何が足りないかといえば成功率の低いことに失敗を覚悟してでも取り組む勇気だろう。きっとそれが若さの喪失というものらしい。
失敗すれば痛みが伴うし、ときには生き方を変えるようなダメージを受けることもある。それが怖いと前に進めない。
考えてみればこういう経験は変化の契機なのだ。変化することで新しい局面が開かれるし、そこに新次元が生まれる。だから、失敗は無駄ではなく大切なのはものなのだ。
ダメもとのチャレンジをすることはこの意味で必要なことなのだ。
日々の思いを言葉にして
投稿者: Mitsuhiro
被爆二世の方の話を伺う機会があった。その方の話によれば、自分たちの置かれた立場では平和について訴えるのは難しかった時期があったという。それはかなり心を揺さぶられる問題であった。
肉親に被爆者がいるということは絶対に知られてはならない。そのように家族の中で云い伝えられてきたという。原爆症があたかも伝染する病魔のごとく捉えられ、差別されることをおそれたというのだ。事実、その方もそのことが原因でいじめを受けたことがあるという。だから、平和を語るといったことも控えめになり、その話題に立ち入らなくなっていったのだという。自分の立場を知られずに過ごすために、平和を語るのはかなり勇気が必要だったという。
このことは書物などで読んだことがあったが、実際に該当者から直接お話を伺うとかなり衝撃が異なる。戦争は戦後も人々の心におかしな状態を作り続けてしまう。残念だがそれが事実なのだ。
自分のことをよく分かっていないことが私にはしばしばある。自分がどのようにみられているのかは結局のところ自分ではわからない。だから、自分像は想像の産物だ。その想像が現実と食い違うことがこの原因である。
自分は他人にとっては他人である。自分が他人のことをある印象でとらえるように、自分もまた誰かによって特定の印象で捉えられている。それがどのようなものなのかは分からない。自分の存在を意識するのは、他人に見られているときである。人前だと緊張するのは、他人の目があることを意識することで強く自己を意識するからだろう。その意味では他人に見られることで自分というものができあがるといえる。

脳科学の世界には鏡像認知と呼ばれる考え方がある。鏡に映った自分の姿を自分だと認知する能力のことである。人間の場合2歳児になるとこの能力が備わるのだという。逆に言えばそれ以下ならば鏡に映っているものが何者かわからないということになる。脳の発達とともに、おそらく他者とのふれあいの中で自分を認識できるようになっていくということなのではないか。
鏡に映った自分を、これは自分だと認識し、今日はさえないとか化粧のノリがいいとか悪いとかいう場合、その映像を自分としてとらえるとともに客観視していることになる。鏡に映った像を別の鏡が映しているのを見るとさらに話は複雑になっていく。自分は何者かに写されることによって存在感を増すが、それを観察している自分はその実態を客観的にとらえている。
自分を客観的にとらえるということは実際の自分を別の自分が描写することなのだろう。すると、その描写の仕方によって自意識が変わってしまうことになる。私がしばしば味わう、思っている自分と実際の自分の大きな違いはこんなところに原因があるのだろう。
FC町田ゼルビアがJ1リーグへの昇格を決めた。悲願達成といったところか。
何度か書いてきたが私はJFL(社会人リーグの最高峰)に昇格したときにこのクラブの存在を知った。少年サッカーチームのトップチームとしてあったものをそのまま使ったために、企業スポンサーがなく、スタジアムも客席が足りない市営陸上競技場を使うなど悪条件ばかりだった。すぐ隣にはフロンターレの練習場があり、東京にはヴェルディもFC東京もあるからさらにクラブはいらないとも言われていた、
せっかく昇格条件を満たしてもスタジアムが規定以下ということで見送られたり、コロナ禍で昇格枠が小さくなって機会を喪失したりとあまりいいことがなかった。
それがサイバーエージェントがスポンサーとなり、一時町田以外に移転する説も出たがそれを振り切り、今回に至った。まずは努力に賛辞を送りたい。夢を見させてくれてありがとう。J1リーグは厳しいと思うが、挑戦する姿を見守っていたい。
そういえば優勝の経験は私がこのクラブを知ってからは一度もない。今季は後少しだ。ぜひ優勝を。
最近、漁業関係者から海に異変が起きていることが相次いで報告されニュースになっている。先日はアラスカ近海でズワイガニの収穫量が激減していることが報じられていた。原因は海水温の上昇によってカニの新陳代謝に異変が起き、より多くの餌を必要とするようになり、結果として餓死したことらしい。

日本近海でも大量のイワシが沿岸に押し寄せたり、イカが不漁になったり、南方にしか生息しないはずの魚類がとれるようになったりするなど、数多くの異変が起きている。これらの原因は一つではないのだろうが、そのなかにやはり海水の温暖化があると考えられている。
気象庁によると「日本近海における、2022年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)の上昇率は、+1.24℃/100年です。 この上昇率は、世界全体で平均した海面水温の上昇率(+0.60℃/100年)よりも大きく、日本の気温の上昇率(+1.30℃/100年)と同程度の値です。」とあり、日本近海の海水温の上昇が特に大きいことが指摘されている。
海の温暖化にともなうリスクには、海水からの蒸発量の増加にともなって台風、低気圧の発生が増え、天災の発生率を上げること、大気中の二酸化炭素が海水に溶け込むことにより、海水が酸性化し生態系に影響を及ぼすこと、などの実害をもたらすという。漁業大国である日本にとって海水の変化は産業面でも大きな影響をもたらす。将来すしネタの大半は日本近海ではとれなくなるという人もいる。
海の変化を知らせるニュースはその意味で大きな懸念材料だ。空と海はつながり、その中に陸がある。陸で暮らす生き物が空と海に悪影響を及ぼしているのなら、それは制限していかなくてならない。

インフルエンザが流行しているようだ。コロナ禍と言われた時期にはあまり聞かなかったので、マスクや手洗い等はやはり予防効果があるのだろう。私も来月辺りからはマスク生活に戻るかもしれない。電車に乗るとき限定かもしれないが。

内山田洋とクールファイブのヒット曲「長崎は今日も雨だった」は昭和世代ならば知らない人はいない。歌詞は忘れても前川清の顔をしかめて熱唱する姿と「ワワワワー」のコーラスは記憶に焼き付いている。
ところがいまの若い世代にはこの話は通じない。いい歌だから是非とも後世に伝えるべきだとは思うけれど詮方無い。でもどうして雨なのだろう。長崎は別に降水確率が高い地域ではない。たしかに水害はあるがそれはあくまで突発的なものだ。
雨に感じる情緒を説明しなければ伝わらない。昭和という時代は価値観の変動がはげしく、同時代人でさえ戸惑うほどだ。雨に人情を感じるのか、生産活動の障害としかみない人もいる。現今は情緒を感じられない人が増えた。
長崎でなくても雨の日には特別な思いになる。かすかな心の動きを感じ取ることを大切にしたい。おそらくいつかは寂しい雨に救われる日が来る。やさしさとはこういうところに表れるものである。

自分がかつて書いた字を読み返すと不思議に思うことがある。こんな字を書いていたのかと素直に驚く。それが子どものころの文字であれば普通だろう。子どもは手の大きさや筆記具を扱うための筋力が異なるだけではなく、字形に関する認識も違うから書いた字の印象が大きく変わって見えるのは当たり前だ。
気になるのは大人になってからの字形の変化だ。ある時期には繊細な字体で書いていたのに、突然豪快もしくは乱暴になる。そういう繰り返しを何度も繰り返している。これは気分や環境の変化によるものに違いない。活字のような字を書くことを理想と考える時もあれば、自由闊達に書きたいときもある。ノートなどをみると、どうもその気分の波が私には大きく作用するようだ。この時はどんな気持ちだったのだろうか思い出すのもいい。
デジタルでブログを書いているのはその意味では物足りないことになる。いつ書いても同じフォントで画面に現れるのは大切な感覚の何かを失わせているのかもしれない。