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日常のメタ認知

 その立場にならないと分からないことがある。例えば偶数月の15日になぜATMが混雑するのかということをつい最近まで知らなかった。それが切実な問題であることを知るとこの日をとても切なく思うようになっている。近くが見えなくなることの苦しさも最近痛感している。視力は単にそれだけではなく、総体的な判断力、処理の速度にもかかわるから重大な問題なのである。高齢者がしばしばうろたえたり、不機嫌になったりすることをなかば冷笑していた自分がいま逆の境遇にある。

 後輩のときは先輩の理不尽な行動に反発していたのに、自分が上の学年になると同じ事をしてしまうというもの学校ではよく見られる。昔から今に至るまで変わらない。時に大変革を訴える者が出ても、その後継者はすぐに絶えて、また理不尽な先輩が登場する。学校を卒業してもこの習慣は変わらず、世の中の上司と呼ばれる人の中には、部下の立場を慮れなくなっている人がいる。学校と違って数年で卒業しないから厄介である。そして彼が退職したときに部下のいない悲哀を知ることになるまで続くのであろう。

 自分の身の回りの世界をどのようにとらえるのか。結局自分の目で見たもの、感じたことを基準にして価値観を形成することになる。それが社会の実際の在り方と乖離してしまったとき、独善的な生き方が展開するのだろう。自戒を込めていうが、日常をメタ認知する努力を失ってはなるまい。そのためにも他人の生き方への関心を深めなくてはならないと思う。文学を学ぶ意義もそこにあるはずだ。

闇バイトの対義は

 闇バイトという困った事案がある。警察はこれに対抗するために仮想身分捜査という方法を検討しているという。これは捜査のために偽の身分証明書等を使い、犯人グループに潜入捜査とするというものだ。いわば悪を懲らしめるための悪である。最近の悪質な犯行から考えると仕方がないのかもしれない。少なくとも捜査官が入るかもしれないという事実が多少の抑止力になるかもしれない。捜査官は命がけということになる。心配だが職務には敬意を禁じ得ない。
 闇ボランティアの対義は何かという話題もある。光バイトという人がいるが、バイトの性質を金銭を得るための短期労働もしくは非正規雇用の形態と考えるならば、何が光なのかは分かりにくい。社会的に認められ、利他的な結果につながる公共性の強い労働に従事するアルバイトならばそれに該当するのだろうか。しかし、これは闇と光という対称しかみていない。バイトの対比としては金銭の獲得を目的としないボランティア活動が想起される。ならば光ボラが対義なのであろうか。
 ボランティア活動は無賃金労働かといえばこれも違う気がする。ボランティア活動には無償性のほかに、自発性と無償性が必要とされる。そしてある時には費用の一部を受益者が負担する場合もある。例えば遠隔地から来たボランティアに対し、宿泊所を用意したり、食事の提供をすることなどはボランティア活動の意味に抵触しないだろう。
 忍び寄る衰退基調の中で、少しずつ人々の心がすさんできている気もする。こういうときほど慈善の精神を考えることも必要であろう。それが光ボラの実践で果たせるならば社会は変わっていく。

味気ないサービス

 最近いろいろな店が機械化をして、人件費を節約しようとしているらしい。飲食店の配膳ロボットはすでに市民権を得ているが、掃除をしたり、公園保護の仕事をするのは機械の得意とするところだ。こうしたことの機械化は人口減少の未来の救いになるかもしれない。

 ただ、対人的な雰囲気を重視する人たちにとっては残念なことなのだろう。日本に訪れた外国人が日本の様々な優良なサービスを称賛したあと、飲食店の注文がタッチパネルなのは残念だという。世界有数の接客サービスと聞いていたのに、実際はむなしくタップやスワイプをするだけだったというのだ。接客を楽しみにしている人にとっては今の状況は期待を裏切るものであろう。

 経済効果とか効率化とかそういう言葉では測れない何かが客商売にはある。顧客に満足してもらうことが大事だ。そのためには熟練した従業員が必要であり、彼らを雇うことができるだけの資本力が要ることになる。価格に転嫁されれば格安店には勝てなくなる。安いが味気ない店か、高いが印象の良い店か。今は選べるだけ幸いだ。今の調子で人口減少が続き、移民を受入れず人手不足のままならば、味気なさが蔓延することになる。

天然の加湿器

 咳の出る風邪が流行っているようだ。発熱は少ないが喉の腫れが強く、咳き込むとなかなか止まらない。私もようやく峠を越えたがかなり長く咳に悩んでいた。

 そこで混雑した電車や雑踏を通過するときはマスクをつけることにした。コロナ禍時代の神経質な雰囲気はないが、それでも混雑の中で咳をするのには気を使う。予防効果がどれほどあるのかわからないが少なくとも気休めにはなる。

以前かかっていた町の医師からマスクは天然の加湿器ですと言われたことも思い出す。寒さと乾燥の季節を何とか乗り切りたい。

昭和は良かったわけではなく

 数日前に立ち寄ったレストランで流れていた音楽がまるで昭和歌謡ばかりだった。演歌ではなく、いわゆるシティポップの類だ。楽曲は現在のものに比べるとシンプルであるが、メロディーラインがなんとも言えないよさがある。歌い手の歌唱力も要求されるものが多い。

 音楽に限らず、古き良き時代として昭和末期が取り上げられることがふえた。若い世代にとってはすでに歴史時代なのだから、かえって物珍しくものによっては魅力的なのだろう。

 ただ、その時代が理想的であったかと言われれば否としかいいようがない。バブル崩壊後の経済停滞はこの時期に路線が決まったし、様々な社会問題が湧き上がり、それを解決しないまま前進することがよいこととされた。多くの人が傷つき、その手当の手段も疎かだったというしかない。

 現在と違うのは何もかも知っているふりをする人が少なかったことかもしれない。インターネット普及以前、知識は一部の人、もしくは集団に独占され、門外漢は何も発言できなかったのだ。専門的知見が一部の有識者に独占されているのは今も変わらないが、ネット検索によって、知ったかぶりができるようになった。口先だけで批判をする者が発生したのが現代の特徴だ。

 行き先をよく知らされないまま、とにかく進めと追い立てられていたのが昭和時代だったと言える。働けば何とかなると信じていた楽観性は急速に失われたが、諦めることもない。現代人は現状を情報機器の助けを借り、人工知能の助けも借りて自分の力であるきだす必要がある。懐古趣味はほどほどにしなければなるまい。

偶然の写真

 スマートフォンの写真機能で誰もが簡単に写真を撮れるようになって、写真を撮る機会も取られる撮られる機会も増えた。かつては写真を一枚とるのも緊張感が伴い、うまくいかなくても撮り直しはできなかった。デジタルカメラの普及でそうしたプレッシャーはなくなった。

Photo by Luis Quintero on Pexels.com

 さて、被写体となる機会も増えたのだが、その多くは同意なきものである。撮影者に悪意がある場合は別だが、ほとんどの場合風景の一部として映り込むことになる。例えば観光地の風景を撮る場合に、その場にいる別の観光客が自然にフレームの中に入っている。撮る方はその人たちに対する思いはないから、撮るときも撮ったあとも彼らに対しての関心はほとんどない。よほど奇抜な格好をしている人でない限り、意識されすらしない。そしてそれはデジタルとしてあるいはプリントされて保存され、何度か見返されることがあるかもしれないが、大抵はそのままお蔵入りする。

 ここで少し妄想してみる。偶然映り込んだ人々のそれぞれの人生が分かったらもしかしたら驚くのかもしれない。なぜその地に来たのかという過去への遡及、そしてその後の人生について。神のような視点に立つならば、その偶然の写真の中に実は様々なドラマが集まっていることが分かるはずだ。この後、結婚して家族になるかもしれない人が映り込んでいるといったロマンティックな想像は楽しい。あるいは、この後社会的経済的な大成功を収めて大きな影響力をもつ人物が含まれているとか、宿命のライバル同士が写っているとか、凶悪犯罪を犯すことになる人物がいるとか。いずれも単なる想像にすぎないが、写真という一つの枠で世界を切り取り、固定することで世界はまた違ったものに映るのかもしれない。

 そしてそれは他人だけではない、他人にとって他人である自分もまた、誰かの写真に切り取られて保存されているのかもしれない。それは誰にも分らないことなのだ。

言葉と経験

 聞いてもわからないものがある。見てもわからないこともある。本当に分かるということは自分でそれが説明でき、再現できるということなのだろう。そのためには言葉の運用力が必要であるし、それを裏付けるさまざまな経験の蓄積というものも要る。

 自分のことをいえば、最近はこの方面の努力を怠っている。自分で説明できなくてもとにかく使えればいいとか、その場をしのげればいいと安易に考えてしまう。そしてそういった情報は無数にあり、検索すれば比較的容易に抽出できる。

 仮にその場をしのげたとしても、理解のない知識は応用が利かない。蓄積も難しいから、常に初期状態のまま進歩しないといってもいい。それでは新しいことはできないし、そもそも他人の言ったことを引用するだけでは何も生まれない。

 上滑りの知識を弄するだけの人生にならないためにはやはり言葉と経験を豊かにするしかない。そのどちらかではなく、どちらも必要だ。人によってできる程度は差がある。ならば私は自分のできる範囲でものを語り、偏らない経験を積んで知の幅を広げるしかないと考えている。それがこれからの私の課題である。

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威厳があった先人たち

 昔、大先輩とか先生とかいう人には風格があった。どうしても近づけないような威厳というものを感じた。それは必ずしも好人物というわけではなく、中には頑固で問題のある人格もあった。ただそれを否定しきるほどのことはできなかったと思う。

 私は気がつけば嘗てのそういった人たちより歳を重ねてしまった。だが、従前の威厳というものが全く身につかない。自分でも過小評価されているのではないかといじけてしまうほどの存在感だ。なぜ、そういう大切なものが身につかなかったのか。人生の厚みが足りないのはどうしてなのか。

 思うに、積んだ経験の質と量が足りていないのだろう。現代は物事が便利になり、なんでも検索し類型的なものの考えに染まっている。だから、風格を育てるだけの修練を積むことがないままに馬齢を重ねてしまうのだろう。

 私はいまさら先人のようになれるとは思わないが、せめて自分のやるべきことにもっと誇りをもって、できないことはできるようになる努力を続けたいと考えた。これは意外と大切なことなのかもしれない。






忙しいときの思考

 仕事などで多忙なとき、場合によってはとても集中できていることがある。特に締め切りが迫っているときは、なんとかしたいと思うからか、結果的にうまくいくことが多い。もちろんそうでないときもあるのだが、記憶の濃淡を辿ると明らかに成功例が多い。

 恐らくそれは努力と妥協との産物なのだろう。余裕があるときはさまざまな選択肢を並べてその中での最適解を求めようとする。大きな間違いをしないための大切な段階だろう。しかし、切羽詰まったときには選ぶべき候補が揃わない。結果的にできることを今やるしかない。そういう思い切りが結果的にうまく運ぶのかもしれない。

 決して余裕のない選択の方が良いなどとは考えない。ただ、極めて短期的に立ち回ることだけに集中したときには、いまある状況の中で何ができるのかを考え、それを構成した方がいいのかもしれない。緊張感はどんなときでもあった方がいいようだ。

料理と知的生活の関係

 料理をしなくなったことが知的生活の停滞を招いているというのは極論のようでいて、案外的を射ているのかもしれない。こういう話は日常の雑話の中でしばしば出てくるが、根拠がないのでその場限りの愚痴のような扱いになりがちだ。ただ、先日理科の教員が生徒諸君の実験授業の際の手際の悪さを料理しないことと結び付けて話しているのを側聞して、やはりそうかもしれないと考えたのである。

 料理は素材を組み合わせ、手順を踏んで調理していき、無駄なく最短の時間で行わなくてはならない。加えて自分がもっている調理器具や食器、コンロの数などの制約も考慮しなくてはならない。それらを総合したうえで、さらに食事の時間まで間に合わせるという時間的制約も加わる。これらは総合的な企画力が必要ということである。

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 そしてその成果は味となってすぐに評価の対象になる。どれほどの努力をしようとも、失敗を乗り越えようとも食べる側がうまいと思わなければ成功したとは言えない。すぐにフィードバックがあるのも料理の特徴である。味の基準は個人差がある。提供される側の好みも考えるとなれば、また考慮すべき要素が増える。

 いまはコンビニエンスストアにいけば完成した料理はいくらでも買える。万一、それが売り切れていても冷凍食品があり、これらは思った以上に美味だ。かつては添加物とか塩分量とか気になることもあったが、最近の製品はそれらが考慮されているものがある。だから、そういったものでいい。無理して自分で作らなくていいと考えるのは自然の成り行きだろう。

 しかし、そうした便利さと引き換えに調理する能力を私たちは失いつつある。先に述べた通り、食卓に提供するまでの総合的な企画力が問われる料理という行為を喪失しかけているといえる。やはり少々不便ではあっても自炊の楽しみは維持すべきなのだろう。料理することがもたらすのは食欲の充足だけではない。