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燕の巣

 ときどき利用する駅には燕が営巣している。今年は3カ所あり、すべてがうまく雛が育っているようだ。

 巣のある場所の下には三角コーンが置かれ、頭上から落ちてくるものに注意するようにとの但し書きが付いている。誰もこの不自由さに不満を述べる者はなく、当たり前のこととしている。

 燕が人間と共生するようになったのはいつからなのだろう。この鳥が南方からの渡り鳥であり、その雛がまた戻って来ることを古人は知っていたのだろうか。燕が雛に与える餌の多くは昆虫であり、かつては農業を支える益鳥であったことをよしとしていたのだろう。都会の人間にもその記憶は残っているのかもしれない。

 燕が人のよく通行する場所に営巣するのは、天敵たちが近づけないことを見越しているからなのだろう。それを発見するまでの歴史に自然と惹かれてしまう。

暑い日々

 中期的な気象予報によればこれからの1か月は10年に一度のレベルの高温になるという。最近はこの種のニュースがありふれたものとなり、あまり刺激を感じなくなっていることも確かだ。

 隣接する市では、熱中症対策としていざというときに利用する避暑所というべきものを市民に示している。公立の施設が大半であるが、ショッピングセンターなどもある。買い物目的でなくても使ってよいと言っている訳だ。

 商業施設は入りやすいので改めてここにうたわなくてもよいのかも知れない。一部の人以外はあまり利用することが少ない文化施設や、庁舎などの開放は役に立つかもしれない。

 しばらく真夏日が続く。適度に避暑を忘れないようにしたい。

明日は夏至

 明日は夏至だ。年間で最も昼の長さが長い日である。これまでは夏至と言っても梅雨のさなかで、夏を感じることはなかった。それが昨今は文字通りの夏の至りとなっている。

 大気が熱されるのには時間がかかるらしく、年間の最も暑い季節が8月であるのもこのことが関係している。熱されにくく、冷めにくいのが大気の性質なのだ。

 それなのに、6月の時点でこれだけ暑くなっているのはやはり異常というしかない。原因が人類の生産活動にあるというのが科学上の定見である。そうでなくても両極の氷は確実に溶解し、海水面は上昇している。台風などの異常気象現象が増えて未曽有の脅威に晒されている。

 夏至を迎えて私が思うのは、この世の節目が少しずつずれていることだ。私が子どもの頃の基準とは異なる何かがある。伝統的な季節観によって成り立っている歳時記的な自然がいつまで通用するものなのか、それがとても気にかかる。

今日は酷暑か

今日の予想最高気温は34℃という。いわゆる酷暑まであと少ししかない。子どもの頃、30℃を越える日はそうそうなかったと記憶している。32℃ともなるとこの世の終わりではないかと何となく考えていた。今となっては懐かしい思い出だ。

最近は酷暑日なる範疇ができ、それも定着してきた。6月にしてこの気温なのだから、この先が思いやられる。

下旬

 6月も半分が終わった。やるべきことが終わらないまま、過ごしてしまったことになる。どうも来週はかなり暑い日々になるようだ。煮え切らないというより、湿り切らない梅雨が続くことになる。

 なんとかしなくてはならないと思うほど、何もつかめなくなると感じる。できなくて当たり前と割り切るようにしたい。他人に迷惑をかけない限り、オウンペースで切り抜けたい。

 

濡れた傘の持ち方

 雨が降ると傘のことが気にかかる。電車に乗って移動することが多い私にとって濡れた傘をどうするかは大きな問題だ。満員電車に乗ることが多いので一層困っている。

 傘は持ち方によっては他人を濡らしたり、先が当たってけがをさせるおそれがある。だから、私は折り畳みを利用するが、これだと今度はそれをどのように持つのかが問題になる。いまは傘についている袋を濡れたままでも無理やり入れてしまって、傘を小さく収納している。それでも雫は気になってしまう。

 おそらくすでにあると思うが、その袋に入れると速乾する素材のものがあればいいと考える。その都度、水を切ればいいと思われるかもしれないが、都会に住んでいるとそれもなかなか難しい。傘の持ち方の工夫はこれからも考えていきたい。

五月晴れというより

 今日はかなり暑くなりそうだ。東京でも真夏日になる可能性がある。先日梅雨入りしたばかりだが、早くも中断した。

 昔の言い方だと五月晴れなのかもしれない。今日は旧暦で言うと5月17日であり、皐月の只中なのである。ただ、伝統的季節感とは異なり、気温が高すぎる。五月猛暑なる言葉はないがそう言いたくなる。

 暑熱順化が整わない今頃の方が熱中症に罹りやすいと聞く。日々の気温差も身体にダメージを残しやすい。意識して給水、汗をかくことを厭わないことが必要だ。

駅の紫陽花

駅の紫陽花

最寄駅の構内にある植え込みに咲く紫陽花はこれからが見頃だ。元は日本のガクアジサイであり、それが国内外で品種改良されて今に至るという。シーボルトの逸話も有名であり、この花への接点はいくらでもある。

 その中に蓄える毒のことなど、実に奥深いが、梅雨空の癒しとしてこの花の果たす役割は大きい。地質により色変わりするという繊細な生態も魅力だ。

 紫陽花に救われる日がこれから増えるのだろう。花に報いることはできないが、せめて霖雨の季節を乗り切ることを目指したい。

梅雨入り

 関東地方も梅雨入りした模様だ。今日は朝から雨、いまは止んでいるがいつ降ってもおかしくない感じがする。

 気象関係の会社のコメントによれば今年の梅雨はかなりメリハリのあるものになりそうだとのこと。降れば土砂降り。晴れれば猛暑。これを梅雨と呼んでいいのかと思う。果たして本当はどんな季節になるのだろう。

 唱歌の「夏は来ぬ」に描かれる。五月女の田植えや水鶏の独特な鳴き声など水田の風景は今の住まいからは別世界だ。恵みの季節になってほしいと願う。

明日にも梅雨入りか

 今日は薄雲が一日中多い、夕刻には雨がぱらついた。天気の週間予報を見ると明日からおおむね雨か曇り、おそらく関東地方も明日には梅雨入りするのだろう。

 梅雨というのは梅雨前線と呼ばれる停滞前線がその地方に継続的にかかる状態をいうそうだ。今日の天気図をみると、本州の南海上に梅雨前線がつながっており、九州南部はそれが一部接している。これが北上すると本格的な梅雨が始まるということだろう。

 関東地方の梅雨入りの平均日は今日(6月8日)らしく、今年はほぼ平年並みの梅雨入りとなりそうだ。例年、梅雨末期に水害が発生する傾向にあるので、これから備えておく必要がある。といっても私のできることは限られている。雨に降られても何とかなるように着替えを職場に用意しておくこと、ズボンの上に穿くレインコートを用意しておくこと。折れない傘を用意しておくことなどがある。おそらく、そのどれかを忘れて慌てふためく自分の姿が思い浮かぶ。

 適量ならば恵みの雨だが、最近の天気は過激で変動が大きい。被害が出ないことを心より願う。