立夏の18日前からを春土用というらしい。土用というと夏のものばかりを思い浮かべるが、実は四季の全てにある。
今年の立夏は5月6日なので春土用が始まったことになる。土用は陰陽五行説の土のエネルギーを獲得する期間とした雑節の一つであり、何らかの食べ物の摂取を推奨する。春の土用は戌の日に「い」から始まる食べ物か白いものを食すののが吉とされるらしい。
迷信と言われればそれまでだが、身近なもので元気になれるのならばのってみてもいい。
日々の思いを言葉にして
価値観とか美意識とかそういう形がないが大切なものを見直そうと考えている。形あるもの、もしくはそのものに形はなくても何かに置き換えることが容易なものはデータ化され、コモディティとなりつつある。大切なのはそういうものだけではない。
名状しがたいもの、名付けても十分に言い尽くせないものは価値判断の外に置かれていた。しかし、実はそういうなにかこそが自分の物の見方なり行動様式の根底にあったものである。形がないものが多くを支えている。だから、いままでとは違う判断をしなくてはならない。見えないものこそ、他者と比べられないことこそ大事にしなくてはならない。
すぐに比べたがる。比べる基準がグローバルに存在するかのような幻想を抱くのが現代社会だ。それはあくまで便宜的なものであり、基準を作ったものの有利を保つための手段に過ぎないということを私たちは様々な事例から感じ取ることができている。もっと自分の価値観を信じ、それを磨く努力をするべきだ。つくづくそう思う。

近隣の空き地にアザミが咲いていた。久しぶりに注目すると、つくづく野趣溢れる花である。
全体的に刺々しい風貌は、自らの身を守るための進化なのだろうか。うっかり掴むと怪我をしそうな感じだ。子どもの頃、痛い目にあった記憶が蘇る。野遊びでもこの植物は注意がいる。
花も紐のような花びらで非常に個性的だ。赤でも桃色でもない色合いも印象的で代替し難い存在感がある。調べてみるとアザミは食用とされてきたのだという。茹でると棘は柔らかくなり食べられる野草になる。
あざみ野という駅が通勤電車の駅名にある。本当のアザミの群生はしばらく見ていない。野草を見ない生活を続けているとどこか精神的不調になるのかも知れない。次の休みは散歩に行こう。