投稿者: Mitsuhiro

自分を追い込めるか

 必要がないものを学ぶことはない。学んでも効率が落ちる。逆に知らなければ死活的な困難に陥るとなれば、必死に学ぶ。学びとは基本的にそのようなものであろう。

 日本人がいつまで経っても英語力の国際的順位が低いのは、英語を使わなくても高水準の生活が送れるからだ。仮に英語ができれば給料が倍になるとか、話せないと全く昇給しないということになれば話は変わる。日本語なまりなど気にせずに英語を使うことになる。

 学習にはこうした必要に迫られるという局面が欠かせない。英語だけではない。数学にしても、ファイナンスの知識にしても切羽詰まれば飛躍的な学びが期待できる。ただ、他人からそのような境遇を強要されることはよろしくない。自らを背水の陣に追い込むような心の持ち方ができるのか。それが学習者としての資質になる。

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余裕を求める時代に

 いろいろなことがコンピューターで制御され、無駄を極力防ぐ技術が開発されている。その成果は人工知能の発達とともにより高度化され、効率化という大義名分を達成するために活用されている。それはそれで意味がある。人手不足で停滞気味の産業を支援するのには機械の補助が欲しい。農業などの高齢化が進む産業では、コンピューターのアシストで労働力不足が補えるし、若い世代の参入の可能性をもたらす。このようなことはほかにもいくらでもあるだろう。

 機械に仕事が奪われるという恐怖は積年の懸念材料だが、これは避けられそうもない。私のような教員は機械化から最も遠い職業といわれていたが、最近の教育テクノロジーをみるに従来型の教員は比較的早い時期に機械化できるかもしれない。目的と手段がはっきりしていて、一定の効果を期待する産業においては機械化と親和性が高い。いうまでもないが、既存の産業の大半はこれである。

 すると、決まりきったことを無駄なく遂行することに関しては機械に代替される時代は比較的早く来そうだ。残念ながらこの潮流は決定的であり、もう変わりそうもない。だから次を考える必要がある。ある程度の仕事は機械がこなす。かなりの水準でやり遂げるので、その意味では生活の水準は上がるのかもしれない。でも、いろいろなことがコモディティとなり、特別なものが見当たらなくなる。そこで重宝されるのは、効率化ではなくむしろ個性を生かした特殊性であろう。アートの領域が尊重されるようになると推測できる。

 個人の創意が評価されるには、その創意を形にしたり音にしたりして何らかの表現をすることが必要である。そうした作品を作り出すには心の余裕がいる。数多くの駄作とともに、その中にかすかに生まれる傑作を待たなくではならないのだ。余裕のある生活を送るためにはどうすればいいのだろう。

      

冷え込み

 寒気が南下している関係でかなり冷え込んでいる。これまでとは体感が違う。どうもこれが原因で体調を崩した人も多いようで、電車に乗っていても咳をする人が多い。インフルエンザという人もいれば、陰性であるとの診断を受けた人もいる。しかし、そのいずれもが症状が重く、なかにはかつてこのような風邪をひいたことがないというほどつらかったという人もいる。おそらく、コロナ禍の続く中でさまざまな別の病に対する免疫力が失われてしまっているのだろう。適度にウイルスに晒されていることは大切なのかもしれない。

機械のアナウンサー

 NHKのテレビニュースをみているとAIによるニュースの読み上げの時間が入るようになった。滑らかな人間に近い発声とアクセントであり、違和感はない。ただ、なぜAIを使わなくてはならないのかが分からない。

 アナウンサーはかなりの訓練を積んでスクリーンの向こうに立っており、その技能は高い。もちろんミスは皆無ではないが、機械に代替させるほどの問題は感じない。災害時の対応も過去の実績をみる限り問題はなさそうだ。それなのになぜAIを登場させるのだろう。

 AIの活用によって、作業の省力化が果たせることは事実だ。ニュース原稿の作成から、構成して読みの確認、放送にたどり着くところまでの作業工程はかなりあり、そこで働く人々の労働軽減につながることは確かだ。恐らく放送時間の何倍もの時間をかけて準備がなされているはずだ。それを機械に代替させれば助かることもあるのだろう。

 ただ私たちがニュースから受け取っているのは音声や映像からの情報だけではない。伝え手の心情、身体的な行動、振る舞い、表情などを複合して感じ取っている。仕事は大変かもしれないがAIに頼りすぎないでいただきたい。機械音声で済むのならもうテレビでなくても良い気がする。

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黒字の金曜日

 この時期になるとブラックフライデーという言葉をよく耳にする。ブラックというとネガティブなイメージが先行するが、このブラックは黒字の意味で商売する人にはいい言葉らしい。

 アメリカで感謝祭の商品の売れ残りを値下げ販売する商業習慣が他国でも取り入れられたらしく、日本もその恩恵に預かろうという商魂のなせるわざである。ハロウィンとクリスマスの間を埋めようということだ。

 日本ではまだこの効果は限定的だ。ブラックフライデーの知名度は低いし、数々あるディスカウントセールとの差別化もついていない。感謝祭の習慣がないのだから、そのおこぼれと言っても説得力がないのだ。

 何でも和風にしてしまう国民性の力が発揮されるときが来れば、日の目を見る事態になることもあるかもしれない。そのときはやはりブラックの名は変わっているかもしれない。

寒の前の暖

 昨日の日中は上着を着た身体には汗ばむほどの暖かさだった。今日はさらに気温が上がるらしい。そして土曜は急降下する。寒の前の暖である。

 魚津に住んでいた頃、嵐の前は少し気温が高かった。気圧の関係か何かわからないが僧ヶ岳がやけに大きくせり出して見えたら、翌日は荒れることを覚悟しなくてはならなかった。雷鳴とともに風雪が来る。場合によっては相当の積雪になることもあった。

 その経験が関東にも応用できるか否かは分からない。低気圧の東進に伴って、吹き込む風が南から北に代わり、大気の大幅な交換があることは同じなのだろう。土曜日の予想最高気温は13℃、日曜日は11℃でこの時期の身体にはかなり低く感じるはずだ。

 手袋はコートのポケットに入っているが、マフラーはまだ出していない。そろそろ出番なのかもしれない。

誰に対して感謝しますか

 勤労感謝の日が新嘗祭に由来することは明らかだ。戦後の米軍の占領政策によって、神道色が消されて欧米の感謝祭的な要素を強調した勤労感謝の日となった。本来は神への感謝であったのが、勤労をする人間の方に謝意を捧げることになったのだ。

Thanks for everyone image

 ただ、基本的な考え方は同じであり、収穫の喜び、つまり労働の成果に対しての感謝の気持ちを表現する祝日ということになる。細かく見ると誰が誰に感謝するのかを考えなくてはならない。対象が神であったときは米穀の実りをつかさどる別次元の存在に対して行っており、宗教的論理によって祭祀が統一されていた。それが人に感謝するとなるとこの行事は個別化され存在意義が分かりにくくなってしまった。

 例えば、私の場合は職場の環境を整えていもらっているスタッフや、運営をしている管理職、協力してくれる同僚などが感謝の対象だ。よく考えてみると電力、水道といった社会的インフラを保持している人たち、交通機関従業者、医療関係者、そのほか社会制度を支えている人たちのすべてが感謝の対象になりうる。かつてエッセンシャルワーカーということばが世上にあがったが、エッセンシャルかいなかは判断基準の違いに過ぎない。勤労感謝ということは社会に対する感謝ということになる。

 人に感謝するということが素直に言えない時代であると思う。サービスは労賃に換算され、評価の対象になる。金を払えばそれで権利が買えると錯覚してしまう。これでは感謝の気持ちは沸きにくい。感謝すること、されることによって人々の生活は変わっていくのではないか。今日はそういうことを思い出す日なのかもしれない。

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日本の器

 日本文化を独自性だけで語ることは難しい。私たちの文化は有史以前から、複数の異質の要素を受容し、それを融合する形で発展してきた。その意味ではオリジナルはほとんどないが、融合したものは唯一無二なので、すべてがオリジナルともいえる。

 ハイブリッドはこの国の特長であり、それがこの国を成り立たせていた。今日本は均一化、閉鎖性の弊害に見舞われている。自己満足が国としての活力を奪い、得るべき収穫を逃している。謙虚になる時期である。

 ネット上にはナショナリズムが溢れている。自信を持つのはいいが限度を越えれば害にしかならない。我以外皆我師の考えに立ち返るべきだ。一見、消極的に見えるが実はこれが最も強いあり方なのだ。

 日本の器に何を盛り、どういう料理を作るのか。その考え方を忘れない限り安泰であろう。

内戦の国、シリア

 FIFAワールドカップ予選で日本はシリアに勝利した。この試合の中継は日本のメディアによってはなされなかった。法外な放映権を要求されたことが原因という。ネット上ではこの事態に関して日本のサッカー協会の判断をおおむね支持しているようだ。相手の言いなりにはならないということをピッチの外で示せたという評価だ。

シリア

 この放映権料がもし支払われたとしたら、何に使われたのだろう。想像に過ぎないが、シリアで今起きているのは内戦である。それも多極化したまさに戦国時代のような様相だ。追い打ちをかけるようにトルコ地震の被害もあった。放映権料はインフラ整備よりも軍事費に充てられたに違いない。その意味においても今回中継を断念したのは好判断だったといえるのかもしれない。

 シリアの国情は調べるほど複雑で、宗教、宗派、民族、外国政府、隣国の状況、歴史的ないきさつなどが複雑に絡み合っている。もつれた糸をほどくのはかなり困難で、むしろ米露仏などの介入で被害を拡大しているともいえる。パレスチナ問題もしかりだが、中東地域はさまざまな問題が多い。これをどのように治めるのかは世界の課題といえそうだ。

 サッカーは圧勝したが、相手の国情を知ると素直に喜べない。平和な状況で対戦すれば、そして自国で開催できたならもっと強かったのではないか。いろいろあるが日本がスポーツに専念できる人を持てていることには感謝しなければならない。そして、世界平和に貢献できる人材を輩出しなくてはならないとも思った。

アジアプロ野球チャンピオンシップ

 日本の優勝を素直に喜べばいいのだろうが、このところ日本代表が勝ち続けていることを考えると、アジアの実力低下やそもそも野球の人気の減退を危惧してしまう。

野球はおもしろいですよ

 アジア大会と言いながら、参加しているのは日本、韓国、台湾、オーストラリアの4国だけである。プロ野球が興行として成り立つためには様々なハードルがあり、たまたま日本はそれに恵まれているというのに過ぎない。野球先進国としては海外にそのノウハウを提供して、スポーツとしての存在価値を高める必要がある。

 今回は年齢制限制の大会であり、若手に活躍の機会を与えたのはよいことだ。彼らがそれぞれの国のリーグで今後活躍してくれること、あるいは別の国のチームに渡って成績を残すことを期待したい。