明るすぎる人は

 明るすぎる人には裏があるという。経験上、ある程度の信憑性はある。内面に何かを抱えている人はそれに対する反発のため、明るく振る舞うのだろう。もちろん、根っから明るい人はいる。性格の問題であれば問題はない。ただ、それが無理に表出されているものであるのならば心配になることが出来する。

 自分自身のことを考えてみても、日常のどうしようもない苦悩に疲れると人前では無理に陽気に振る舞うことが多い。自分の暗さを見透かされないように必死になるからかもしれない。事情を知らない人は私をポジティブな人間と思うこともあるようだ。抱えているものの大きさ、重さを隠し通すことは真逆の行為でごまかすしかないのだ。

 明るく振る舞うことが自分の心の平安を保つための手段とすれば、それを尊重することには意味がある。バランスを取ろうとするいわば健気な振る舞いを暖かく見守るべきだろう。

 

対策薬

 このところ気温が高くなっている。今日は最高気温が20℃に達するかもしれないという予報が出ている。こうなるとスギ花粉の飛散も本格化する。敏感な人はすでにアレルギー症状が出始めており、私もそろそろ対策しなくてはならない。

 最近はフェキソフェナジン系の対策薬を服用することが多い。比較的眠くなりにくいのがよい。ただし、まったく副作用がないわけではなく、特に飲み始めは違和感が起きる。ただ、何もしないよりよいので始めざるを得ない。

 昔は不治の病とされ、どうしようもなかったことを考えると現状はかなり改善されたと言える。春の光を謳歌できるようにやることをやらねばなるまい。

表現の多様性

 表現の多様性は生活の質を上げるためにも不可欠である。言語による表現は我々の思考と行動の全てに影響を与える。実際には連続的でしかも不定形の世界を言葉はあたかも定形のピースが存在するかのように世界を切り分ける。これは多くの言語学者が述べていることなので改めて言うまでもない。

 使える言葉が少ないと世界の切り取り方は雑なものになる。現代社会は大量生産にとって物が増え、さらにインターネットなどの情報サービスの発展により、物質を超えた情報が重視されている。なんでも機械が処理するせいか、人間が使う言葉の方は貧弱になっており、使える言葉の数が減少しているかのようである。極端にプラスかマイナスしか表現できない。評価の種類が少なく、判断者の意図が正確に伝えられない。

 言葉の数を適度に増やすことは意識して行うべきことだろう。教育の担当者はこの点に十分に配慮すべきだ。そして、個々の学習者が言葉に対する好奇心を持ち続けることが必要なのだ。

アメリカの大統領選挙が気になる

 口さがない言い方をすれば次のアメリカの大統領選挙には危険性を禁じえない。バイデン大統領は高齢であり、いい間違えや記憶違いが目立っているという。80代であれば無理もない。人間的には良いのだが、高齢であることだけはいかんともし難い。緊急事態のときに果たして適切な判断ができるのか心配になる。

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 対して共和党はトランプ氏が代表になることが確実視されており、彼のアメリカ至上主義はアメリカ国内のみならず世界の分断化を加速してしまう。できれば再登板は避けてほしい。

 この両人以外の人材はなぜ出てこないのだろう。アメリカほどの国が世代交代できない理由が分からない。政治の世界には独特の雰囲気があるのだろうか。

 我が国にも失言と知識不足を何度も繰り返しながら引退しない政治家がいる。総理になるためには無視できない権力を持っているらしい。政治家に定年は要らないが、しかるべき年齡に達したら勇退することを考えた方がいい。老人と狂人の争いと揶揄される大統領選挙をアメリカ国民はどのように考えているのだろう。

無駄な時間

 時間を節約するためには無駄な時間を書き出し、時間を可視化して自覚することから始めようといった内容のネット記事を読んだ。至極正論である。ただ、無駄な時間とは何なのかと問い直すと少々怪しくなる。

 仕事をこなす上で、直接労働にかかわらなかった時間を無駄な時間と定義するならばわかる気がするが、ならば仕事をしている時間だけを集めればその人の効率は上がるのだろうか。大いに疑問である。この考え方は明らかに人間を機械に置き換えている。スイッチの切り替えで仕事ができたりできなかったりすると考えるのは無理がある。

 無駄な時間と思われるものが実は何かを行う上では重要であつたりする。なにもしないことによって、次にできることが現れることもある。極めて乱暴な言い方だが時間に無駄を感じること自体、時間をうまく使っていないことになる。

 私たちが過ごす時間のすべてには何らかの意味がある。それをどのように活かすことができるか。それが本当の時間管理というものだろう。

国とは何か

 建国記念の日はその前進を紀元節という。初代天皇とされる神武天皇が橿原宮で即位したという日本書紀の記述を強引に現行の暦に当てはめたものであり、神武天皇の存在自体が伝説化されたものである以上、史学的な根拠は乏しい。紀元節は国家としてのアイデンティティを強化し、国威発揚を目的とした行事であった。

 戦後この祝日を復活することはGHQにより拒否されたが、その後、紀元節の色合いを薄め建国という事実そのものを祝う日という意味を込めて建国記念日とすることで野党などの同意を取り付け今にいたった。他国からの独立とか未開の地への移動によって国家が建設された場合は具体的な日付が特定可能だ。しかし日本のように天皇制が維持されてきた国家で、しかも創成期が有史以前に溯ってしまう場合はいつが始まりということはなかなか難しい。

 ならば、一体、国とは何なのか。神武天皇以前に日本列島に住んでいた人たちはこの国の住人ではないのだろうか。神武天皇の即位に関連づけて建国記念の日を決めた以上、やはり天皇制の開始を国の始まりとしていることになる。天皇は日本の象徴ということはこういう意味である。

 国としての勢いが弱くなりつつあると言われる日本において国とは何かを考える必要がある。かつての皇民教育が国民を戦場にかりたてたことは忘れてはならない。ただ、この国の歴史や、先祖が伝承してきた伝説、口碑の類は知っておく必要がある。

 

花見は早まりそう

 気象関係者によればこれから高温傾向となり、梅や桜の見頃が早まりそうだということだ。花粉の飛散も始まりそうである。

 最近はマスクをせずに外出しているがそろそろ花粉症対策を始めなくてはなるまい。対策薬も服用を検討しよう。

 東京は雪のが日陰ではわずかに解け残っているが、もう次の季節だ。これから体調を崩さないようにしたい。

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富山湾のイワシ

 富山湾で異常なほどマイワシが獲れているそうだ。漁船に積みきれないほどの大漁で網に掛かってもそのまま放流している現状だという。

 確か昨年も大漁のイワシが海岸に押し寄せたはずだ。気候変動と先日の能登半島地震の影響を考えたくなる。豊漁は価格の下落をもたらす。しかし、豊漁のあとは不漁となる可能性が高い。収穫量を調整するとともに保存方法や有効活用を考えたい。

 イワシはかつては下魚の扱いだったが、鮮度さえ保たれれば金の取れる魚種となった。加工の仕方次第では和食にも洋食にも合う。干物としても使える活用法の多い魚だ。

 日本近海で取れる魚は食料自給の鍵となる。大漁のイワシをいかに使うのかは今後の日本の食のあり方を考える試金石となるはずだ。

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人生の特別な場所

 病院に行くことがあった。緊急入院の手続きをする家族の横に嬰児を抱えた若い母親が並んでいた。当たり前のことだが、病院は人生のターミナルである。そこが目的地ではなく、通過する場所であるのにも関わらず、多くの人々が通り過ぎる。

 人生で一度も入院したことがないのが私の自慢であるが、よく考えてみれば生まれたときは病室にいたはずだ。これから何らかのきっかけでお世話になることもあろうし、そこで生命の終わりを迎えるのかもしれない。

 こういうことは日常生活の中ではまったく意識に上らない。緊急車両が目の前を通り過ぎたときでさえ、他人事としか思えない。いざというときになってたち現れすべてを覆ってしまう。人生にはこういう特別な場所がいくつかある。

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難題

 バイオリズムなるものがあるか知らないがいまはその下降段階にある。様々なことに問題が発生している。それをただ受けとめるしかない。大切なのはこの状態も長くはないと諦観することだろう。なんとかなる。そう思うしかない。