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優しくない時代に

 貧すれば鈍するという言葉がある。景気の良かったころにも様々な問題はあった。欲望に流されて自らを失うという話はどこにでもあった。しかし、もっと深刻なのは貧困による理性の喪失である。ここでいう貧困とはもちろん経済的な問題も大きいが、さらなる問題は精神的な貧困である。

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 私自身もそうなのだが、心の安定を失ったとき冷静な判断ができず、場合によっては周囲を恨んだり、必要以上に悲観的になったりする。不安定になる要因に経済的な不安がある。これはかなり大きな比重を占める。このままの生活はできるのだろうかとう漠然とした不安である。それがまたさまざまな心の貧しさを導く。余裕のなさという方が正しい。余裕を失うと焦りとともに様々な負の感情が飛び出してくる。

 こうした状況が今の日本には潜在的にある。大半の識者は今後日本の国勢は衰退していくという。先進国ではなくなるという言い方ももう何度も接してきた。一人当たりの所得はすでに近隣の中興国のレベル以下になっているというのだ。数値的にはもうこれは否定できない。プライドという面においてこれは大きな影響力を及ぼすだろう。しかし、これは個人の成長にも言えることだが、大切なのは他人と比較することではなく、自分がいかに満足し、幸福を得られるかということだ。それが危うくなっているということに一番の問題がある。

 日本人の理想的な人物像に優しさという基準がある。これは他人に対して寛容で、かつ利他的に行動できるということを意味するはずだ。決して、他人に甘いという意味ではない。この優しさを維持することが当面の課題になると思われる。つまり、自らの生活や周囲の生活が次第に縮小傾向にある中でも他人に優しくできるのかということである。これがこれからの日本人の目標になっていくように思える。もちろん手をこまねいて衰退に進むのではなく、あらゆる努力をするべきだ。人口減やエネルギー問題などを克服するための技術や社会制度を構築し、小さいながらも堅実な生活ができる国家を目指すべきだろう。ただそれにしても今のような拡大再生産を前提とした考え方が成り立たなくなるのは事実であり、意識改革が求められることは間違いない。

 利他的に生きるというのは自己犠牲という意味だけではない。自らも他者と同一の水準でものを考え、その中での最適解を探す努力をするということなのだろう。どんなことがあってもその理想を貫ける人こそ、優しい人ということになる。今、世情をにぎわしている他者を愚者扱いして自分だけが世の中を分かっているかのようにふるまう人は優しくはない。

 2023年はこうした新しい優しさの概念を実現するために何が必要なのかを考える一年にしていきたい。私にはできることは少ないが、せめて本当の優しさを持っている人たちの紹介をさせていただくことはできるかもしれない。

2022年のおさらい(4月~6月)

 4月から成人年齢が引き下げられ18歳が成人となった。商取引の契約が18歳から可能になるため、詐欺被害などが増えることが懸念されてた。特に成人映画出演契約が理解されないまま行われるのではないかと懸念されていた。その後はどうなっているのだろう。

 知床観光船沈没の事故が起きたのもこの月だった。多くの方が犠牲になった。運航会社の危機管理の甘さが問題になった。被害者の人間模様が報じられるたびに悲しい気持ちになり、経営者の杜撰さが報道されるたびに怒りが湧いた。こうした経営上の問題はほかの観光業者にも必ずあるはずだ。見直しは進んでいるのだろうか。

 この月は教員にとっては年度の始めであり、いろいろなことが変わる。気持ちを入れ替えて仕事に臨むという月なのである。私も急速に進む教室のデジタル化に対して、いかに対処するかを悩んでいた。今も同じだが。

 5月は沖縄の本土復帰50年ということで大きく報じられた。戦争という区切りからいろいろな物が遠ざかっていく。繰り返してはならない教訓もそれを直接知る世代が減ると説得力が失われてしまう危険性がある。沖縄が抱えていた苦難はこれからも伝えるべきである。そして現状でもある格差は見逃してはなるまい。

 このころからマスクをつけずに街を歩く人を見かけるようになってきた。といってもごく少数である。政府が十分に距離が保てる場合はマスクの着用はしなくてもいいという見解をだしたことによる。これは以前から出ていたのだが、日本人は人と異なる行動をするときにはかなりの勇気がいる。一斉に変わらない限り、行動を改めることはできない。おまけにこの後再びコロナ感染が拡大し始めたこともありマスク姿は12月のいまでも標準スタイルだ。

 6月は異常な暑さになった。非常に短い梅雨と異常な暑さだった。日本は四季ではなく二季になるのではないかと冗談ではなく思ったものである。

 北海道日本ハムファイターズのチアガールの躍るきつねダンスが人気を集めていた。その歌はノルウェイのコメディアンのイルヴィスが過去にヒットさせた曲を使用した。後に本人たちが札幌ドームで歌うことになる。この成功によりファイターズガールと称するチアガールは人気を上げ、日本においてもチアガールという職業が注目されるきっかけとなったと言える。私は狐の鳴き声のオノマトペの方が気になっていた。

 半年が過ぎただけなのに実にいろいろなことがあり、多くは解決できず先送りされている感じであった。私もこのころから疲労感との戦いになっていたが、何とか乗り切れ来たのは良くも悪くもいい加減さのおかげであったといえるだろう。

エネルギーの多様性

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 欧州で進める自動車のEV(電気自転車)化はさまざまな問題があることが分かってきた。EVにすれば温室効果ガスの削減につながるという単純な発想はどうも誤りのようなのだ。

 2035年までにEU圏域で販売する自動車はゼロエミッション自動車(ZEV)にすることが義務付けられる。操作時に二酸化炭素を排出しないということで、日本のプリウスなどに代表されるハイブリッドの電気自動車は認められないことになる。これらの車は確かに走行時には電気だけをつかうので温室効果ガスは発生しない。だが、いろいろ問題があることが分かる。

 まずは性能の問題である。現状ではEVの走行距離はガソリン車より短く、こまめな充電が必要になる。自家用車の場合は自宅に停車しているときに充電するのが当たり前になるだろう。契約駐車場も充電器付きの設定が現れるはずだ。商用車になると困ったことが起きる。長距離を走るトラックなどは明らかにEVには向かない。充電にも時間がかかる。急速充電でも30分以上かかるというから、給油所ならぬ充電所は渋滞が予想される。

 そもそも電力をどのように賄うのかという問題がある。日本の場合、原子力発電は様々な問題がありこれ以上拡大できない。むしろ縮小しようというのが世論だ。すると電力は火力頼みにならざるを得ない。するとEV化のために発電量が増え、かえって二酸化炭素の排出量がふえてしまう。

 もっと深刻なのがエネルギーの一元化による弊害だ。今、豪雪地帯で起きている停電は、電力が停止するとインフラのほとんどが機能しなくなることを示している。電力に頼りすぎるとそれが止まったときにすべてが停止するという危険をはらむことになる。おそらく2030年代のヨーロッパではこの停電パニックが発生する可能性がある。

 技術者によるとEVは製造や廃棄の過程でガソリン車より温室効果ガスの発生量が増えるのだという。すると、走っているときはよいが、走る前と後のEVは環境問題に適合しないことになる。この点も考慮しなくてはならない。

 日本は欧州などの世界の流れを踏まえていかなくてはならないが、事情が異なる他地域の方法をそのまま取り入れるのは危険だということになる。再生可能エネルギーの開発は今も行われている。日本では豊富な水資源があることから水力発電が中心で、太陽光や風力の発電がある。これらは発電効率が低く、なおかつ環境を破壊する側面をもっていることから解決策とはなっていない。さらに注目されているのが水素をエネルギー化する技術である。水素からエネルギーを作る時点で電力がいるので、いまのところは完全に化石燃料から離脱することはできない。しかし、石油や天然ガスよりも温室効果ガスは削減できるとされている。発電を再生可能エネルギーに任せればさらに脱化石燃料に近づくらしい。

 いずれにしても今の科学技術では何か一つの手段にゆだねることは極めて危険な賭けとなる。欧州のような政策は理想としてはよいが、現実を考えるとかえって環境負荷を増やし、最悪の場合は全停止につながる。これは避けなくてはならない選択肢だ。日本のようなエネルギー資源がない国だからこそ気がつくこともあるはずだ。エネルギーの多様性を確保することは人類の未来にとって不可欠と考える。

沈黙のセンター

 クリスマスの思い出の一つはおそらく人生の記憶の端にあるものである。ミッション系幼稚園に通っていた私は訳も分からず毎日アーメンと唱えていた。日本人のキリスト教徒率は1パーセント程度といわれているが、多神教の素地を持つ我が国においてキリストの神様も八百万の神の一つとして信じているのだから、信じていないわけではない。聖書のエピソードなども意外と知っている人が多い。

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 幼稚園でのキリスト教体験の中でも印象的だったのがクリスマス近くに行った「おゆうぎ」だろう。キリストの誕生を演じるものだ。主役といえるは聖母マリアである。今から考えると一番かわいらしい女の子がその役になっていたのだろう。全く思い出せないが。そして、誕生を予言する博士や、羊飼いたち、そしてマリアの夫であるヨセフなどがキャストである。私はそのヨセフの役であった。

 聖書のなかでヨセフは聖職者の指示に従い、精霊を宿したマリアを罰することなく自分の妻として迎え、生まれたイエスを自分の子として育てた。誕生後すぐに権力者からの弾圧から逃れるためにベツレヘムからエジプトに移住することを断行したり、一時行方不明なったイエスを探したりしている。キリスト教徒にとっては神の誕生を支えた人物ということになる。

 その重要な役柄だが、「おゆうぎ」では真ん中でただ立っているだけの役だったように記憶している。マリアにはセリフも所作もあったと思う。博士や羊飼いたちにも動きやセリフはあったと記憶している。しかしヨセフはただ立っているだけだった。

 おそらく小さな幼稚園の部屋の一角で行われたに過ぎないのだが、記憶の世界ではある程度大きな教会で背景にオルガンなどがあり、たくさんの信者の前で演じているという風に脚色されている。でもそれだけ装飾された記憶の中にもセリフはない。確か風邪か何かにかかって少し熱があり、立っているのもつらかったということしか覚えていない。これもあとづけかもしれない。

 クリスマスの思い出としてこの歳になっても思い出すのは沈黙のセンター経験である。

バイクのサンタ

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 クリスマスイブの国道246号線には面白い風景が繰り広げられる。サンタクロースの大量発生である。もちろんこれはこの道だけではあるまい。本当の伝説上のサンタクロースは雪道をそりで行くのかもしれないが、東京ではバイクに乗って自分で運転している。そしてピザやすしを届けるのである。

 おそらくクリスマスのサービスとして配達員にサンタクロースの衣装を着せるのだろう。運転しやすいようにひげはつけない。若者たちが任務を遂行しようとしている。おそらく依頼者はその衣装に一瞬驚き、喜ぶのだろう。そのために赤と白の服を着る。

 そのほかただ走ることが目的のライダーたちもいる。中にはサンタ集団を形成するものもある。もちろんその中には角をつけたものもいて、彼も自分でバイクを操る。ドライブは自由だが聖なる夜を爆音で汚さぬようにしていただくことをお願いしたい。

 降雪地域の方々には本当のサンタが訪れるはずだ。無理をして外出しない方がいいらしい。除雪も慎重に。私も雪国に住んでいたころ、クリスマス寒波に慌てたことがある。止まない雪はない。怪我などされませんよう。

屋台で一杯

 最近屋台を見ない。私が学生の頃には駅前に怪しい屋台ができ、おでんを中心にちょっとしたつまみを出す店があった。私はその頃(も)金がなく、常連という訳にはいかなかったが何度かお世話になったことがある。

 サザエさんでは波平とマスオが屋台で飲んで帰るというシーンがあった。昭和世代にとっては気ままに立ち寄れる場所だった。衛生面でかなり気になることろはあったが酒が入ると気分が大きくなることで大抵は問題ならない。食中毒になったこともない。皆、焼いたか茹でたかしたものだったからだろう。

 学生(院生)の分際で飲むのは少々引け目もあった。ただ私の行った大学は比較的大きかったことや近隣の企業に先輩がいたことなどから、時々ごちそうになったこともあった。呑みニケーションがあった時代を懐かしんでいる。

 いま、見ず知らずの大学の後輩におごる度量もない自分をふがいなく思う。活気と猥雑なエネルギーとが混在した時代だった

雪道の運転

 雪国に住んでいたころ、降雪があると大きな覚悟が必要だった。それは職場まで自動車でたどり着かなくてはならないということだった。

 北国の人であれば雪道の運転は当たり前である。しかし、にわかに北陸の人となった私にはかなり過酷な試練であった。何しろ東京に住んでいたころは車の運転自体をほとんどしなかったのに、いきなり毎日運転してしかも雪道の斜面の上の職場に通ったのである。初級編を飛ばしていきなり中級編の最後の方のページに取り組むようなものだった。

 ブレーキの踏み方は特に注意した。交差点ではスリップする分を割り引いて制動する必要があった。特に危ないのが橋の上だ。凍結していることが多く、車体が左右に振られることも多い。最初の一週間は本当に恐怖の連続だった。次第に慣れてくるとそこそこの運転ができるようになってくる。油断をするとまたスリップする。幸い雪道で事故を起こしたことはなかった。しかし、あと少しで危ない状態だったということは何度かあった。

 これは地元の皆さんでも同じで、冬場になると脱輪する車にたびたびあった。中には田んぼの中に転落して逆さになった車のなかから乗っていた人を助けたこともある。幸い全くけがはなく車も軽微な損傷で済んでいた。ただ、初めて現場に遭遇した時は大いに驚き、救急車を呼ぼうとして当事者に止められたのを覚えている。

 昨夜から日本海側を中心に雪が積もっているらしい。ぜひ安全第一にお過ごしいただきたい。私のようなへっぴり腰の方が事故は起こさないのかもしれない。過信は禁物だ。余計なおせっかいだが。

海辺の町

 北陸の小さな町に住んでいたとき楽しみの一つに漁港の周りを歩くことがあった。多くの漁船が並ぶ中で、カモメがいくつも並んでいたのを思い出す。波けしブロックにあたる波は夏は穏やかで、冬は激しかった。海辺にある魚屋は高級な魚種の販売を中心として、結構いい値段のものが並んでいたが、そのわきに切れ端のようなもんが詰め込まれていた。私はそれを買って帰って味噌汁の具にしたものだ。これが結構うまいもので、小骨に気をつけさえすればいい料理になる。パックは当時、かなり入っても100円だった。懐かしい。

 浜辺の方では時々地引網を引いていた。引き上げるとたくさんの魚が入っている。それを子供たちが興味深く見に来る。漁師たちは不愛想に金になりそうな魚をえり分け、そのほかのいわゆる雑魚は見に来た子供たちに分け与えていた。雑魚といっても十分な大きさと味もなかなかと聞いた。

 私は比較的時間に縛られない仕事をしていたので、昼間から漁港に出かけていた。漁師たちはそれを不思議に考えていたはずだ。残念ながら一度も話しかけたことはなかったし、話しかけられたこともない。今から思えばちょっと残念である。

卯年にむけて

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 来年は卯年である。ウサギにかこつけて飛躍の年という人がいる。またボウの音が古代の「茂」の音に通うところから、植物が繁茂している状態になるということもあるようだ。そこから繫栄なり、発展なりを連想する向きもある。

 いずれも後付けの説明のようで、本来は子から数えて4番目を意味するだけの記号であったというのが事実に近いらしい。ベトナムではウサギではなくネコの年らしい。何を当てるのかも民族によって違うのだ。

 でもそれが非科学的であろうと、歴史に基づかない民間語源説であろうと信じる者は救われるのかもしれない。ウサギのように飛躍し、植物が生い茂るように自分の夢を広げていく、そんな1年を期待する。

 年賀状に「卯」の字を書きながら、思うのは自分はもちろん社会の飛躍と安定である。

虚礼ではなく

 年賀状を書く季節になった。先輩の中にはこれで賀状交換は終わりにしたいとおっしゃる方もいる。寂しいが仕方がない。これはもともと義務でやるものでもないし、いわゆる義理でもない。いわゆる虚礼にならないように私も方針転換をする。つまり、来年からは出したい人だけに出すことにする。

 これまでは仕事上の関係とか、公平性(?)とかいろいろ忖度して賀状を書いていた。これからは年齢や経歴や過去の関係とかを考えずに出したい人にだけ出すことにする。それが虚礼ではなく本当の挨拶だといえると信じることにする。だから、一枚にかける時間は長くし、思いをしっかりと書く。それが書けない人には出さない。この方針で行くことにする。

 私から年賀状をもらったらきっと「読み応え」はあると思う。ただ、それも相手がどう思うかは様々だ。それは気にしない。挨拶したい人だけに丁寧にあいさつする。それが私の方法ということだ。このくらいのわがままは許される年齢にはなっていると思う。