投稿者: Mitsuhiro

帰省できないために

 盆休みは都心部にとっては閑散期になることが多いのだが今年は様子が異なる。外出を自粛する人や猛暑の関係で抑制的ではあるものの例年のこの時期と比べるならば明らかに人が多い。恐らく帰省を控える人が多いのだろう。

 不謹慎かもしれないが東京ではコロナ対策をしていると言いながら、結構自由なところも多い。マスク着用、消毒液設置は普通になされているが、それが効果があるのかどうかの検証はされていない。また、感染者の隔離というのも本人の自主性にかなり任されている。最近は連日数百人の感染者が加算されているが、その割には周辺に感染した人はいない。密なる状態の定義もあいまいであり、これを日本式というならばかなり緩い。

 東京およびその周辺は多くの人を抱えたまま盆を迎えている。恐らく郷里で待つ親たちには実に残念な夏だろう。いやゆっくりできていいのかもしれないが。

古典の発想

 複雑な時代を生きていると何が正解なのか分からなくなることが多い。というより常に正解が分からない世界に生きている。そんな私たちにとっては一つの指標がある。古典を読むことである。

 私にとっての古典は日本の古典文学作品である。大学時代にこれを専攻したこともあり、私にとってなじみ深い。万葉集の歌を読むとき、中世の説話を読むとき、そこには常に発見がある。未完成で粗削りなストーリーの中に可能性を感じる。国語の教員である私はそれを教材としてのみ扱うことに常に抵抗を感じている。まるで暗号解読のように古典を読む同僚たちの手際よさに感服しつつも、それは古典を呼んではいないだろうとも思う。そして彼らと同様に、しかも少々拙く読解のテクニックばかりを教えている自分の毎日を反省する。

 私はひそかに古典文学をなるべく自分にひきつけて読む意訳を最近続けている。学校では決して教えられない方法だが、日記やブログに書くのならいいだろう。その訳し方では決してテストで得点は取れない。大学にも合格できないが、少なくとも主体的に古典を読むというもっと大切なことはできるのではないか。いつかこのサイトにもそれを載せることができればなどと考えている。

師に出会うなら

 教育において師匠の模倣が大切だということは日本の教育に根強く残っている考え方である。ただ、この基底には弟子の師匠に対する無批判かつ無根拠の信用が欠かせない。よく分からないがなんだか素晴らしいと思う人物に出会ったとき、学びの効果は最大限に発揮される。これは伝統的な武道や芸事の世界では普通に見られることだ。

 ところが、今日の学校教育ではそれが通用しない。教師が生徒を評価するのと同様に教員も常にだれかに評価されている。教員としての自尊心は早くから傷つけられ、産業的効率性の中に位置づけられ数値化される。教え方がうまいか下手かが例えば、教えた生徒の受けた数回の試験で計測されていく。これでは伝統的な師は生まれない。学校にいるのは常に自らが淘汰されないかをうかがう労働者に過ぎない。

 伝統的な学びの発動をもたらしたいのなら学校はやめた方がいいのかもしれない。むしろ私塾のような場所で自分の習いたいことを習える環境を作った方がいいのかもしれないのだ。自分にとっていい師を見つけるのは実はとても大変だ。たいていはまやかしかも知れない。でも本当の師匠を見つけた弟子はきっと師を超えることができる。これが東洋的な教育なのだと思う。わずかに大学院の研究室などにそれが残っていると信じたいが、どうなのだろう。

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首相の言葉の意味

 広島と長崎の原爆記念日の首相の言葉がほとんど同じであったことが話題になっている。過去にさかのぼって調べた記事もあり、実はこれまでもあまり違いはなかったようだ。気を付けなくてはならないのはそのことではない。

 広島と長崎の被爆はアメリカの核による脅威を世界に見せつける目的があったという。形式の異なる原子爆弾を落としたもの実験的な意味があったと考えられている。降伏しない日本軍への決定打として、東進するソ連の共産勢力への威力誇示など様々な意味があったようだ。

 75年の歳月を経て被爆の歴史的意味が様々に解釈される中で、日本の首相の発言の意味は大きい。しかし、それがもはや類型化され紋切り型になりつつあるのは残念だ。被爆国として世界にメッセージを発信できる貴重な機会を無にしてほしくない。

 反戦運動もまたしかり。その精神が類型化してしまえば説得力は急速に失われる。戦争の加害者であり被害者でもあった頃の記憶を失えば、教科書の写真をみるのと同じようなものだ。首相にはそれをさせない行動をとってほしい。来年は誰がやるのかわからないが、期待できるだろうか。

長崎忌

 1945年8月9日に長崎に原子爆弾が投下され、推定7万4千人が死亡した。そのほかにも多くの関連死・後遺症が今でも続いている。長崎原爆記念日は私にとっては特別な意味を持つ。

 長崎に原爆が投下された日、私の父は北九州の八幡の近くに住んでいたという。いまでも多くの親戚がこの地で暮らしていたのは、製鉄所の町として栄えていたからだろう。当時は軍需工場も数多く存在した北九州は実は原爆の目標地点であったという。テニアン島から飛び立ったB29は北九州の目標をめがけて飛んだが、天候が悪く急遽長崎に標的を変更した。大浦地区上空での炸裂が多くの犠牲者を出したことは日本の無条件降伏に大きな影響を及ぼしたといわれる。

 もし北九州が晴れていたとしたら、間違いなく私の父は爆死していたに違いない。私はこの世にはいないはずだ。その反対は長崎で起きた。今私と同じ時代を生きているはずだった人が生まれてこなかったのである。

 このような運命はいつでも起こりうる。それはもちろんそうだ。人生は偶然であり、何一つ決まったことなどない。ただ、その選択はあくまで人為とは別の次元で行われるべきだ。人の作り出したもので人生を変えてしまってはいけない。戦争というのはそれがいけないのだ。偶然を決めるのは決して人間であってはならない。8月9日になるといつもこのようなことを考える。

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久しぶりの散歩

 今日から休暇に入った。朝、ちょっとした散歩に出かけることにした。かつてはジョギングをしていた境川の川べりを歩くことにした。かなり気温が上がっているがジョガーや自転車を走らせる人と何人も出会った。

 境川はその名の通り、東京と神奈川の境を流れる小河川である。護岸工事が施されほとんど天然の河原は存在しない。そのかわり人が近づけない動物の聖地になっているともいえる。今日はアオサギがゆっくりと歩いているの見た。この川には他にもカモなどの水鳥がよくみられる。鶺鴒やカワセミといった小鳥もよく見かける。

 短い夏休みの体力維持のためにこの川の風景を何度か見に来ることなるだろう。

境川

体力

 間もなく短い夏休みに入る。厳戒状態の休暇なのでレジャーにも行けない。猛暑は続くといい条件はがあまりない。ただこの期間にはやらなくてはならないことがある。

 その一つが体力作りだ。小さなトレーニングから始めて行こうと思う。自粛要請期間に風邪を引いてしまったのは体力の低下で免疫力が落ちたからだと考えている。

 やれることは限られているが、やれないことはない。まずは早朝の散歩から始めてみよう。

地産地消

 現在ほど地域経済の力が試されている時代はない。コロナウイルスや地勢的要因のためにグローバル経済に制限があると、それに依存している人や企業は大きな痛手を受けることが実態化しているからだ。

 この事態を改善するには地域経済のサイクルを見直すことが欠かせない。お金を地域で回すことにもっと関心を持たなくてはならない。それによって今回のような事態に対処できる下支えができるのだ。

 もちろんそれだけでは閉塞してしまう。また、革新的な商品なり商業スタイルも生まれにくい。すべてを内需にするのは非現実的だ。ただ一定のシェアを地域経済に置くことの意味を考えさせられている局面にあることは自覚しなくてはならないのではないか。

知らざあ言って聞かせましょう

 私たちは自分の常識が無条件に誰にも通用すると思い込んでいる。そもそも常識という言葉にすでに油断が含まれている。実際はそんなに甘くはない。

 他人とコミュニケーションをするときに常に現在地を確認しながら話をするのは骨が折れる。言わずとも通じる仲間を理想とするのだ。しかし、つきあいが広がるほどこの手続きは欠かせないものになる。

 相手は自分のことを深くは知らないということを前提にコミュニケーションを進めていくべきだ。最近はそう感じることがとても増えている。おそらく私の考え方のほうが特殊なのだ。そう考えることにしている。

バイオテロのようなもの

 中国から謎の種子が日本の個人宅に無差別に送りつけられているそうだ。送り主が中国発であること以外分からないのだという。

 実態がなんであるのかは分からないが、検疫上からも生態系維持の観点からも焼却すべきだという。できれば公的機関に連絡し、処分を任せた方がいいようだ。

 日本以外への送付もあるのだろうか。共有しておく。