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初雪

 夜に車を走らせていたら、突然ゆっくりと落ちるものが降ってきた。それが今年の初雪だった。ほとんど晴天で雪など降ろうはずないと思っていたが確かに舞い落ちていた。

 数分のうちに止んで元の関東の冬に戻った。強烈な寒波のために雪雲の成れの果てが最後の役目を果たしたのかもしれない。そう考えてみると愛おしくも感じる。

 今回の寒波は1週間ほど居座るという。雪国の皆様には無理せず無事にお過ごしいただきたい。相対的にはそちらの方が豊かなことは知っている。雪下ろしの際に油断は禁物だ。

 関東に移り住んでもう20年以上も経つと雪の害も益も分からなくなる。ただ、降雪は試練ではあるが、それ以上に恩恵も大きい。

 東京で数分降った雪に心を乱している事自体がすでに変質してしまったということなのだろうか。少なくとも脊梁山脈の彼我に暮らした経験は、無駄にはならないと考えている。

寒波再来

 2日間の暖かすぎる日々が終わり、再び寒波がやってきた。今回も日本海側にはかなりの降雪をもたらしそうだという予報がある。関東は雪は降らないが乾燥した寒風が肌を刺すかのように吹き荒れる。

 気がつけば2月も後半になり、梅の咲くのもわずかだ。人の心も自然と浮き立ちやすい。それを戒めるかのような寒さだ。それはそれなりに意味があるのかもしれない。

 一年の中で2月がもつとも寒いのは日照時間の短さが遅れて気温に影響するからと学んだことがある。私としては春の暖かみを味わうためのアクセントと考えることにする。二月は逃げる、三月も間近だ。

強力な寒気

 強い寒気が日本列島を覆っており、北日本では記録的な積雪を観測している。帯広では24時間で124㎝の積雪があったという。北海道でも帯広は積雪が少ない場所であり、100㎝以上の積雪は55年ぶりという。ライブカメラで見る限り、北陸から東北にかけての日本海側は海岸近くはまだ積雪は少ないようだが、山間部はかなり積り始めている。

 関東は乾燥した天候になりやすいが、今日は雲がかかっている。脊梁山脈を越えて平野部まで雲のかけらが到達しているのだろうか。異常な乾燥が和らいだのはいいが、やはり寒さが気になる。そしてかつて日本海側の住民であった私にとって山の向こうの天気が心配でならないのである。

立春

 立春は名のみでとても寒い一日だった。ただこれが春の始まりであることは違いない。今シーズン最大の寒波が到来しているらしいが、寒さの後には春が来る。

 『万葉集』の最後の歌は天平宝字3年(751)1月1日、大伴家持が因幡国庁で歌った。

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけよごと

である。朔旦立春というめでたい年だったらしい。旧暦1月1日と立春が同日になることである。太陰太陽暦では月を基準とした暦日と、太陽の位置を基準とした節気とが併用されており、これが年によって変動するのだ。日本においては次は2038年であるという。13年後である。

 『万葉集』の巻末が立春の歌であることと、『古今和歌集』の巻頭歌が立春であることは偶然であろう。

年のうちに春は来にけりひととせを去年とやいはむ今年とやいはむ

 在原元方の歌である。いわゆる年内立春を歌う。旧暦元旦より先に立春が来てしまったので、昨日までの日々をもう春になったから去年と言おうか、まだ元旦になっていないから今年と言おうかという歌でかなり理屈っぽい。背景には春が一年の始まりという観念がある。正岡子規はこれを酷評したが、当時の人からすれば理知的な作風はかなり評価が高ったはずだ。だからこそ記念すべき最初の勅撰和歌集の巻頭に据えられたのだろう。暦日の矛盾をテーマにした作品はほかにも多くある。

 立春に期待する気持ちは古代からあったようで、実は年間でも最も寒い時期であるのにも関わらず、来るべき春の気配を必死に感じ取ろうとしていたのだろう。私は古人ほどではないがやはり春に何かを求めてしまう気持ちはある。

ソーラー時計に不安な季節

 私の腕時計は太陽電池で動いている。スマートフォンと同期するいわゆるスマートウォッチでもある。ソーラー発電によるスマートウォッチはさほどない。機能は限られているが、バッテリー切れを気にせず使えるのはありがたい。

 ただソーラー腕時計を使うものにとって今は忍耐の季節でもある。日光を十分に当てられず、だんだんと充電量が減ってしまっているのだ。関東に住む私にとって日光は冬でも十分にある。ただ、上着や外套を着ると時計が袖の下に隠れてしまい。時計に光が届かないのである。私の時計は残りの電力が表示されるのだが、見るたびに情けない状態になっている。

 ソーラー電池用の発電ための電灯があるそうだが、本末転倒な機械には躊躇する。でも、上着が取れる季節までは時々袖をまくり上げて光を当てる日々が続きそうだ。

2月始まる

 明日はかなり寒くなるとの予報が出ている。東京の場合、もしかしたら雪が降るのではないかという予報もあるらしい。ただ、おそらく積雪はほとんどなく、雨かみぞれが降る可能性が高いとのことだ。

 冬至は12月下旬だが、年間で最も低温になるのは2月と聞く。あわただしく過ぎてしまう月が実は冬のピークを作る期間だ。これまで私も2月の寒さ、雪に驚かされたことが何度もある。ここ数年の猛暑は降雪を増やす条件であると聞く。2月に雪害が起きないことを心から祈る。

花粉飛散今年は悲惨

 先日の新聞によれば今季のスギ花粉の飛散は例年よりかなり多いらしい。いわゆる花粉症の私にとっては脅威そのものだ。

 フェキソフェナジンなどの対策薬を服用するようになってかなり楽になったことは確かである。眠気の副作用も以前の薬と比べるとはるかに少ない。でも、うららかな陽気に気兼ねなく外出ができないのはかなり残念だ。

 聞くところによると、花粉症を自覚する人の数は年々増えているらしい。今までは大丈夫だったのに、ある時から急に激しい症状が出たという話をほうぼうから聞く。どうも花粉に対する耐性には限度があるらしい。

 花粉症に日本人がかかりやすいのは遺伝的特性という人もいる。植林計画の誤りという人もいる。花粉が出にくい品種改良がなされそれに置き換えつつあるとも聞く。何とかなればいいと思うが、私の命のスパンには間に合いそうもない。

 コロナ禍を経てマスクをつけることに抵抗感がなくなったことは事実だ。朝晩はマスクをして電車に乗ることになる。面倒だが仕方ない。

朝は氷点下

 ここ数日、朝の冷え込みが大変強く、氷点下になることもある。風が吹くと体感温度はさらに下がるから結構辛い。全身の疲労感倦怠感を覚えるのはなぜなのかと思えば、おそらく朝の保温のために体力が注ぎ込まれることにあるのだろう。

 筋肉の低下という問題に直面している。すぐに筋肉痛を感じるのはよくない。極力歩き、座らず、階段は歩くという方針で運動の代わりにしているがやはり、それなりの活動はいるようだ。何かやらなくてはとは考えている。

元日という言葉

 元日という言い方は古いのだろうか。若い世代では元日という言葉を使わなくなっているのかもしれない。先日、ある場所で若者の話すのを聞いているとどうもその中に元日の意味がわからないという人がいるようだった。1月1日のことだと仲間に教えてもらい。知らなかったと答えていた。どうも、それまでの人生に元日はなかったようなのだ。

富士山

 年賀状に書く元旦の方はもっと分からないのだろう。1月1日の朝を意味するこの言葉を知らなければ賀状の意味は理解できないし、年賀状のお返しに元旦と書いてしまうことになる。もっとも最近は年賀状を書くこと自体が減っているからこの心配は無用なのだろう。

 旧暦においては元日は皆が一斉に歳をとる日であり、神を迎え共に御膳をいただく神聖な1日だったはずだ。今は単なる通過点に過ぎない。あえて言えば商店等が休業になる所が多いということだけが他の一日と異なるだけなのだろう。

 今年の元日は能登の大地震が発生し、大変驚いた。何があるかわかないが、石川啄木の「何となく、今日はよい事あるごとし。 元日の朝、晴れて風無し。」のような1日になってほしいと願うばかりである。

椿と山茶花

Photo by Keijiro Takahashi on Pexels.com

 冬の花として椿と山茶花は寒風に負けず鮮やかな花を見せてくれる。両者は一見似ているが、山茶花が10月ごろから咲き始めるのに対して、椿は12月ごろからで花期が違う。ただ12月以降は品種によっては重なって咲く。
 葉の大きさが大きく、つやがあるのが椿であり、小さ目で細かな毛があるのが山茶花であるが、決定的に違うのが花の咲き方と散り方で、椿の花はカップ状に咲くが、山茶花は平たく開ききる。また、椿が花ごとぽとりと落ちるのに対して、山茶花は花弁がばらばらになって散る。これが最も分かりやすいようだ。
 山茶花は日本固有種ともいわれており、学名もCamellia sasanquaと日本語がそのまま採用されている。ちなみに椿はCamellia japonicaだが朝鮮半島や台湾にも分布するらしい。ヨーロッパに紹介したGeorg Joseph Kamel(ゲオルグ ジョセフ カメル)という宣教師兼植物学者の名前を冠してこのような名前になったようだ。日本の花として紹介されたということになる。
 園芸種としても珍重され、さまざまな品種改良がなされている。なかには椿と山茶花を交配したものもあり、それは両方の性質をもつものもあって既述した区分で分けられないこともあるという。
 ついでにいえば茶の原料となるチャノキもツバキ科であり、Camellia sinensisという学名だ。sinensisは「中国の」という意味らしい。椿と山茶花と茶の木が実は近縁種であったとは。身近にも知らないことは多いものだ。