投稿者: Mitsuhiro

ヨーロッパは再開?

 ロックダウンを日本より厳重に行ったヨーロッパの一部の国は商業活動を再開する動きにあるのだとか。死者数が格段に多い圏域にも関わらずなぜそうできるのか不明です。

 対して日本は感染者数を指数関数的に増やしながら、死者の数はさほどではありません。ただ、いわゆるクラスタ内での致死率は高く恐ろしい病気であることは否めません。おそらく非常事態宣言は延長されることになります。

 感染者は検疫が進めばさらに増えていくのは間違いありません。対して我が国では死者の爆発的増加はいまのところ起きそうもありません。このバランスをどう考えるか。より細かい指示が必要です。

旅の案内

 駅前に大きな旅行会社のポスターが貼られていました。その横に小さく少しでも旅行気分を味わってほしいのでという意味の添え書きがありました。いまの時勢を物語るものです。

辻占

 偶然通りかかった道すがら、二人のご婦人の話し声が聞こえました。いわく、いまは日本が変わるチャンスだと。

 コロナウイルス感染予防による外出自粛は法的効力は弱いものの、国民の間にはかなり浸透しているようです。同調性の強い国民性は今回は奏功しているように感じます。ヨーロッパやアメリカの死者の数の多さを見せつけられるとそうせざるを得ませんが。

働き方改革という言葉が昨年は何度も繰り返されていました。労働時間を切り詰めても生産性を落とさないという無理難題に苦しめられていました。それがこのステイホームの状況でより難度の高い課題を突きつけられることになっています。その答えはいまだ見つからないものの労働時間短縮はもしかしたら可能ではないのかという予測ができるようになりました。

 そう考えるならば奥様方のおしゃべりはそれほど的を外してはいない。むしろこの機運を高めていく必要を感じています。ピンチはチャンス。制約は飛躍のための屈伸です。

ケーキ屋

 町田市の小さな個人営業のケーキ屋に行ってきました。地元では人気がある店なのですが、このところの外出自粛の傾向でやはり客足は減っています。主力商品はパウンドケーキなので比較的日持ちがするものが多いのですが、毎日の営業のためにケーキを作り続けています。こういう営みの意味が非常に尊く感じられるこの頃です。

学校が嫌いな人たち

 コロナウイルス感染予防のための自宅待機推奨がなされる中で、学校閉鎖が続いています。この事態で学力低下を懸念する人がいる一方で、むしろこの事態を歓迎している人もいます。

 日本の学校には一定数の不登校もしくはそれに類する人がいます。その原因は一律ではないために単純に語ることはできません。そのなかに集団生活への不適合が原因という生徒がかなり多く含まれていることは確かです。彼らはクラスに溶け込めず、自らの居場所を作り出せないために学校に行くことができません。彼らの中には学力的には問題がなく、学ぶ機会さえ与えられるならば好成績を上げることが期待できる生徒もいます。

 現在はいわば全員が不登校の状況にあります。生徒は分断され、不要な同調圧力に悩まされることはありません。時間の制約もなく、狭い空間に動きを制限されることもない。こういう状況の方が能力を発揮できる人はかなりいるはずです。学校閉鎖がかえってチャンスになったということになります。

 私は教員としてこの状況を大いに反省し、考え方を変えていかなくてはならないと感じています。学校には学力とともに社会性を涵養する役割もあります。異質なものに対する寛容性や思いやりの気持ちを育てる役割もあります。学力だけならばもしかしたらパソコンを使った遠隔授業でもある程度ならばできる。しかし、それならば学校はもはやいらないのではないか。学校ができるのは何なのか。それを考え直す機会を与えられているのではないかと痛感しているのです。

市街放送

 外出を控えてください。そういう内容の放送が定期的に聞こえてきます。市役所が防災放送を利用して注意喚起を促しています。都会ではビルなどの障害があるため、スピーカーがあちらこちらに設置され、時間差をおいて放送されるために同じことが何度も流れているのが聞こえます。

 放送は緊急事態宣言が発令されているので不要不急の外出を控えるようにという内容で、すでによく周知されているものと同じです。ただ、一部の観光地などでの人手が減っていないことを踏まえて、各自治体がさらなる勧告として行っているものと考えられます。

 日本では間もなく大型連休期間を迎えますが、このままであるとせっかくのレジャーもほとんどできません。毎日が停滞しているなかでどのように気分を高めていくのか、どうやって体力や気力を維持するのかは大きな課題となっています。パソコンやスマートフォンの画面の情報ではもう収まりがつかない。生の経験が必要になっているのです。

 例えば、入場制限をかけながら施設利用をみとめるとか、屋外施設に関しては指導員のもとで利用させるとかそういった手法も必要になるのではないかと考えています。このままさらに非常事態が長引くようであると想定外のトラブルが起きる可能性もあります。そのための対策を考えていかなくてはならないでしょう。

感触

  リモートワークにもっとも深刻な問題を与えるのが感覚が限定されることです。私たちは複数の感触を総合して物事を捉えています。だから、その何かが阻害されることは大きなハンディになります。

精神の安定

 ステイホームの政策ほ一定の効果は発揮できているように感じられます。爆発的な死者の増加は今のところはなく、医療崩壊は最低限に抑えられています。とはいえ、感染者数の増加は指数関数的であり、一部の病院ではトリアージを行わざるを得ない状況にあることも事実です。

 もっと恐ろしいのは分断生活で失うのものがある可能性があることです。集団の団結力、協調性といった日本人のある意味最後の財産とも呼べるものが失われれば大損失と言えるでしょう。恐怖心やそこから発せられる憎悪や異種知り捨てが起きることも不安要因です。小さな疑いが不寛容な人間そして社会を作り出していきます。

 ウイルス感染対策とともにいま大切なのは精神面の安定です。文化的な活動も止められている現在、何が支えになるのかを考えていかなくてはならないと感じています。

高くてもよいものを

 海外依存度の高い我が国の経済の弱点が顕在化しています。必要なものが自国で生産できないことからくるハンディは深刻です。

コロナウイルス流行によって産業が停滞するなかで、生活必需品も供給不足になる可能性があります。マスクなど医療品は海外依存度が特に高いようでこれが現今の混乱を招いています。

 この原因の一つに日本の企業が生産拠点を海外に移したことが挙げられます。人件費などのコスト削減を目的としたものでした。この動きは技術の流出に繋がり、ついには日本製品より安くてよいものを作るきっかけを与えてしまったことになります。

 安いものを買えることは消費者としては嬉しいことなのですが、これが国内産業を圧迫し、脱落させることに繋がっていることはなかなか実感できません。示されるのは少し品質が良さそうだけれども高価な品物です。私たちはこれをあえて選ばなくてはならない段階にあります。

 自分の共同体を守るためにあえて近くのものを買う。これがどれだけできるのかが将来を決めます。

マスク販売

 ネット上にマスク販売の予告が出るようになりました。安価なものから高価なものまで様々です。アベノマスクの影響で転売目的の人の目論見ははずれそうですが、いまだ需要に供給が追いついていない状況にあります。

 ネットでのマスク販売元のサイトを読むと、生産国が中国であると書かれていました。マスクやアルコール消毒液などの医療品を海外製品に依存している問題点が露呈しています。コスト削減のために安価な輸入品に任せていいものなのか。非常事態になると改めて考えさせられます。

 マスクの長期にわたる品不足はこの問題を考えるいいきっかけです。トイレットペーパーのように海外依存度の低いものはなんとかできても、拠点を外国にシフトしたものはいざとなるとなくなってしまう。消費者レベルで考えれば、高くても自分の安全のために国産を買うべきなのでしょう。