投稿者: Mitsuhiro

冷え込み

 今朝は寒波が戻りかなり冷え込んでいます。立春を過ぎたばかりですが早くも寒の戻りです。

 天候だけでなく景気も低調になっているのは、やはり新型肺炎の大流行による経済への影響が懸念されるからでしょう。欧米の一部ではアジア人差別にも発展していると報道されていますが実のところはどうなのでしょうか。

 個人的にもこの時期は気持ちがふせぎがちになります。花粉症による憂鬱が大きいのですがそれ以外にも年度終わりの多大な業務を考えると心がめいるのです。

 万葉集の大伴家持は春愁を表現しました。心躍る季節にあっても晴れない心情を陳べたといわれますが、春が単なる明るい季節ではなかったのは奈良時代から、そして大伴家持が学んだ漢詩文の時代からの伝統であったのです。

 冷え込みが終わっても愁いの中で生きなくてはならない。などと大袈裟に考えてみたりしています。

集中できる場所

 自室では仕事ができないという人の気持ちはよく分かります。生活のための空間という位置づけができてしまうとそれを変えるのは難しいのです。

 仕事をする上で図書館やカフェにわざわざ出かけてやった方が能率が上がるという人がいます。私もそうでうるさくて仕方がないはずのコーヒーショップの方が読書が捗ります。恐らくいまはこれをやるときという割り切りが場所の移動によって自覚できるからでしょう。場所と意志とは連動するのです。

 わざわざ金をかけて他人の空間を借りるよりも、遥かに高い家賃を払っている自宅の方が使用されるべきであることは理屈では分かっているのです。しかし、気分というものは簡単ではありません。

 自分が集中できる場所を探すことが何かを成し遂げるには不可欠であるとつくづく考えているのです。

立春

 今日は立春です。太陽が冬至から春分にいたるちょうど中間に達したという意味らしいのですが、「春立てる日」は日本では古代から注目されており、『古今和歌集』の冒頭歌は年内立春を詠っています。春の気配を感じる時ということで、季節の変化を心待ちにする人々の心理が現れる時期でもあります。

 この春は新型コロナウイルスの発生により大変慌ただしいものになってしまいました。東京では報道されているほど神経質ではなく、一部の量販店ではマスクのまとめ売り商品が在庫切れしたようですが、7~10枚ずつ売るいつもの商品は潤沢にあり、そもそもマスクをしていない人も多数います。日本国内での感染拡大はおそらくこれからであり、おそらくその頃にはこんなに大騒ぎしなくなるはずです。

 それよりも恐れているのは毎年のことながらスギ花粉などの飛散がもたらすアレルギー性鼻炎です。もう何年も患いそれなりの対策もできるようになっているのですがやはり気になるところです。このように春は健康上の問題が発生しやすいのがちょっと残念です。

 でも、梅の花は間もなく咲き始めるでしょう。近くの園芸のお好きな方の庭先には早くも白薔薇がいくつも咲いています。冬に咲く薔薇はありますが、暖冬でないとうまくいかないとか。今年はおそらく記録的な暖冬ということになりそうです。今日からは暦上の春ですが植物はそれとは無関係に気温に反応しているようです。明後日あたりに寒波が戻ってくるそうですが、もう旬が過ぎているだけにあとは変わる季節に身をゆだねるばかりです。

差異

 資本主義の大原則は人々の間に何らかの差異があることだといいます。持てるものの格差が利益を生み出すのがすべての根源にあるそうです。

 格差が無くなりそうになると既得権を持つ人は様々な差を生み出す仕掛けを用意してきます。儲けが続くためには皆が同じものを持っていてはならないのですから。利益を得る人が常に同じであるとき、社会格差が発生します。それが場合によっては社会不安を生み出すきっかけにもなってしまうのです。

 すべての人が同じものを所有し、同等の価値観で生きるという考え方はこの格差をより決定的なものにしてしまいます。実際には多様な生き方があり、求める目標も違うはずなのに社会的同調圧力が巧みにかけられ続けているのです。

 人とは違う生き方、別のゴールを持つこと、それらは現代社会では堅持しにくい目標と言えます。人々を同じ価値観に誘導し、その上で格差を設定するのが現代社会なのでしょう。この頸木から逃れるためには、自分なりの生き方を貫くしかありません。他人からは敗者に見えても自身では幸福だと思えることが大切なのです。

極早咲き

 鉢植えのトコナツナデシコがついに開花しました。四季咲きをうたう品種ですが寒中の開花に驚いています。

 まもなく節分であり、暦上の春も近づいています。今冬も気温は高めに推移したために様々な植物の成長は前倒しになっているように感じます。花が咲くのは嬉しいのですが、あまりの変調は心配の種になります。

 

深夜の警報

 未明に関東地方で地震がありました。最大震度4のやや大きい地震であり、その前にも余震らしきものがあったそうなので、揺れが大きかった地方の人は大いに驚かれたことでしょう。

 私の住む地域では震度2であるとの発表がありました。比較的長い横揺れがあり、目覚めてしまいました。設定上、速報は鳴動しませんでしたが、これも地域によっては鳴動したようです。

 深夜にかような地震が発生すると初動がかなり遅くなってしまいます。不安ばかりが先行してはかどりません。一種の警告としてこの地震を考えることにします。

言論統制

 中国武漢で発生したと言われる新型肺炎の報道についてはいろいろと考えさせられます。目的は何かによって報道の中身がまったく変わってしまうということを改めて痛感しています。

 発生段階で新型のウイルスであり、大量感染の可能性があるとネットに書き込んでいた武漢の医師は当局でデマ拡散の行為により処罰されていたとのことが報じられています。これが事実ならば予防線を張る機会を人的に奪ったことになり、当局の判断ミスは重大です。デマによる人心の撹乱と、危険察知のどちらが重大かを考えなくてはなりません。中国は言論統制がしやすい政治体制にあることは知られています。ただ、これは共産主義国家でなくても起こりうるケーススタディになります。

 武漢から帰国した邦人に対する報道についてもマスメディアやソーシャルメディアの報じ方について注目すべき点があります。人権と公共の福祉とのバランスをどのように考えるべきか。この問題も臨機応変の判断が求められていきます。

 以前の新型インフルエンザ流行のときにも行き過ぎた報道が問題になりました。私たちは適切なメディアリテラシーと判断力とを持たなくてはならないようです。

コワーキングスペース

 自宅の近くにコワーキングスペースというサービスが登場しました。リモートオフィスともいうべき貸職場スペースです。レンタルルームよりは安く、カフェのようにBGMで集中できないということもないのが売りのようです。

そのほかWi-Fiが完備しているほか、フリードリンク、コピー機の設置があり、追加の費用で個室の確保、私書箱設置なども可能だとか。もし起業するとしたらこういう場所から始めるのもいいのかと考えています。入会金が年間10000円、使用料はフルにつかうと月間10000円で、夜10時まで使用できるとか。ランニングコストを考えると事務所を借りるよりもいいのかも。もっとも自分の家でできればいいのですが、様々な誘惑やしがらみがありますからこういう商売が成り立つのでしょう。

 満員電車に乗らなくても仕事ができるのならばこれほどいいことはありません。あとはこういうところでもきちんと稼げる才覚を身に着けることです。

修理屋の栄える時代に

 エネルギー問題が深刻化していく現状において、いかにエネルギーを活用するのかは大きな問題です。太陽光や地熱、潮力などの新しいエネルギー源を開発する技術に関してはもっと進めるべきであると思います。

 それと同時に今あるエネルギーをいかに効率よく使うのか。無駄な手順をどのように変えていくのかということは同時に行わなくてはならない工夫です。個人の力でもできることは実に些細な省力にしかならないのですが、それでも多数の人が実行すれば大きな数値になります。例えばごみの捨て方なども、あるものをすべて捨てるのではなく、使えるものを再利用したうえでどうしても使えなくなっただけ捨てていくようにこころがければ焼却にかかるエネルギーの節約になるわけです。そういうアイディアを共有してよいものは互いに真似しあうというのが小さな省力化の原点になります。

 我が国がかつて国内生産だけでほぼすべてをまかなっていた前近代の社会事情をみるとリサイクルやリユースとみなされる様々な工夫がなされていました。廃品回収を生業とする職業が多かったのも少ない資源を最大限に活用していたことを表すものです。もちろん、江戸時代と現代では生活の水準が異なり、過去の方法をそのまま復活することは困難です。

 また、大量消費に支えられている産業があることも事実です。多くの人が消費を渋り、リユースに傾いたら産業衰退につながるという考え方もあります。ただ、なにを優先すべきなのかを考えるならば、よいものを長く使うことの方にシフトするべきでしょう。壊れやすいがとにかく安い、壊れたものはゴミになる、という製品から少々価格が高くても想定できる耐用年数が長いものを尊重し、メンテナンスの方に商機を見出す、という流れが必要なのでしょう。

 大量生産、大量消費、大量廃棄という段階を越えてメンテナンスを充実して長くものを使う時代に転換するためには修理屋の社会的地位をあげていく必要があります。壊れたら頼りになるメンテナンス関係の技術者を増やし、彼らの技術を高めていくことがこれからの時代の重要課題になります。

氷雨

 今朝は雨でした。南岸低気圧がこの時期に接近すると関東地方はかなり神経質になります。

 もしかしたら積雪で交通機関に障害が出るかもしれない。昨夜の気象ニュースは警告に満ちていました。実際には冷たい雨です。寒波が雨を雪に変えるほど強くはなかったことが要因のようです。関東の雪はメカニズムが複雑で諸要因が揃わないと降りません。今回も何かが足りなかったようです。

 ただ見て楽しもうとしていた人には残念でしたが、元来降雪に弱い関東のインフラと人々の行動様式からすれば雪にならなかったことは幸運でした。怪我をせずに済んだ人が何人もいるはずです。

 暖冬傾向が続いていますがまだ雪の降る日はあるやもしれず油断はできません。