ノーベル平和賞というのは多分に賞の設定に政治的な意図を感じる。平和とは何かを賞を通して世界に訴える手段として機能している。アメリカのトランプ大統領は今年も平和賞を受賞できなかったことに憤慨し、ノーベル財団を罵倒しているようだ。恐らく多くの人が、彼こそ最もノーベル平和賞に遠い者という認識で一致できることだろう。
ウクライナ戦争を即時停戦できると言ってそのまま放置していることや、イスラエルのパレスチナ侵攻の後押しをしていることとか、気に食わない国のトップを軍事力で制圧するとか。カナダやグリーンランドを領有すると脅したりとか、数えられない国際紛争の火種を撒き散らしていることから考えて、平和賞どころかその真逆の行動を繰り返している。それを許しているアメリカ国民の国民レベルはやはり低下しているとしか言いようがない。
あるいは平和の定義の問題なのかもしれない。アメリカ大統領にとっての平和とは自国が統制できるということで、当事者や関係者の平安を意味していない。俺の思い通りになることが平和であると考えている節は大いにある。そんな人物に平和賞は遠い存在だろう。日本の首相もいまから訂正してもいい。彼はノーベル平和賞とは無縁の人物だったと。
