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明日がピーク

 予報によると私の住む街の最高気温は明日34℃らしい。この数字にはすっかり慣れてしまっているので驚きはない。さらに長期予報をみるとこのあとはこの馬鹿馬鹿しい残暑は収まり、来週の中頃にはかなり秋らしくなる。最低気温が15℃近くまで下がると半袖は減るだろう。

 その意味でも明日はようやく季節の節目になりそうだ。最近は長袖ネクタイで出勤しているが明日は夏を惜しむまつりとして最後のクールビズと洒落込もう。本当はアロハシャツでも着たいところだ。暑い夏に感謝はしていないが、去ると分かれば名残惜しい。

秋の草

 朝晩は涼しくなってきた半月かそれ以上の季節の遅れを感じる。彼岸過ぎてもまだ残暑ということばが忘れられない。

 ただ駅前の土手を見上げるとさすがに秋の趣がある。俳句では秋草とかいう風景がひろがり、彼岸花があちこちに咲く。いろいろな生命の循環も混乱しているというが、そうはいっても出番を待っている生物は出演を取りやめることはできない。

 もう少し要領よく秋を迎えたいと思っていたがそうも行かず、今年度も間もなく半分が終わる。やるべきことをまずはやり、あとはそれをいかに楽しむかだ。

いつまで

 各地で日ごとの最高気温の更新がなされているらしい。昨日はいわゆる酷暑日となる35℃を超えた地域が複数観測された。今日もまたその可能性があるという。

 暑すぎる気候のせいで農産物の収穫期がずれているらしい。植物によっては気温と日照時間とが複合して成長するものが多い。だから、この気温の状況は普通の生育を阻害してしまうのだろう。動物にも大きな影響が及ぶ、植物を食べる種にとってはまさに死活問題だろう。

 人間にも同じことが言える。高温多湿へ耐性はかなり身についたものの、疲労感が蓄積していることはいかんともしがたい事実だ。コロナウイルスの流行などが再燃しつつあるのには、体力の低下が関係しているに違いない。

 いったいいつまでこの異常な暑さが続くのだろう。暑さ寒さも彼岸までというが、彼岸はあとわずかに迫っている。

渋谷に来ないで

 渋谷区長がハロウィンには渋谷に来ないでほしいとの会見をしたという。昨今の無秩序な行動に加え、ソウルの梨泰院での悲惨な事件をも踏まえた注意喚起である。経済効果よりも安全性を優先した英断であり評価したい。

 ハロウィンはもともとアメリカを中心とした子どもの行事であり、大人が異装をして酒を飲んで暴れるものではなかった。根本から間違っているのだ。まして、興奮のあまり暴徒化するのはおかしい。世間体を過度に気にして過激なことはしないのが日本人の特徴のはずなのになぜか箍が外れてしまうのだ。

 今年はいわゆるコロナ規制がなくなり、密集が許容されることに加え、海外から多くの観光客を迎えることになる。言葉の通じない一つ間違えれば本当に群衆事故が発生する。渋谷に来ないでというメッセージはかなり深刻な叫びだ。このことはもっと告知すべきだろう。

暮れやすく

 つるべ落としというまでではないが、日没の時間がだんだん早くなっていくことを実感する。仕事に追われて気がつくと窓の外が暗い。そういう季節が戻ってきた。

 暗い方がいいのかもしれない。エンドレスに仕事を続けてしまうことが少しだけ避けられるかもしれないから。あまり抑止力は強くはないが。

雨の朝

 今朝はまとまった雨になっている。そのせいもあって気温は低く久しぶりに普通の朝を迎えた気がしている。

 このところの台風の連続発生は日本の南海上の海水温が高くなっていることと関係があるらしい。気象学的にはかなり高めだと聞く。過去には9月に大きな台風が上陸して被害をもたらしたことが多い。これからどのような天災が訪れるのか危惧される。

 露出する空間についてはシンプルにまた防災の工夫を施すことが必要だ。植木鉢が飛ばない工夫くらいしか私にはできないが。

秋の気配

 いまだ酷暑が続いているが、さすがに朝晩は涼しさを感じる。絶対的な気温はまだ高いがが、暑さに慣れた身には快適さまで覚えるほどだ。

 8月の最後の日の朝は無数の虫の音で彩られている。種類が異なるコオロギごそれぞれのフレーズをリフレインしているのだ。音の立体感が風景の広さを感じさせる。

 騒がしい蝉の鳴き声に変わって草の中から響く虫の音に変わっていることも季節の移ろいを感じさせるものである。

脱力してから

いつも張りつめているとできなくなることもある。実力者以上の結果を出そうとするとき、そこには無理が必ずある。無理してでも現状打破しなくてはならないこともあるが、いまはその時てはない。

脱力してから力を出した方が結果的に上手くいくこともあるものだ。急の前の緩は大切だ。8月の終わりは憂鬱になりがちだ。四月病ならぬ九月病も必ずある。それを乗り越えるには敢えて頑張らない選択も必要かと考える。

これは諦めることとは違う。時宜を考えるのだ。

冷房サウナ

 暑い毎日を過ごしていると段々身体感覚がおかしくなる。自宅の冷房はあまり効かないのでそれほどではないが、近隣の商業施設の空調は効きすぎていて、出入りする毎に気温差に驚かされる。まるでサウナのようだなどと考えてしまう。冷暖が逆なのだが。

再び酷暑

 台風の被害は甚大のようだ。私の居住地域は進路から外れたために害を逃れた。今回は運が良かったというのに過ぎない。

 台風が次の季節を連れてくると思ったが残念ながら連れて来たのはもとの酷暑の陽射しである。湿度も高く不快感が高い毎日が戻ってきた。あまりの温度差のせいかコンビニの窓が曇っていることがある。異常な結露は酷暑のもたらすものだ。冬とは反対である。

 休業期間も間もなく終わりだ。今年は読書をしているが、もう少し続けたい。寝不足のせいか、暫く読むと脳がアイドリングを始めるのが残念だ。成果は読書ブログの方にまとめることにする。