今朝はかなりまとまった雨が降っている。梅雨の始まりを思わせる雨だ。明日から数日晴れるようなので梅雨入りとなるかは分からないが、雨の季節が訪れたことは間違いない。
雨が降ると困るのは満員電車での傘の扱いと、靴の浸水だ。傘に関しては収納袋に入れようと考えている。そういうものも売っているらしい。靴は防水仕様に取り替えよう。
交通機関に支障がないことを祈りたい。やっと雨の季節になった。
日々の思いを言葉にして
カテゴリー: エッセイ
都知事選挙のポスター掲示板の大きさには呆れている。数字は30までふっているが、不足することが予測されているため、欄外にも枠がある。それでも足りなくなる可能性があるらしい。
首長選は政党の選挙ではないが同じ政党から複数立候補するのはやめてほしい。質より量で衆目を集めるのが目的だろう。選挙をビジネスにすることは明らかにおかしい。そのためにかかる経費は都民の税金からなる。今からでも候補を絞るべきだ。
都知事は注目度が高く、ある意味首相よりも民心を掴みやすく、政治家にとってはうまみのある仕事なのかもしれない。また、選挙に出馬するだけで一定の宣伝効果がある。だからといって金に任せて気軽に立候補するのはいかがだろう。結果的に民主主義の質の低下をもたらしている。子どもたちに都知事選のあり方は残念な事例としか紹介できない。
都民以外の方が巨大な掲示板を見かけたら是非笑っていただきたい。そして次にこの国の行く末を案じていただきたい。
自分に言い聞かせるというとオカルト的な含意を感じるが、案外そうでもないらしい。スポーツ界ではこれは経験的に信じられている。勝利のイメージを強く持つことで実際に試合に勝つことができるというだ。脳の機能を活用した結果というが詳しいことはよくわからない。
ただ言えるのは、私たちはかなり「気」によって動いている。その時々にどのような精神状態でいるのか、何を考えているのかで行動のあり方が変化するのである。苦しいときほどあえて笑えとはいろいろな人から聞く、それが気休めかと思っていたが、脳科学的にその効果を裏付けようとしている人もいる。今は逆境にあるが、最終的には成功するとどれだけイメージできるのかがその後の結果に大きく影響するというのである。
果たしてどれだけ実証性があるのかはわからないが、ネガティブ思考が良くないことだけは事実だろう。満足を感じるラインをあえて下げ、幸福感を得ることもその技という。はじめから多くを望まず、達成された小さな成功を大きく喜ぶ。この蓄積が大きな成功につながるというわけである。
言ってみれば自分を励まし、場合によっては自分を騙すこと。それがこれからの困難な時代を生き抜くためには必要なのだろう。いけない、これからの時代は決して困難ではない。きっと素晴らしい未来があるのだ。
関東地方の梅雨入りは平年よりかなり遅れて6月16日になる予報が出た。しかし、これも少し怪しいらしい。今年は梅雨前線が北上しにくい状況にあり、もしかしたらこの日に前線が来ないかもしれないというのである。
もしこの時期をはずすと6月下旬まで下り、記録的な遅さになる可能性があるという。最近、日本の季節は四季というより夏冬の間にわずかに春秋が始まるといった感じだ。梅雨もついに夏に吸収されてしまうのだろうか。
梅雨は旧暦だと五月に当たるので、五月雨とか五月闇とか梅雨に関連する言葉が多い。五月蝿いという当て字もこれに関連するのだろうか。たとえ鬱陶しい天候であっても農事には大切な雨季だ。適度な雨をもたらしてほしい。
東京や神奈川を走る電車は相互乗り入れをしているものが多い。中にはかなり長い運行距離を持つものもあり、うっかり乗り過ごすと悲惨である。
車内に掲示される路線図もかなり広範なものとなっていることもある。どこまで続くのだろうと思う。そういう路線図を見るといろいろな妄想が浮かんでしまう。
気まぐれでまだ乗ったことがない路線に乗車して、名前すら知らなかった駅で降りたら何が始まるだろう。もしかしたら世界観が一変するような出来事が起きるのではないか。あるいはそこには誰もおらず次の電車来るまでには恐ろしく長い時間があって途方に暮れるのではないだろうか、などと。
実際にはそんなことはあるまいし、試してみる勇気もない。ただ、身近にある冒険の旅をいつかはしてみたいという思いだけは募るのだ。