霖雨

 朝からかなりまとまった雨が落ちています。地域によっては水害発生の可能性もあるとか。梅雨空が戻って来たと思ったらいきなり本降りの期間に入りました。

 例年、大きな被害が出るのは梅雨の末期です。ここ数年は日本のどこかで水害が起きています。今年はウイルス対策もしなければならず様々な厄介な問題を抱えています。何事もないことを祈るばかりです。

本当の敵

 自分のことをよく見せるために相手を必要以上に貶めたり、あたかも諸悪の根源であるかのように喧伝する手法があります。支持率の高い政治家がよくとる手法なのです。

 相手がいかに劣っているのかを主張すること自体は、討議においてはよくある手法です。しかし、それが事実を超えた誇張になると悪意になります。相手を悪く見せることで自分を飾る手法には巧みな悪意があり、詐欺や欺瞞です。

 私たちは苦境に立たされたり、強い不安があるとそうした嘘に簡単に騙されてしまう。民主主義の盲点をつかれます。分かりやすい説明の裏に何が隠されているのかを考えていかなくてはなりません。

出発点

 このブログの個人アイコンにしている星のような、あるいは花のような形の図形は東京駅の新幹線のホームにあります。

 この幾何学的な模様は東京駅の新幹線ホームに置かれており、気をつけてみると0Kmと彫られています。新幹線の走行距離の起算点のシンボルのようです。私はこれを勝手に出発点を表すものとしてアイコンにさせていただくことにしました。

 実際の生活は2次元では表せず、3次元でも説明できない。様々な要因が同時多発的に関わって出来上がっています。ただそれでも何か目安がほしいときがある。そのようなときは出発点に戻ってやり直したいと考えるのです。

東京駅新幹線ホームにある0kmポイント

組み合わせ

 新しいものを作り出すことは容易ではありません。ゼロから作ったという表現には明らかな誇張があります。創造神でもない限り無から有を生み出すことは不可能です。

 私たちが新しいものと感じているのは大抵の場合、既存のものの組み合わせです。今までにない取り合わせ、意外な連係が新しいものとして現れるのでしょう。私たちはもっとミックスとかブレンドとかに興味を持つべきなのです。

 これは有形物のみならず、無形の概念、社会の仕組みなどにも共通します。新しい何かを考えるときには現状の分析と大胆な組み合わせとが肝要なのです。

蒸し暑い日

 日本の夏は湿度が高く、気温以上の圧倒感があります。いわゆる不快指数の高い日が多いのです。これは宿命ですが試練でもあります。

 梅雨前線が列島にかかると、それをめがけて吹き込んでくる太平洋の湿気を含んだ温風が気温と湿度を一気に押し上げます。今日は昨日より最高気温が10℃以上上がるとのことです。マスクのそうでなくても違和感が強い状況を助長する環境になりました。

 気持ちの上で涼をとる方法を文化的に育んできたのが我が国の伝統です。色使いやデザイン、質感、配置など実際の温度を下げる効果がなくても少しでも涼感を覚える方法を育ててきたのです。何でも物理的に冷やせばいいという昨今の方法は、結果的に放射熱を生み出し、気温上昇の原因となる悪循環を招いています。

 先人の知恵に学ぶべきは学び、この国の夏に立ち向かい、共存していこうと思いを新たにしています。

差別の根源

 アメリカの黒人差別問題が世界中に波及しつつあります。その背景には自己中心的な自己優先主義があるように思えてなりません。

 黒人差別の問題は古くて新しい問題です。帝国主義時代の奴隷貿易から今に至るまで形を変えて続いています。資本主義の存在に欠かせない格差という仕組みを人種差別は直接請け負ってきたのではないでしょうか。格差を意図的に作り出すシステムとして被差別民の存在が悲しいことに機能し続けているのです。

 同じ人類としてそれはおかしい。グレートジャーニーの末に風貌は変わっても元は同じ生物であるのに。同じ遺伝子をもつ者同士に格差をつけ差別するのは道理に合わないことは変です。

 差別の問題がいま噴出しているのは自国自民族優先主義の軋みが出ているのではないでしょうか。自分の領分だけを豊かにするという考え方は、その周辺にあるものを攻撃することと同じことだからです。それほど人々をいらだたせているのは何なのか。それを考えるべきです。

リモートの呼びかけ

 近隣のコンビニのガラスにずっと前から貼ってあるポスターがあります。リモートワークを検討してほしいというものです。

 ウイルス感染予防の手段としてリモートワークは喧伝されましたから、その一つかと見てみるとどうも様子が異なります。東京オリンピックの期間は世界中からかなり多くの人が訪れる。交通機関の混雑を避けるためにもその期間は自宅勤務をしてほしいというものだったのです。

 日本には膝を突き合わせて胸襟を開いてといった密なコミュニケーションを重視する文化があります。座の文芸を発達させてきた伝統もあることから、リモートワークは馴染まなかったのでしょう。技術やインフラの普及以前に遠隔勤務を阻んでいたものがありました。

 最近の事態は不本意ながらも遠隔勤務を実現可能なものと実感させるきっかけをつくりました。オリンピックのための動きを先取りしたことになります。

鮎釣り

 子どものころ、父に連れられてよく釣りに行きました。海や川に毎日曜に連れられて行った記憶になっています。水面に向き合う時間はいまとなっては贅沢なものですが、当時の私にとっては多分に退屈なものでした。

 釣り人にとって別格だったのが鮎釣りでした。父はもっぱら毛針でやっていましたが、ころがしや友釣りなどの特殊な釣りをする人をみるのは楽しみでもありました。滅多に釣れなかった鮎でしたが、それでも数匹を手にすると父は大変機嫌がよかった。鮎は特別な魚だったのです。

 大人になってからは店頭にパック詰めの鮎が並ぶのをみるようになりました。それでも釣り上げたあの魚とはやはり違うと考えてしまうのです。

梅雨

 今日は午後から雨が降り出しました。かなり厚い雲が覆い、まとまった雨がひとしきり落ちました。

 これから梅雨空が続くかもしれない。そんな予報になっています。梅雨前線が列島に沿うように伸びています。

 気象庁の発表した梅雨入りという言葉が少々気を重くします。ただどの季節も必要なものであることを考えなくてはなりません。

マスクの価値観

 コロナウイルス対策のためにマスクを着用するのが当たり前になる以前の話です。大手スーパーのイオンは従業員にマスクをさせないことを発表して物議を醸しました。理由は声が通らず、表情が見えないことはサービス業として不適切だというようなことでした。それが状況一変して今はマスクをしない店員は許されない状況にあります。

 マスクがコミュニケーションを阻害することは紛れもない事実です。私たちは表情で人の感情や心理といったものを判別します。マスクで覆い隠されてしまうとその情報量は半減以下となり、発音の不明瞭さも加わって伝わりにくい状態になります。またウイルスの大きさが流通しているマスクの繊維の隙間より小さいため予防効果はほとんどないとも報じられてきました。咳や嚏などによる飛沫を防ぐためのものだと説明されてきました。

 ところがそういうことはいつの日から言われなくなりました。感染予防のためにはマスクが不可欠だ。マスクをつけていない人は接近してほしくない。マスクをつけない人は社会的に問題のある人物だとされるようになっていったのです。日本人は同調性が強い国民性を持っていますので、マスク絶対主義な瞬く間に広がり定着しました。店舗からマスクは消え、高額で転売される事態が発生したのも事実です。

 慢性的に品不足であったマスクですが、いまはかなり安価に手に入るようになってきました。品切れになる店もありますが、根気よく探せば手に入ります。マスクの価値がここ数月でこれほど激変するとは。今後もいろいろな価値観が変わっていくことになるのでしょう。