く別のものになる。いま、私たちはそういう過程を機械任せにしてしまっている。大雑把なことを言えば、価値が決まっているものを前提に評価を判断することには長けているが、価値を決めていかなくてはならないものが複数ある場合の処理の仕方は苦手のようだ。そしれ現時点での人工知能ができないことがまさにこれだと考える。私たちはこの分野の頭の使い方をもっと鍛えるべきだと考える。そのためにはやはり、面倒くさいことをやる経験を持たなくてはならない。

 そう思うから、なかなか答えを出せない人、考え続ける人に対して私は決して軽蔑することはできない。むしろ、そういう継続力のある人こそ現状を打破できるのではないかと少々羨望するのである。

桜開花

 東京でもいわゆるソメイヨシノの開花宣言が出たという。東京の場合は靖国神社境内の標準木とされている桜が5、6輪咲くと開花したということにしているらしい。これよりも早く咲く木もあり、遅いものもある。ソメイヨシノがどのようなところにあるのかによっても、周囲の環境によっても開花時期は異なるはずであるから、開花宣言はあくまで目安に過ぎない。

 それでも定点観測的な考えに立てば、去年より5日早いという。満開になるのは25日くらいだという。子どものころ桜の満開といえば4月に入ってからだった記憶している。調べてみると例えば1980年(昭和55年)の満開日は4月6日であった。入学式のころに満開だったのだ。森山直太朗の「さくら」は2003年の発表だが、この年の東京の満開日は4月1日であったと記録されている。その歌詞が別れを歌うものであり、卒業ソングの部類にあたるものだ。この歌が流行ったころは桜が卒業と関連付けられることに少々違和感があった。しかし、今となっては学校によっては卒業式に間に合ってしまいそうだ。そして、入学式には満開を過ぎてかなり散り始めていることになる。

 桜が日本人に愛されるようになったのには様々な要因がある。時代とともにさまざまな意味付けがなされてきた。いまは平和の象徴として桜を見ることができたいいと思う。

リスク分散

 リスク分散にはいろいろな意味がある。一時的な利便性や経済的な理由で選択肢を絞ると有事に危機に陥ることはさまざまな事例で確かめられている。便利だから安いからと一つのルートに限定するのは危険な試みということだ。日本という国家がいま、その間違いに直面している。石油を中東に依存し、経済活動の多くを中国に依存し、安全保障をアメリカに依存する。それぞれの部門においてほかの選択肢が貧弱で、いざとなれば八方塞がりになる。

 リスクを回避するためには損を見込まなくてはならないもっとも効率的な選択で全てを満たさず、敢えてコストなりリスクなりを伴う手段を捨てずに維持するのだから、結構難しい決断だ。有事に備えて無駄を取る勇気がいることになる。これを実行でき、国民に説得できるリーダーはいるのだろうか。

 他人事よように話すのはやめよう。私自身の毎日も効率性とか経済性とかだけを追求して、それらが破綻したときに共倒れにならないように、リスクヘッジをすることを忘れまい。富裕層のようには振る舞えないが、日本列島に住む国民としてもしものことを想定した生き方をしたい。

満たされていない幸せ

 あまり物事がうまくいかなかったときに、ふと思い出す過去の瞬間がある。それは必ずしも古きよき思い出ではなく、むしろ満足するには幾重の克服すべき課題を残していた段階の記憶である。満たされていないときは、いろいろな悩みがある。でも、その悩みこそが幸せの源なのである。

 それをもう少し考えてみると、やはりものごとに主体的に真剣に向き合っていたときのことはたとえそれが失敗に終わっていたとしても価値があると考えるということだ。あんなにやったのに出来なかったは、適当に済ませて結果が出なかったより遥かに尊い。もちろん挫折とか屈辱とかそういう負の感情は避けられない。それでもやることをやって敗れたのなら、次に繋がる何かがある気がする。

 何かを達成して満たされる幸せがあるのは言うまでもない。でも叶わなかった思いのかけらも実は大切なのものであったりする。

今の形になる前の

 都会に住んでいると、ここがもともとどんな土地であったのかを考えることを忘れてしまう。始めからアスファルトに覆われ、高いビルが建っていたのではない。人間生活がもたらすさまざまなものだけが表面にあって、そのほかが目隠しされているような毎日にすっかり慣れてしまっているのだ。

 今の形になる前を思いやるには地形を俯瞰的にみるのがいい。もちろん整地されて形は少しずつ変わっているが、山や丘陵はそう簡単には動かない。河川は移ろいやすいものの、水源から河口までの経路はある幅をもって変動している。そういうものを感じ取る必要がある。

 そのためには実際に歩いてみなくてはならない。その傾斜を実感することでその地がどういうところだったのかを想像することができる。ただ、歩ける範囲だけでは時間がかかるので、乗り物に乗って移動することも同時に行わなくてはならないであろう。そして、過去の資料を調べることも必要だ。近世以降なら古地図もあるし、絵画として残っているものも参考になることがある。

 自分の住んでいるところがかつてはどんなところであったのかが分かれば、いまそこで生活していることのありがたさや素晴らしさが確認できるかもしれない。そういうことを忘れて、今を消費するだけの生活をしていると、よくないこともしてしまうような気がする。

ガソリン価格急騰

 ホルムズ海峡封鎖の報道やアメリカとイスラエルの出口戦略なき戦争の影響で各国の経済は混乱をし始めている。トランプ大統領は恐らく致命的なミスを犯してしまった。政権の寿命を著しく毀損してしまったようだ。日本にとっては深刻な問題だ。ガソリンスタンドの価格表示がいきなり高騰した。

 エネルギー資源が一部の国家に偏在していることは永遠の課題である。ただ、見方を変えれば、国際的な協力なしでは世界は成り立たないことをこの状況は明確に示してくれる。日本のような国は、国際貿易が大前提であり、その秩序を乱す振る舞いを断じて許すわけにはいかない。

 一部の国から都合よくものを買い取り、自分の利益になることだけを重ねる。そういう方法が今後の我が国には通用しなくなることは間違いない。経済的にも超越的な地位ではなくなり、技術力も他国に抜かれつつある中で、国際的競争力は下がりつつある。その中でまずは少し昔の先人の持っていた精神を思い出すべきであり、新機軸を打ち出すことに躊躇してはならない。

 でも、その前に分断が進む世界のあり方にきちんとした提言ができる人材をこの国から出す必要を感じる。平和構築、対話の促進、そういったことをリードできる人材を育成するのは日本の使命だと考える。

 今回の石油危機で考え直さなくてはならないことはたくさんある。地球規模で物事を考えることをもう一度思い出さなくてはならない。私にできるのは、少なくともそういう危機感と対応力とを持った若者を応援することだろう。私は諦めてはいない。