投稿者: Mitsuhiro

春というより

 ここ数日、春というよりは初夏を思わせるような陽気だった。一時的な気温の上昇らしく、この後また下がるらしい。三寒四温ということばがあるがどうも最近はかなり乱高下が激しい気がする。

 緊急事態宣言の取り下げが来月上旬になりそうだと報道されている。人間の安全と経済活動とのバランスが非常に難しいようだ。ウイルスが蔓延して病人が多数出るのと、経済活動が停滞して貧困者が多く出るのとどちらを選ぶのかという選択なのだろう。もちろん、どちらも選びたくないがこれは両立できない。

 一つ先を感じさせる季節は、コロナウイルスへの対応の一つ先の時代を予見させる。照り輝く太陽のもとで、歩みを止めずにいかに前に進むのか。それを試されている気がしてならない。

梅園

 近隣の公園にでかけてみた。梅園はまだ五分咲きくらいだった。品種によってかなり差がある。

 梅はもともと外国から植樹された樹木らしく、万葉集の時代にはかなり大陸が意識されていたようだ。令和の元号の由来ともいわれる大宰府の梅花の宴も、舶来の花を囲むところに意味があったのだろう。平安時代には庭木として定着し、時代が下るごとに梅にエキゾチズムを感じることはなくなった。むしろ和の象徴に感じる。

 梅の木を人々がどのように考えて来たのかをさぐることはこの国の歴史を知る一端だ。

回復の兆候

 日本でもウイルスに対するワクチン接種が始まった。そして早くも副作用の報告も出ている。新しい薬には一定数の副作用の可能性があることは分かっている。そのリスクとトレードオフで集団免疫の形成がなされるという。

 ウイルスの脅威が一段階下がったとしてどんな社会が待っているのだろう。もうかつてのような時代には戻れないことは確かだ。リモートワークの可能性を知ってしまった私たちは、これからも多くをネットワークに依存して行うことになるだろう。そして本当に必要なものだけが対面で行われていく。無駄を省くという建前で余裕が奪われ、効率性という意味不明な数字が大手を振って歩くことになるだろう。

 社会の回復の兆候を素直に喜べない私はかなり卑屈だ。しかし、この状況であるからこそ訴えていかなくてはならないこともある。世の中は効率だけがすべてではない。社会は目的を達成すればいいだけの空間ではない。

移住

 漠然と考えていることにいまの仕事が終わったら地方に移住するということがある。そのためには貯えがなければならないがいまのところそれはない。あまりにも非現実的だ。

 少なくともあと5年以上は先のことで、その頃の社会がどうなっているのかは分からないが、少なくとも東京は離れたいと考えている。

 なぜこのようなことを考えるのか。やはり現状に何か違和感を覚えているからだろう。自分の居場所を決めたことがない私の最後の願望だ。

対策薬

 対策薬を飲み始めた。と言っても花粉症対策である。これを飲むと私の場合、かなり軽減される。ただ副作用があるのが残念だ。

 一番気になるのが喉が渇くことだ。唾液の分泌が減るのだろうか。そうならば防疫面での心配もある。眠気が出ることもあるのは余計困る。最近の薬はかつてほど催眠作用はないが、それでも少し違和感が生じる。

 今年はコロナウイルスに向けた対策を同時にやらねばならず苦労が多い。何とか乗り切らなくては。

別の時代

 もし自分が別の時代を生きていたらと思うことがある。確率的には特権階級である可能性は低い。支配される人生の中で何を考えたのだろうか。

 今のように多数の人々と交流することができる前の人生はいかなるものだったのだろう。知らない人がほとんど意識に上らずに生活する毎日はどんなものだったのか。想像することも難しい。

 別の時代に生きていたらと考えることは楽しい。だが、その答えを知るのはかなり難しい。

ワクチン接種開始

 日本でも新型コロナウイルスに対するワクチン接種が今日から始まる。供給量は少なく、専用の注射器がないために一定量が無駄になるという。医療関係者を優先するそうだ。

 ワクチンの有効性や副作用の有無については確定的ではないとも聞く。ただ、この事実がもたらす社会的影響力は大きく、今後はただ恐れるだけの段階ではなくなるだろう。

 医学的な効果は今後改善されていうに違いない。肝腎なのは社会がコロナウイルスをアフターと考えず、あくまでウィズの時代が続くということを意識すべきだということだ。面倒な話しだが、まだ戦いは始まったばかりだ。

もう一つの難敵

 このところ気温が上昇し、2月も半ばを過ぎたことを実感する。今朝も晴れて暖かく感じる。これから一つ難敵が現れる。スギ花粉である。

 日本人が花粉アレルギーになりやすいのにはいくつかの要因があるという。特に遺伝子レベルの問題についてはもうどうにもならない。森林に杉を植えすぎたのもその一つだ。

 私は小学生の頃にこのアレルギーを発症して随分長くつきあっている。これから4月半ばくらいまでは要警戒だ。ウイルス対策で日頃からマスクを着用していることから例年よりは軽く済むかもしれない。ただ、これからのくしゃみや鼻水は周囲の人に迷惑をかけることになる。いつものように対策薬から始めてみることにする。

デマを読む

 東日本大震災の余震と見られる先日の大きな地震は多数の負傷者を出したものの死者は出なかったようだ。原発などにも事故の報告はない。ただ、今回も問題になったのはネット上に溢れた様々なデマや不適切なメッセージだ。

 ツイッターでは地震の後に人工地震というキーワードがトレンドとなった。人工地震とか地震兵器といった言葉は2011年にも散見されたが、それが非科学的であることは周知されてきたはずだ。今回はジョークとしてこの言葉が扱われている。緊急時の発言としては極めて不適切だ。どうもソーシャルメディアはこの手のメッセージに市民権を与えてしまった。

 送り手の特定はかつてより容易になったといわれる。匿名性はあるレベルを越えると維持されない。ただ、表現する自由に踏み込みすぎるとソーシャルメディア自体の価値が損なわれる。社会としても損失だ。

 結局、私たちがデマを読む力を持たなければ仕方がない。何を信じるべきなのかを日頃から意識しておく必要を感じる。地震のような異常事態でもぶれることがない判断力をいかに身につけるのか。それが大きな課題だ。

10年後の余震

 昨夜、東北地方で大きな地震があった。最大震度は6強という。かつてなら歴史的な大地震とされただろうが、東日本大震災以来、各地で発生した大きな地震にすっかり慣れてしまった。今回はその大きな数値とは裏腹に被害は大きくはないようだ。津波も発生しなかったのは幸いと言える。

 関係者の報道によるとこれは2011年の東日本大震災の余震という。まもなく10年目を迎える大地震はまだ幕を閉じていないことになる。震源地を見ると仙台沖であり、これも先の大地震のそれと近い場所だ。これより南北に離れたところで地震が発生するとされているので、まだ地震発生のエネルギーは解消されていないことになる。

 昨夜はかなり疲れていたこともあり、東京も大きく揺れたが結局そのまま寝てしまった。よくも悪しくも地震には慣れてしまっている。危機に対する私の(もしかしたら日本人の)特性なのだろう。これだけ多くの地震が続いてもすぐに忘れることができるのは、考えてみれば恐ろしい。たくましいとか、したたかとかいろいろな言い方ができるかもしれない。

 10年たって何が変わったのか。防災意識はたしかに高まった。しかし、実行に移していることは少ない。一つだけ言えるのは慌てなくなったということだ。何とかなくと割り切ってしまうことが増えた。収穫なのだろうか、退化なのだろうか。