実態

 手持ちの米国株式がすべて前日より上がった。少額であるが社会勉強のために続けているものだ。もとから儲けは期待していない。言いたいのはアメリカ議会に歴史的な乱入事件が起きたのにも関わらず、株価が上昇を続けているのには驚いている。目先より将来の可能性で決まるというが。なんとも不思議な世界だ。

思いやり

 ソーシャルディスタンスをどのように考えるのか。揺れてきているかもしれない。そもそも感染予防は誰のためなのかという問いを再考してみる。

 未曾有のパンデミックが人々を不安に陥れた昨年の状況においてソーシャルディスタンス(Social distancing)は日本では密閉・密集・密接をさけるとして「さんみつ」として人々の共通理解となっている。それは自らの感染を防ぐという意味でまずは認知されたはずである。日本のように社会性の強い国ではこれはそのまま社会の安定という発想につながった。自分が感染しないことは周囲に感染させないということであり、それが自らをふくむ家族・組織・共同体の利益になるという考えである。だから他国と比較して手指消毒・マスク着用がいち早く行われ、さらに普及率も高い。

 ところが、長く続けているうちにさまざまな解釈が行われ、この行動が変容してきている。初期にはアジア人は感染しにくいという根拠なき判断であり、最近は重篤化するのは高齢者か既往症を持つ人だけであり、若年層は感染しても軽症で済むというものである。いずれも科学的に証明はされていないようだが、ここまでの経験ではある程度あたっているかもしれない。そこで当初生まれた社会的な防疫という観点が薄れ、自分が感染しない、もしくは重篤化しなければいいという考え方が台頭してきているのだ。これは経済活動の維持論とも連動して強いものになっている。

 真実は分からない。ただ言えることは同じウイルスで死ぬ人がいてそれを防ぐために悪戦苦闘している人がおり、同じように働いていても日々労働の機会が奪われている人がいるということだ。その裏で自らは発症することなくキャリアーとなり、自らは現場に立つことなく利益を増やしている人々がいるにもかかわらず。

 自戒を含めて言うならば、人間は社会的な生き物として進化したことを忘れてはならないのではないか。自分が良ければいいという考えが結果的に破綻することを私たちはすべての学問、教育、経験で獲得していたのではなかったのか。あるいはもっと奥にある遺伝情報に組み込まれているのではないか。

 思いやりを持ちましょうというのは感情レベルで話されることが多い。しかし実はもっと切実なものなのかもしれない。私たちが生きていくうえで不可欠なスキルが実はこの日常語の中にあるのかもしれない。

人日

 気がつけば新年も一週間が過ぎた。気分一新で始まりたかった年始も、いきなりウイルス対策に迫られている。1月7日は古代の宮廷では節日とされ、現代は七草という民間行事がある。厄祓いや生命力復活の願いが込められた日と考えられる。自然のパワーを味方にして前を向いて行こう。

時短

 明日にでも緊急事態宣言が出されようとしている。状況からして回避はまず無理だろう。すると勤務時間も短縮される可能性が出てくる。以前は経験がなかったが今回はそれに備えることも可能だ。

 まずは仕事の選択と効率化を目指すしかない。総量は下がらざるを得ない。優先順位を決めて諦めるものはやめる。優先順位の高いものをやり残さないようにするべきだ。

 私の仕事はリモートワークにはならないはずだ。時間と空間の拘束もある。ただそれを自らの生活のリズムとし、メリハリをつけなくてはなるまい。デメリットはメリットでもある。

 新しい生活様式などと悠長にかまえていられない。やるべきことを少しずつやっていくだけだ。

まもなく緊急事態

 年頭の首相の記者会見で緊急事態宣言を出す用意をしているというコメントがあった。なんとも不思議な表現である。緊急事態は用意されて起きるものなのか。

 この点について海外の皆さんには説明を補足しなくてはなるまい。日本もここに来て新型コロナウイルスの感染者が急増し、重篤化して死者も増え続けている。ただ、報道がそのように伝えるからそう考えるのであって、市民の実感としてこの病の恐ろしさは実感できてはいないのだ。親戚友人に罹患者がいないのである。

 アジア人にはこの伝染病はさほど流行らないという迷信も私たちの意識に組み込まれてしまった。だから、欧米諸国のような緊迫感はない。

 ただ、冷静に考えるならば被害が少なく済んでいるのは偶然の要因が重なっているからに過ぎない。そして今後もこの効果が継続する保証はない。やはり対策は講じなければならない。ならば生活と防疫をどう両立させるのか。改めて考え続ける必要がある。できる予防策を取ることはもちろんだが、科学的知見ももっと積極的に公開していただきたい。

投資

 昨年から株式投資も始めたが私にはセンスがないらしくあまりよくない。長期間に少しでも利益が出ればよい。また、眠っている端金で社会をよくしようと考えている企業の応援ができればよい。

 多くの投資の中でもっとも力を入れるべきなのは自己投資なのだろう。すでにできあがってしまった己に再び投資をすることは財力以上に気力の方が必要になる。目的なき努力がなかなか結実しないことは長年の経験から痛感している。いまはやるべきことを意味付けしていくことが大事だ。取りあえず、次のステージで必要なことを学んでいくことにする。

 金銭には表れなくても、大切な投資はいくらでもある。

自分のスタイル

 他人に合わせ、流行に乗ることで安心感を得てきたこれまでの生き方は変えなくてはならない。他人に合わせることで使われるコストは様々な弊害をもたらす。自分にあっているかどうかを考えずにとりあえず他人の設定した水準に合わせることで満足するという生き方はそろそろやめたい。

 他者設定の水準はよくできているように見える。それがより大きな組織なり、もっと大きな文化と呼べるものになればもう抗えない気さえしてくる。しかし、よく観察してみると文化に見せかけた商業的な目的なものであったり、扇情を狙った悪意が隠されていることもある。たとえ無様に見えても自分で納得しているスタイルを模索するほうが結局はうまくいくのではないか。最近はそう考えてきている。

 何が良いのか、悪いのかをその都度考えるのは骨が折れるし、面倒だ。ただ、それなりの充実感は得られる。お仕着せの何かで満足するのは楽だが達成感は得られない。やれることはやり、できないことだけを他者に頼めばよい。そしてできないことを少しでも減らしていく努力をしたほうがいいのだろう。

 とはいえ、私にはできないことだらけだ。理想を語っても何もできないのであれば意味がない。だから、今はできることを諦めず、できないことに挑戦する余裕を持ちたい。今年は何ができるようになるのか。一つ一つ達成していきたい。その成功と失敗の記録をここでも紹介できたらと思う。

南町田グランベリーパークより

初詣

 日本には1月のはじめに神社や寺院に行き参拝する習慣がある。これを初詣というが、この習慣は宗教に関して独特の考え方をもつ日本人の思考様式を考える上で重要だ。

 初詣は神社でも寺でも良い。参拝の仕方は一応違って神社では柏手という拍手をしてから拝むが、寺院では手を合わせるだけだ。神社は神道という宗教で、寺は仏教の宗教施設だ。そういうことは日本人の大半は了解しているが、中には混同している人もいる。実はこの区分は明治維新後に区別されるようになったもので、それ以前は寺と神社はさほど峻別されてはいなかった。その証に境内に神社と寺が同居しているところは多い。また今は神社と称しているが歴史を遡ると寺であったという箇所も少なからずある。仏性が日本の神の姿を借りて化身しているという本地垂迹説のようなものもある。日本人にとって人智を超えるものは神であり、その神は様々な姿である。多神教の思想ではそれらは矛盾しない。

 今年はコロナウイルスの第3波の影響などで初詣を控える家庭も増えているという。また賽銭から感染することを避けるため、電子マネーで賽銭をするというシステムまで用意している。形はどうであれ、日本人の神頼みの思いは強い。その意味で宗教的な民族である我々にとって初詣も満足に行けない現状はなんとも苦しい。それを超えるための何かが求められている。

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新年

 2021年になった。といっても日本は世界の中では日付変更線に近い地域にあるので、世界の大半はこれから新年を迎えるのだろう。昨年は本当に大変な一年だった。世界中で苦難を共有した実感をもったのは歴史的もまれなことだったろう。地球温暖化さえ否定する一部の者がいるのかで、ウイルスは着実に人を苦しめ犠牲者を出してきた。その事実を共有したことは人類史にとって意味があることだったのかもしれない。

 今年はいろいろな意味で新しい何かが始まるのだろう。それがなるべくいいことであるように願いたいし、自分でできることはやっていきたい。新しい年を祝うのは日本の習慣だ。その祝いは実は未来に向けられたものである。予め祝うことによって将来の幸福を約束しようという考え方なのだ。

 ぜひ、この一年がみなさんにとって素晴らしいものになるように。

季節風

 昨夜から急に季節風が強くなって窓を揺らしている。気温が急速に下がりまさに凍える寒さが訪れた。大晦日はとても寒い日となりそうだ。

 北陸に住んでいた頃、こういう日は降り続く雪に不安になったものだった。積雪が始まれば、最初に気になるのは車が車庫から出せなくなることだった。除雪をしなければ車が走らない。除雪にはそれなりの時間がかかり、朝からやらなければ仕事に間に合わない。そんな恐怖心があった。幸い私が彼の地にいたころは大抵が暖冬であった。ただ何年かは相当な積雪があった。そんなときは覚悟を決めて除雪をした。ただ雪を取り除いた先から降る雪が白く埋めていくのはちょっとした絶望感を伴うものだった。

 東京に戻ってからは雪で苦しむことは殆どない。ただ木枯らしの吹き荒れる日は雪との格闘を幻想するのだ。