賞味期限間近

 近隣の書店の一角に食料などを売るコーナーができた。賞味期限が近い商品を売ることで、食品ロスを減らす活動だという。見ると、お菓子やお茶、インスタント食品などが並んでいる。賞味期限を確かめると1~3か月後というものがあったが多くは6か月くらいはあるものだった。それらが数割引きで売られている。

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 賞味期限ということにこだわる人は一日でも過ぎたら食べられないように考える。私のような大雑把な人は数か月過ぎても大丈夫だと思って現に食べてしまう。それで食中毒になったことは一度もない。

 そもそも賞味期限とは何か。農林水産省のサイトには「袋や容器を開けないままで、書かれた保存方法を守って保存していた場合に、この「年月日」まで、「品質が変わらずにおいしく食べられる期限」のこと。」と説明されている。同じページには消費期限という分類もあり、「袋や容器を開けないままで、書かれた保存方法を守って保存していた場合に、この「年月日」まで、「安全に食べられる期限」のこと。」とあり、こちらの方は安全性が言及されている。つまり賞味期限はメーカーが味に対して責任を取る起源であり、食べられるか否かの基準ではないことになる。しかし、味の保証をしないものをメーカーや小売店が扱うことはできないため、消費期限は通常は表記されず、賞味期限が近付けば店頭から取り除かれる。

 中には賞味期限切れをセールスポイントとして商品を売る店舗もある。格安の値段で売られる商品はフードロスを大義名分とし、メーカーからは在庫処分の方法として、消費者からは割り切って安価で求めることができる手段として商売が成り立っているそうである。ネットで同じようなことをするサイトもある。

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 こうした試みはいろいろなことを変えていく突破口になりそうだ。もったいない文化を世界に発信しながら、食品廃棄率の高い矛盾を解消するためにもこうした方法に注目していきたい。使えるものは使うことは日本人の伝統的な思考方法に通底するから普及するのは容易なはずだ。

毛筆体験

 冬休みの宿題に書初めの提出という課題が出される小学校もあると聞く。ご家庭としてはいい迷惑だろう。新年早々に子供が墨で家や服を汚す。明らかに下手な字を書く子供にがっかりする。あまりにもいい加減な方法で書いてそのまま出そうとするのにも、まじめな親ならば何か言いたくなるはずだ。習字なんて時代遅れのものをなぜやる必要があるんだ。そう思う人も多いはずだ。宿題として容認できるか否かは考えないことにして、私はそれでも毛筆体験は必要だと思う。

 筆で字を書くためにはいろいろな準備がいる。普段使っている筆記用具とは異なり、持ち方も扱いも特殊だ。だからいつもとは違う脳の使い方をする。これだけでも意味がある。普段しないことをすることは大事だと脳学者の大半は異口同音に述べている。

 さらに書こうと思っても思い通りにかけない。よく分からないが墨の濃度や筆先や半紙の材質などにより、結果は異なる。変数があまりにも多いので書いてみないと分からないという偶然性が高い。それも大切な要素だ。規格製品を使うことに慣れている私たちには、世界で一つだけという実感を覚えることが減っている。お手本をまねして書いても、自分の作品はそこにしかない。そしてそれが貴重だ。字がうまいとか下手とか言う前に、自分が書いた唯一無二の文字があるということに意味がある。

 どれか一枚を選ぶというとき、その基準は何か。自分で一番うまくいったと思う作品をどのように選ぶのかも興味深い。文字とはどのようなものなのかはその人なりの理想に従っている。だから何を選ぶかは自分を考えることに近い。

 いろいろな意味で毛筆体験は大切だと思う。子供の宿題ではなく、すべての人がやるべきだ。どんな字でもいい。自分にとっての理想が文字化されて、しかも理想の字形になったとすれば、本当の意味がある。

 かくいう私は筆ペンでくらいしか書く機会はない。本当は心を落ち着け墨をすり、そのほのかな香りを感じたい。今は無理だが、いずれそういう生活ができる環境を設けたいとも考える。筆ペンでもいまは毛筆に近いものもある。とりあえずはそこからだ。

正月営業

 近隣の店舗のほとんどか営業している。正月は休むのが本当ではないだろうか。おせち料理などは休業期間の保存食としての役割があったように思う。いまはそんな緊張感がない。助かるがこれでいいのかとも思ってしまう。感謝には堪えないが、何か違うのではと考えてしまうのだ。

循環型社会

 いわゆる鎖国状態であった江戸時代は資源が限られていたために循環型の社会になっていたという。あらゆるものが再利用され、それが何度も繰り返されていたらしい。大量生産大量廃棄を前提とする現代の価値観とは対極にあるものだったことになる。再考する価値がある。

 SDGsは現代の循環社会志向の考えだが、江戸時代の循環型社会とは根本的な違いがある。そもそもSDGsは持続可能な「開発目標」であり、開発という視点を強調する。持続することを目標に停滞するのではなく、あくまで開発が目標だ。そのためには環境保護をうたいながらもより豊か便利な社会を求める目標が設定されている。海をきれいにするために、プラスチックを使うのはやめようとは言わない。ごみを分別しよう、エコバッグを使おうというが、よく考えれば実効性はさほどない。EV(電気自動車)に変えようというが、発電エネルギーには化石燃料を使う。環境を守るためにいっそのこと流通システムを止めようとは言わない。

 江戸時代の循環型社会が成り立っていたことにはいくつかの条件がある。まず資源自体が限られていたという現実である。国土にあるもので何とかしなくてはならない。列島国家の性質上、他国から資源を輸入したり、暴力的に強奪したりする可能性が少ない。とにかくやるしかないという状況があったのだ。他国に侵略する悪知恵と技術は近代国家になって欧米から学んだものだった。

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 島国、さらに山岳や河川によって分断されやすい地勢や災害の多さも循環社会を成立させてきた。国土の大半が森林であり、台風や雪害の危険性があり、加えて地震も多い状況にあっては、生活を維持するための最低限の工夫が常に意識されてきたのだと言える。

 固定的な社会、つまり封建社会のシステムも持続型社会を支えていたという事実を忘れてはならない。社会的な変動が極めて少ない社会では持続型な社会システムは維持しやすい。人々の自由が社会的に制限され、その前提で生きているからこそ、循環社会が当然のように受け入れられてきたのだ。これはあまり強調されないが大切な事実である。逆に言うと江戸時代風の循環型社会を目指せば経済的な成長は期待できない。成長しないことで現状維持を果たしていたということも言えるかもしれない。だから、江戸時代に学べ、江戸に戻れという短絡は危険だ。近代的自我を確立してしまった私たちにはあまりにも窮屈で、それだけで窒息してしまいそうな社会であったことを忘れてはなるまい。

 これからの持続的社会はどのようにあるべきだろうか。SDGsの理想はそれはそれでいい。どう実現するかだ。またこの目標の裏側にある利権獲得の動きを暴き、流されないことが大切だと思う。循環を支えるシステムへの支援を考えなくてはならない。リユースにかかるコストは実は安くない。中古品は安価だという思い込みがあるが、そうでもないらしい。再利用品を積極的に使うということが消費者の立場でできることだろう。

 これには価値観の転換が必要だ。古いものを積極的に利用し、修理、修繕、改良の技術を個人のレベルで高めることが必要になってくる。壊れたものを直せる可能性が高まれば捨てられる可能性は減る。また企業も完成品を売ることばかりではなく、部品、修理用のパーツなども売る方法を展開するとよい。初めはコストがかかるかもしれないが、結果的には会社としての持続可能性を高めるだろう。

 いわゆる商品のサブスクリプション、リースなども発展させていくべきだろう。安物を個人で買いそろえてすぐに捨てる時代から、ある程度の品質と耐久性をもった商品を共有する方法への転換は持続可能社会の流通モデルとなりそうだ。

 このほかにもいろいろな方法がある。それをまずは自分で実践することで実験してみよう。などと考えている。

数え年

 日本でもかつては数え年という方法で年齢が計算されていた。明治時代になり1873年に満年齢の方法が導入され、1902年には数え年の方法は法律上からは除外された。その後も慣例的に数え年は使われ続け、現在でも年祝いや厄年といった伝統的な年齢通過儀礼では数え年が優先されることもある。でも、ほとんどの人は数え年の存在を知らず、起算方法も知らない。生まれた瞬間に人は1歳であり、元旦を迎えるごとに1加算される。だから12月生まれの人は、生後1か月もかからずに2歳になる。

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 韓国では数え年による年齢の言い方が普通であった。国際化の影響で今年の6月からは満年齢で統一することにしたそうだ。とはいえ、日本同様に生活に根付いた部分ではこれからも使われ続けるのだろう。韓国では年齢が敬語の使用にも大きくかかわるため、韓国人との会話ではまず年齢を知ることが大切だという。数え方が違うので、干支を尋ねたり、西暦で確認したりする必要があったというが、これからはその心配はなくなるかもしれない。

 元旦に一斉に皆が歳を取るという考えは実はそれはそれで面白い。正月のめでたさがまるで異なる。太陽暦の1月1日は厳冬期であり、寒波に襲われることも多い。春の気配はほとんどない。その中で何がめでたいのかといえば、西暦年が一つ加算されたこと以外は実は何も変わらない。かつての先祖が感じていた元旦と現在のそれとはまったく感覚が異なるといえるだろう。

 個人の誕生日の意識も変わった。古典文学や、史書に登場する人物の誕生日に関する記事はとても少ない。異類譚などでは誕生時のエピソードを書くことはあっても、誕生日の祝いに関する記事はない。誕生日を祝う習慣が存在しなかったのだろう。数え年にとっては個人の誕生日は重要ではないからだ。満年齢になって誕生日を祝う習慣が輸入された。個人の人生が意識され始めたということになるのかもしれない。

譬え話の力

 古典文学に接していると、誰でも気づく違和感がある。日本の古文でも中国の古典漢文でも同じだが、譬え話が多くその内容と結論の間に隙間があるように感じることである。

 現代の文章は大抵の場合、まず問題提起がなされ、その問いに答えるように説明が続く。ここに具体例が入る。譬え話もここに含まれる。そして最後に提起された問題の答えが示される。ところが、古典の場合はいきなり譬え話から始まる。何が目的なのか示されないまま、話が始まるのである。最後の数行で短く結論をいう。読者はここまで読んでそれまでの話が何を言わんとしていたのかが分かるという仕組みだ。

 具体例と意見の結びつきは必ずしも理解可能とは限らない。かなり無理があるものもある。譬え話がうまく機能しているか分からない。極端な例を出して主張に誘導しているものもある。古典を読むことでその内容から学ぶことは多いが、逆に古典文学の段階ではできなかったことは何かを稽えることもできるのだ。

 最近、一部の人々の表現に古典文学的な論理展開をして煙に巻くものがあると感じている。いきなり極端な譬え話をして、聞き手を混乱させ、結論部で自説を強引に述べて納得させようとする。多くの人がそれに誤魔化されてしまう。古典を読んでいれば短絡する可能性は減るかもしれない。

予祝として

 新年にあたって大ぶろしきを広げておこう。いろいろな人が言っている。言葉にすればそれが事実を引き寄せると。本当はどうなのか分からない。日本の民俗のなかには予祝儀礼というのがある。雪深い地方でまだ地面が真っ白い中で田植え祭りをし、収穫のまねごとをし、豊作になったと演技する。それによって稔の神が感化され、本当にその秋の収穫が約束されるというのだ。科学的にも呪術的にもどうも大ぶろしきは大切らしい。

 いつも書いているが新しいことを始めたいと思っている。関心があることは教員の支援システムを作るための準備だ。教員不足の地域が増えてきたり、人材不足のための教員のスキルの低下がされてきている。若い世代の教員が自分の仕事に専念し、より高いスキルを獲得できるような仕組みを考えていかなくてはならない。それを学習していく初めの年にする。

 コンピューターを使う年にしたい。何をいまさらといわれそうだが、はっきり言ってこれまでは使うのではなく使われてきた。よく訳も分からないうちに便利だというものに触れ、実はそれほど必要でもない情報に振りまわされてニュースや動画サイト、さらにはソーシャルメディアに接してきた。これからは自分にとって必要なものは何かを考え、受信だけではなく発信の手段にしていこうと考えている。このブログの位置づけは、今まで通り雑記的に思い付きを書いていくものだが、このほかにもいろいろな作品を作成し公開していく。

 皆さんの考えかたにも触れていきたい。WordPressでリンクしていただいている方のブログは常に読ませていただいている。自分にはない考え方をしているブログやサイトは特に注目していく。今の関心は日本の文化がどのように捉えられ、世界的に理解されるようにしていけばよいかというころだ。自分でモノを作っている方、音楽や絵画の芸術活動をしている方、地域の美しさや問題点を写真や文章で紹介している方の発言には特に注目している。

 仕事の効率化も課題だ。退勤制限時間より1時間以上前に帰ることを目標にしたい。この目標自体が情けないがまずはここからだ。その一時間で別のことを学ぶ。あるいは論文なりブログなりを書く。

 ほかにもいろいろな風呂敷を広げたいが公開するのはここまでにする。後は手帳の裏に書いていこう。そして実現したら得意げにここに書き連ねることにする。皆さんは私が大噓つきではないかを見守っていただきたい。

2022年のおさらい(10月~12月)

 10月1日に数多くの食料品が値上げした。原材料費の高騰に加え、歴史的な円安が影響していたのだ。20日には1ドルが150円台まで下がり、32年ぶりの円安ドル高となった。海外の旅行者にとってはバーゲンセールのようなものかもしれない。問題は日本人の賃金が一向に上がらないことだ。

 24日、山際大志郎経済再生相が辞任した。実質上の更迭だった。世界平和統一家庭連合との関係を追及され、あいまいな答弁を続けたことが原因だった。なお岸田内閣はこの後、葉梨康弘法相、寺田稔総務相が11月に辞任し、辞任ドミノといわれた。押し詰まった12月27日には秋葉賢也復興相も辞表を提出し、ドミノは終わらないようだ。日本の政治家の質はこの程度なのだろうか。そして、代替するリーダーがいないのだろうか。

 この月あたりから北朝鮮が何度もミサイル発射をしている。何が目的なのかよくわからないが、独裁政権が何をもたらすのかを考えさせる材料にはなる。

 11月に入ると一気に寒さがつのり紅葉があちらこちらでみられた。

 カタールで行われたFIFAワールドカップで日本代表がドイツに逆転勝利したのは大きな話題になった。圧倒的に攻め込まれながら少ないチャンスで得点をするという戦略だった。選手交代とシステム変更という森保監督の戦術も評価された。試合外では選手によるロッカーの掃除やサポーターによる客席の清掃が大きく取り上げられた。今回はその後、スペインにも勝ち、予選リーグを1位通過という快挙であり、決勝トーナメントもクロアチアにPK戦までもつれ込む大健闘だった。

 そして12月。10日に世界平和統一家庭連合の被害者を救済するための法案が国会で可決した。安倍元首相の狙撃事件後、国葬を終えた後、閣僚やそのほかの政治家のこの団体への関与が相次いで指摘され、安倍氏を悼むという気分は吹き飛ばされてしまった。

 今年の漢字は「戦」となった。ウクライナ戦争が終わらないまま一年が終わってしまいそうなのが残念でならない。

 記録的な大雪が降ったところもある。その原因が耳慣れない気象用語で解説されるようになった。とにかく被害が出ないことを祈る。本格的な降雪の季節はこれからだ。

 振り返ってみると今年もいろいろなこはとがあった。まずはマスクが取れる日々が早く来ることを祈る。そして戦争が終わることを切望する。もういい加減に世界のことを考えてほしい。

 私はというと、いろいろなところでデクレッシェンドが感じられるが、決して進歩はやめない。最後まで悪あがきをしたいと考えている。その成果は時々ここにも書いておこうと考えている。

優しくない時代に

 貧すれば鈍するという言葉がある。景気の良かったころにも様々な問題はあった。欲望に流されて自らを失うという話はどこにでもあった。しかし、もっと深刻なのは貧困による理性の喪失である。ここでいう貧困とはもちろん経済的な問題も大きいが、さらなる問題は精神的な貧困である。

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 私自身もそうなのだが、心の安定を失ったとき冷静な判断ができず、場合によっては周囲を恨んだり、必要以上に悲観的になったりする。不安定になる要因に経済的な不安がある。これはかなり大きな比重を占める。このままの生活はできるのだろうかとう漠然とした不安である。それがまたさまざまな心の貧しさを導く。余裕のなさという方が正しい。余裕を失うと焦りとともに様々な負の感情が飛び出してくる。

 こうした状況が今の日本には潜在的にある。大半の識者は今後日本の国勢は衰退していくという。先進国ではなくなるという言い方ももう何度も接してきた。一人当たりの所得はすでに近隣の中興国のレベル以下になっているというのだ。数値的にはもうこれは否定できない。プライドという面においてこれは大きな影響力を及ぼすだろう。しかし、これは個人の成長にも言えることだが、大切なのは他人と比較することではなく、自分がいかに満足し、幸福を得られるかということだ。それが危うくなっているということに一番の問題がある。

 日本人の理想的な人物像に優しさという基準がある。これは他人に対して寛容で、かつ利他的に行動できるということを意味するはずだ。決して、他人に甘いという意味ではない。この優しさを維持することが当面の課題になると思われる。つまり、自らの生活や周囲の生活が次第に縮小傾向にある中でも他人に優しくできるのかということである。これがこれからの日本人の目標になっていくように思える。もちろん手をこまねいて衰退に進むのではなく、あらゆる努力をするべきだ。人口減やエネルギー問題などを克服するための技術や社会制度を構築し、小さいながらも堅実な生活ができる国家を目指すべきだろう。ただそれにしても今のような拡大再生産を前提とした考え方が成り立たなくなるのは事実であり、意識改革が求められることは間違いない。

 利他的に生きるというのは自己犠牲という意味だけではない。自らも他者と同一の水準でものを考え、その中での最適解を探す努力をするということなのだろう。どんなことがあってもその理想を貫ける人こそ、優しい人ということになる。今、世情をにぎわしている他者を愚者扱いして自分だけが世の中を分かっているかのようにふるまう人は優しくはない。

 2023年はこうした新しい優しさの概念を実現するために何が必要なのかを考える一年にしていきたい。私にはできることは少ないが、せめて本当の優しさを持っている人たちの紹介をさせていただくことはできるかもしれない。

2022年のおさらい(7月~9月)

 7月は大きな事件が相次いだ。2日に起きたKDDIの通信障害は過去最大規模といわれ、3915万回線が影響を受けたという。私にとってもメインの回線であるため大いに心配した。

 こうした障害は規模の違いこそあれ、これ以前も以降も起きている。デュアルSIMを勧める人もいるが、できれば非常時は回線を譲り合えるような仕組みを作れないかと思う。なんにしても電波が飛ばなくては社会が止まるという現実は克服されなくてはならない。これからも起こることだ。

 8日に起きた安倍晋三元首相の銃撃事件は衝撃だった。手製の銃で殺害するという日本の銃規制の裏をついたものだった。安倍氏は歴代最長の任期をつとめた。いろいろな批判もあり、とくにアベノミクスと自称した経済政策は結果的に失敗している。しかし、没落する日本経済に一種の麻酔をかけ、時間稼ぎをしたことには意味があった。また、すぐに変わる日本のトップという印象を変え、他国の首脳から一定の信頼を勝ち得たことも安倍氏の大きな功績だ。

 この事件の犯人が世界平和統一家庭連合(元統一教会)の信者の家族であり、多額の献金により家庭崩壊の被害にあっていたことも大きく報じられた。かつてから問題視されていたカルト的宗教団体であったが、実際には政治家からの直接間接の支援を受けていたことがこの後明るみになっていく。

 10日に投票が行われた参院選では自民党が大勝し、単独過半数を獲得した。この国の政治的な選択肢が事実上ないことをこの選挙は思い知らせる結果になった。

 この月もとても暑く、あまりにも早く梅雨が明けたため蝉が鳴かない期間がしばらく続いた。いつもと違う静かな猛暑は気候変動の一つの側面を示すものであり、少々気味が悪かった。

 8月は大谷翔平に注目していた。9日にはアメリカのメジャーリーグでは104年ぶりに二桁勝利、二桁本塁打を達成している。塁上では敵チームの選手と歓談する姿や、グラウンドに落ちているごみを片付ける行動が注目されていた。かれは日本人だからということではなく、野球の歴史において貴重な人材として記憶されることになるだろう。10月には前人未踏の規定投球回数と規定打席数の両方を満たした。

 この月には有名なデザイナーが相次いで死去した。5日は三宅一生氏、11日には森英恵氏が亡くなっている。森英恵のビルが表参道に建ったときの思い出はブログに書いた。

 この月、東京オリンピックやパラリンピックの大会組織委員長の高橋治之氏が企業からの不正な収賄の疑いで逮捕された、AOKIホールディングやKADOKAWA、さらには電通などに汚職の疑惑が広がってしまった。東京オリンピックの開催には賛否両論あったが、無観客という前代未聞の方法で成し遂げ国際的な評価を受けていたのに、裏方が犯した罪は夢を壊すのに十分な打撃を与えた。

 9月には3歳児がバスに取り残され熱射病でなくなるという痛ましい事件があった。非常時には内側から鍵が開けられる仕組みなどが検討されている。ぜひ、実施してほしい。

 九州新幹線、武雄温泉と長崎の間が開業した。本線とつながらない暫定的な路線だ。長崎をたずねたとき、現地の人から聞いた話ではあまり期待感はないということだったが、その後はどうなのだろう。新幹線が走ったことで在来線の沿線が寂れないかも心配だ。これは北陸新幹線が走ったときも同じことが起きたために連想してしまうのだ。