紅葉の絵

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 いつか描きたいと思いながらいつまでもできていないのが、紅葉のいろいろをスケッチすることだ。一枚一枚の葉を描いてみたい。同じように見えて決してどれ一つ同じではない。風に舞う頃、その何枚かを持ち帰ってスケッチブックに写してみたい。きっとうまくは描ききれないだろうが、この営みをすることで生きているということの意味を深く感じられるような気がする。

 本当の紅葉はそれがいくらきれいでもやがて土にかえってしまう。写真にとっても何か薬品につけて保存したとしても、それはもう本物ではない。本当の紅葉の美しさは移ろいの中の一瞬にある。その一瞬をせめて描いてみることには意味があるように思う。

 季節の移ろいを感じさせる秋の風情はやはりいいものだ。

戻ってきた賑わい

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 今日は東京の都心に出かけた。好天であったせいかかなりにぎわっていた。外国人らしい姿も多くもとの街の賑わいが戻ってきたようだ。経済的な停滞は大きな問題だが、少なくとも都心の様子はかつてと変わらない。

 コロナウイルスの克服にはいまだ至らず、感染者の数も多いままだ。しかし、インフルエンザのレベルの警戒感になりつつある。特効薬がないのは同じだからだ。油断はできないが、あまりに警戒しすぎてもいけないということだ。世論がそのように流れてきている。マスクを外す人も出始めている。それを非難する人も少しずつ減りつつある。

 私はといえば、マスクをつけることがすっかり習慣化してしまった。つけないでいると何か不安だ。感染不安ではなく、様にならないという思いがしてしまうのだ。これも問題だと思う。いろいろな意味でこの数年間で生活や精神状態は激変してしまった。

秋晴れ

 久しぶりに穏やかな秋晴れだ。仕事をしている平日は晴れても無関係だが、休みの日に晴れるとやはり嬉しい。

 朝、自宅の周りを散歩するといつの間にかすすきが生えている場所ができた。おそらく誰かが植えたのだろう。すすきもいまや園芸の対象だ。

英国首相辞任

 

イギリスのトラス首相が辞任することになった。短命政権だった。彼女がなぜかくも早く降板するのかを知ることは我が国の参考にもなる。

 トラス首相が打ち出した減税策は英国経済を再生させるための方策だった。金を回せば国民は豊かになるというのは、経済の鉄則だ。それを分かりやすく実現しようとしたのだろう。

 ところがこの減税の割合が大きすぎた。財源確保がなされないまま減税することは国家の信用を損ねる。そこで英国の株式が暴落し、多大な損害が出ることになった。おそらくかなりの割合の英国株を買っているのは、英国以外の投資家だろう。信用がなくなれば売りに出され、価値は下がる。首相はこの点を軽視していた。

 もはや自国の経済を支えるのが自国民や自国企業だけではないということを今回の事例は強烈に示してくれた。場合によっては他国の意向で国の状況が左右されてしまうのだ。欧州連合を離脱するあたりからこの感覚が欠如していたのではないか。

 日本もそのことは変わらない。国民向けに甘言を放っても、実現不可能とみなされれば、国際市場から外方を向かれ、ついにはマイナスの打撃を受ける。野党にも与党にも、巧言令色を吐く方は多い。そのうちどれが将来を見越したものなのかを考えておく必要がある。

アクセス解析から

 私のブログは何も目新しいことはないが、毎日何か書くという点だけは続けている。内容よりは継続に重点を置いていると言えるかもしれない。

 アクセス解析機能を使って私のブログの訪問者を調べてみると、日本だけではなくいろいろな国からアクセスしていただいていることが分かる。もちろんこの中には意図的に他国のサーバーを通してアクセスしていただいている方もいるはずだ。WordPressのアクセス解析もフラッグカウンターの統計も参考にさせていただいているが、事実かどうかは保留している。

 それでもlikeをつけていただいた方のブログを訪問すると、英語だけではなくロシア語やイタリア語、そしておそらくスウェーデンの言葉と思われる言葉でブログを書いておられる。私のブログはほぼ日本語で書いているので、それらの国の方はどのように読んでいただいているのか分からない。私は英語を読むことはなんとかできるがその他の言語はまず無理だ。ロシア語のブログはネット翻訳でなんとか読み取れる。イタリア語も出来たつもりになっている。しかし、この翻訳が本当にあっているのかという検証はできていない。

 このようにかなり怪しいのだが、それでも海外のブロガーの文章を読むのは楽しい。素直に同意できるものもあれば、意味が分からないものもある。そのどれもが語りかける。ものの考え方は多様で多彩だ。自分の周囲の状況だけで物事を判断するのはおかしいのだということを。

もてなししたくても

Welcome to Japan. Your choice is good.
But, just moment, please.

 外国人受け入れに舵を切り、なおかつ歴史的な円安にあって、観光業は活気づくはずなのだが、どうも簡単には行かないようだ。もてなししたくてもできない事情がある。

 コロナ騒ぎの中にあって国内の観光業はかなり疲弊してしまった。人員削減や店舗の閉鎖などを行い延命しているのが現状だ。そこに外国人が戻ってきてももはやそれを受け入れる受け皿がないのだ。

 観光客の本格的に戻ってくる前に少しずつ営業をもとに戻していく必要がある。これはうまくやったほうが利益が上がるから競争になるのかもしれない。観光業の弱点を知ってしまった労働者をどれだけ呼び戻せるのか。あらたな商機はないのかを探るべきだろう。

 もてなししたくてもできないという状況を打破して、できることから始めるべきだ。この際、新規参入者も出てくるのではないか。

たわわ

みかん

 以前も書いた隣家の蜜柑の木が豊作の果樹のために大きく撓んでいる。中には地面に付きそうな枝まである。

 道に面したこの木は手を伸ばせば誰でも取ることができる。にもかかわらず誰も手を付けず、鳥たちも餌にしていない。まるでもう少し甘くなるのを待っているかのようだ。

 木には言葉がないのでこの状態をどう考えているのか分からない。実の中に仕込まれた種を遠くの適地に運ばれることを期待しているのだろうか。多大なエネルギーを消費して自らの生命を危険にさらしてまで結実させようとする命の営みに感服する。

停電

停電は困る

 帰りの電車が停電のため止まってしまった。停電が理由というのは個人的に初めてだ。

 原因は分からないがこのところこのような案件が増えてきている印象がある。基本的な技術やメンテナンスの能力が低下しているのではないか。この件だけで決めつけるのは無意味だが、心配である。

 高度な技術にはいざというときに使えなくなるという可能性もある。それを見越して物事を計画しなければならないということだろう。第2第3の手段を確認しておかねばなるまい。

コートもそろそろ

 最低気温が10℃を割った。まだそれほど凍えるという訳でもないが、そろそろコートの準備がいるかもしれない。

 何度も書くように近年は夏と冬が長くなり春秋が侵食されている気がする。穏やかで爽やかな季節は駆け足で過ぎる。少し遅く夜空を見上げると東からオリオンが上り、澄んだ空気に星が輝いている。季節は確実に過ぎていくのだ。

 やらなくてはならないのかことが山積して、荷崩れを起こそうとしている。どうすれば良いのか。考えなくてはならない。なるようにしかならないのだが。

自転車道の整備を

 自転車の運転について取り締まりを強化したというニュースに接した。基本的には賛成であるが実態とあっていないところもあるのが問題である。

 歩道を駆け抜ける自転車は非常に危険だ。音もなく近づき、人の間をすり抜けて行く。一歩間違えば大事故だ。実際、自転車と人の事故は多く、死傷事故になることもあるという。

 では車道を走れというがこれも無理がある。車道は排水のためなのか両端か低くなっており、自転車が走る部分は斜面化している。また路上駐車があれば中よりに入らなくてはならない。かなり危険だ。

 理想的には自転車専用レーンを造るべきだろう。これから造る道には義務付けるといった方策がほしい。道幅の制約があるのですべてには施せないが。始めることが大切だと考える。