恐怖や自信のなさと、あなたはどう向き合ってる?
本当の恐怖の前では何もできないかもしれないと予測している。この問いに答えるときの恐怖は傷を負っても何とかやり過ごせる可能性があるものに対してだ。その場合、私は敢えて諦めるという戦略をとる。
失敗したり、屈辱を味わったりすることは耐え難く苦しい。しかし、できないことはできないし、それに関わってばかりはいられない。若い頃は何でも一通りできることが理想であり、それが果たせないときには強い敗北感に苛まれた。できる人たちへのコンプレックス、ジェラシーに似た感情などに覆われることもしばしばあった。いまはできなくてもいつかはできるようになるはずだ。いまできないのは努力が足りないのだと考え、余計に落ち込んだ。
ただ、よく考えてみればできないことの方が多いはずで、日常生活ではそれを感じる機会が少ないだけのことだ。それができなければ生き残れないという極限状態にでもならなければ、大抵は自分の持ち駒で何とかなるものだ。その質的な問題は措くことにすれば。
自分ができないことの項目があらわになるととても残念で悲しくなることもある。でも、できないことはできないという割り切りも大事だと最近は考えることが多い。自分ができることの方を追求しよう。それで自他のためになればなおいい。何もしないで終わるよりは、ささやかな前進ができればいい。そんなふうに考えるようになっている。恐らく若い頃の自分に聞かせたら、それは言い訳に過ぎないのではないかと失笑されるだろうが。
