投稿者: Mitsuhiro

変化激しく

 このところの東京の天気は変動が激しく、今朝も強い雨が降っています。気温も低めです。

 昨日は初夏のような陽気でしたが、今朝は気温が上がらずやや強い雨もふり、まとこに変動が激しい日々です。自由に外出できない現状とあいまって体調管理がかなり難しくなっています。

 いままではウイルス感染予防以外の面にはあまり関心がなかったので、これからは軽度の運動をするなど健康面にも気をつけていかなくてはならないと自戒しています。

外出

 十分な距離をとり、密集を避けるならば外出は許されるというのがいまの状況です。運動不足を解消するためには他人に近づかずに公園を歩くことならばいいのではと考えています。

 空気感染がないとされているコロナウイルスですので、他人との距離を十分にとることさえできていれば外出は可能なはずなのです。大切なのは一人ひとりの自覚にかかっています。

おかげでパソコンのスキル上昇

 通常の仕事ができない毎日です。パソコンに向かってキーボードばかり叩いている日々が続いています。おかげで今まであいまいだったパソコンのスキルが急に上がっています。

 パソコンのショートカットはいままでなんとなく使っていましたが、ここにきていろいろなものを再学習しています。これまではパソコンの「言葉」を覚えなくても何とかやっていけたのですが、今はひたすら画面に向かう毎日なので、覚えておくと便利なことは何でも取り入れたいと考えますし、それを使う機会も増えています。

 Googleのオンラインアプリケーションの利用も増えました。いままで使わなかったものにも手を広げてみると、無料でできることが意外にも多いことが分かりました。またMicrosoftのオフィスソフトでないとできないことのありがたみも分かるようになっています。

 少々気になるのは読書量が増えていないことです。いろいろとやるうちに読書の時間がなくなってしまっているのは問題点です。週末は大雨になっているので晴耕雨読の実践をしたいと考えています。もっとも晴耕の方は自粛でできないのですが。

安心のもと

 リモートワークが進んでいる現状てはソーシャルディスタンスも致し方ありません。カタカナ語に惑わされているうちに私たちは大切なものを失いつつあるかもしれません。

 ウイルス感染予防のための密なる状態を避ける方策は予防医学的には有効であっても、生物としての人間のあり方とは大きくかけ離れています。集団で生き抜く戦略をとった人類にとって、根本的な行動様式を奪われたことは死活的問題といえます。

 インターネットという擬似的連帯を得る道具も、リアルでない以上様々な弊害を逃れることができません。大事なのは現実感、実態感のあるコミュニケーションです。ブロードキャストではなく、私だけに向けられた会話こそが失われた連帯を思い起こすきっかけになります。

 不安な時代の安心のもとは何かを考えていかなくてはならない。それがいまできることなのです。

春なのに

 なかなか朝夕の気温が上りませんが確実に季節は進行しつつあります。春になったというのに素直に喜べない状態が続いています。

 コロナウイルスの影響によって各種の産業が停止状態にあります。この先どうなってしまうのか心配です。春の様々なイベントもキャンセルされていますが、それが今後どのような影響を及ぼすのかはまったく予測不可能です。

 5月再開と言われてそれを目標にしてきましたがどうも怪しくなってきました。こうなったら次の対応を考えておかなくてはなりません。損失を獲得に変える手立てを考えるべきなのです。私はいまだ半分リモートワークなのですが、完全に自宅勤務になってもいいように準備を進めます。

 自宅勤務の大問題は気持ちの切り替えが難しいことです。それも工夫をしていくしかありません。やるべきことはたくさんあります。やりとげることで生活のバージョンアップをはかろうと考えています。

疲れ目

 リモート授業が始まって生徒にとってはパソコンの画面を見続ける日が続いています。早くも疲れ目の症状を訴える者もいます。

 授業の代替としてネット配信の授業を始めています。実際の始業時間通りに課題を配信し、フィードバックも要求するという方法です。学校で購入したChromebookを活用しているのですが、早速眼精疲労を訴える生徒が出ています。この授業はあくまで代替手段として行っています。疲労感が強い時は中断しても構わないことにしています。

 いつまでこのような形の教育が続くのか分かりません。早く通常の授業が始まることを祈るばかりです。

失敗の連続

 リモートワークを始めて思うことはこれまでできなかったことがいかに多いかに気づくことです。そしていまは失敗の連続です。

 おそらくここまできてICTやアプリケーションソフトの使い方を覚える日がくるとは思いませんでした。時間があっても機会がなければやらないもの。必要は発明の母であり、スキル獲得のチャンスでもあります。ただ、やっていくうえで失敗の連続です。ネットにつながった失敗ではそれが自分だけのものにとどまらないのが大問題といえます。

 恥をかきながらも今はスキルをあげる時と割り切ることにしようと考えています。

柏駅の発車メロディー

 JR常磐線柏駅の発車メロディーが昨日から柏レイソルの応援歌になりました。電車の発車メロディーには複数の駅で使いまわされているものと、その駅だけのものとがあります。オリジナルのメロディーを聞くと何故か得した気持ちになります。

 柏駅は東京からは近く、住民の大半は都内の職場に向かっていると考えられます。そんな住民の一種のアイコン的な存在としてJ1の柏レイソルがあります。スタジアムが駅から離れているため、通過するだけではクラブの存在する街という趣は全く感じられなかったのですが、これからはそれが表現されることになりました。

 ただ、このコロナウイルスの災禍のためにいつになったら試合が始められるのか全く見通しが立っていないのは残念です。スタジアムに本当の応援歌が響き渡る日が一日でも早く来ることを祈ります。

回線混雑

 在宅ワークや遠隔授業をする会社や学校が増えたせいなのかインターネット回線が混雑しています。回線契約によっては不達や遅延が起きる可能性があります。ネット社会はけっして平等な社会ではないことを改めて考えさせられます。

 インターネット環境の有無で格差が生じるという話は以前からありました。ネット設備に関しては我が国の普及率は低くはないもののそれでも十分な通信速度が確保できるのかといえばそれはおぼつかない。つながっているかいないかの格差だけではなく、使えるか使えないかの格差もあるのです。この最低ラインをあげていかなくては次の時代は訪れません。今回はインターネット環境を見直す機会にもなっていると考えられます。

 5Gという高度回線ネットワークは結構なことですが、それ以前に誰もが普通に動画情報を受け取れる環境を早く整備することが必要だと感じています。

スキルアップ

 同僚たちのスキルがここ数日で急に上がりました。必要性が結果を生み出します。

学校閉鎖の中、何とか授業を成立させるためにインターネットを使った遠隔授業を始めることになりました。そのために必要なG-Suiteの操作技能が高まったのです。特にClassroomという教育用のサービスについてはかなりできるようになりました。

 ネット授業があくまで急場しのぎであるという考え方は変わりません。ただ、今回、件でやれることが増えたのは事実であり、通常大勢に復帰した後でも活用できることが増えたことはよかったと感じます。

 そう考えないとやっていけないというのが事実ですが。