文章を読むことが苦手な人が増えているという。情報があふれている現代において、いくらでも文章に出会う機会があるというのに、それが読み取れないというのだ。難解な文章であれば無理もないが、ごく平凡な文章でさえも読めなかったり、内容を取り違ったりしてしまうことが増えているらしい。これはそういわれているということで検証はできていない。ただ、どうもあながち嘘ではない気がしているのだ。
漫画のように絵が中心のものでも最近は読み取れない人もいると聞く。動かない絵や言葉をつなぎ合わせてストーリーを作ること自体が困難な作業になっているようだ。最近は動画で情報を受け取ることが当たり前になっている。しかも短い時間にポイントだけをかなり誇張して見せる動画が蔓延している。これも読解力の低下に影響しているのではないか。

読書をすることの楽しみを知らない人が今後増えていくとすればかなり危機的な状況におちいると危惧する。他者の考えを批判的に読むことができず、短絡的に結論を述べるものばかりに注目する。結果としてして自分で考えられず、他人の気持ちが分からない人が増えてしまうのではないか。
人工知能の発展がそれに拍車をかけるのかもしれない。人間の知能を補助し、プラスアルファの思考を提供する目的で作られているはずの人工知能が、それに依存し自ら考えることをやめる人々を量産している。今のところまだ、人工知能の操作には専門的な知恵が必要なようだが、今後プロンプトの書き方のハードルが下がっていくことは必至で、そうなるとさらに考えない人が増える。利用しているつもりが利用される側に回る。悪意のある開発者が人工知能を操れば、冗談抜きで世論操作や人格操縦なども可能になるかもしれない。もうそれが始まっている可能性もある。
少なくとも私の立場でできるのはもっと本を読もうということなのだろう。そして爆速で読み飛ばすのもよいが、熟読して他者と感想を交換するような機会を作ることも大事だと言いたい。それが人間の歴史をもう少し伸ばすことにつながると真剣に考えだしている。
