投稿者: Mitsuhiro

ダブル・ノット

 長いネクタイを買ってしまったので、どうしても下げる長さがうまくいかなかった。このネクタイはかなり前に買ってそのときも同じことを思った。早速、ネットで検索すると巻き方で解決できるという。

 ウィンザー・ノットは形も良く何度もネクタイを首元に通すので、長いネクタイには向いている。ただバランスを調節するのがやや難しい。朝、慌しい中ではつい遠慮してしまう。式と名のつくフォーマルの機会でしかこの結び方はやらない。

 それに比べてダブル・ノットは要するにいつも一回巻いているところを二回巻きにするだけなのでかなり気が楽だ。今日はこれで切り抜けた。でも、ちょっと待て。この結び方は以前もネットで調べてやってみたはずだ。習慣にないことはすぐに忘れてしまう。ネクタイをしない生活になったら、ダブルどころかプレーン・ノットさえできなくなるのかもしれない。大切なのは続けることなのだ。

幼馴染

 小学生の頃、転校ばかりしていた私はいわゆる幼馴染なる存在を作れなかった。人格形成ができる前から付き合っていた友人というものがない。中学生からは転校はなかったのでその当時からの友人は少しだけいる。都会の真ん中の学校であったのに、いやそうであったからこそ、当時と同じ場所に住み続けている人はほんの僅かでいまは行方知れずの人ばかりだ。かくいう私も中学の校区に行く機会はほとんどない。

 ごくまれにこの頃のことをふと思い出すことがある。他愛ないことが大半で、やけに詳細な記憶があるものとほとんど思い出せないことが入り混じっている。現今の中学生に比べるとはるかに純粋で幼かったと思う。携帯電話もソーシャルメディアもなかった時代は、対面での交流が唯一の手段であり、通学の途中の道端で話し込んだものだ。悩みや弱音の交換がほとんどでその内容は思い出せない。それほど遅くならずに解散していたのだから、大したことではなかったのだ。

 私にとっての幼馴染は中学時代のときの友人なのだろうが、いま交際を続けている者はほとんどいない。原因は私が行動を起こさないからだ。数々の同窓会の誘いをことごとく断ってきてしまったのである。懐古の情とともに、そこに立ち入ってしまったらいまの虚勢が崩れてしまうのではないかという形の知れない恐怖が出来するのである。

 これはある意味、内省を欠いて日々をやり過ごすという行為であり、致命的な自己崩壊を避けようとする虚しい抵抗なのである。ただ、これを続けることにより、自分の存在が益々分からなくなり、そこはかとない不安が充満してくる。張りぼての自己を日々作りながら、それが突如崩壊するときが来るのではないかと恐れているのである。

 自分の過去を知る人に会うことはもしかしたら大切なのかもしれない。何よりも自分自身が見失った自分の姿を思い出させてくれるのは彼らかもしれないのだ。この歳になっても過去の友人たちに会うことに躊躇しているのは我ながら滑稽だ。ときには思い切って過去の世界に浸ってみるのもいいかもしれない。

屋上のアイドル

 渋谷に住んでいたころの思い出は数々あるが、懐古の波が起きると止まらなくなることがある。思い出したときに書いておこう。

 高校生の頃だったか、今はなき東急プラザの屋上にちょっとしたステージがあって、ときにはタレントやアイドルのショーがあった。友人と訪れたのは河合奈保子のプロモーションであった。その頃の彼女はデビューしたての新人歌手だった。レコードのいわば手売りのイベントで持ち歌もシングルの両面のみ、いかにもプロの作詞家と作曲家がアイドルのために作ったという感じのコケティシュな曲だった。後に彼女自身がかなり完成度の高い作曲をするとは、そのときは思えなかった。

 彼女にものすごく熱を入れていた友人は、いろんな情報を持っていて、いろいろと説明してくれた。彼はいたって真面目でピアノ演奏が得意な控えめな性格の持ち主だったので、アイドルへの執着は不思議だった。彼のおかげで売れる前のアイドルの姿を見られたのは幸いであったのかもしれない。

 昭和のアイドルたちはいまより過酷な条件でステージに立っていたようだ。一人もしくは数人の単位で営業していた当時は個人の能力や才能、資質に多く依存していた。そのキャラクターが前面に出ることから、個人的な批判に晒されることも多く、中にはステージ上の仮面と真の自分とのバランスを保てなくなってしまった人もいた。

 過酷な世界に咲いていたあだ花と見る向きもあるが、過去の思い出の一つとして記憶されていることを思えば、時間の流れの中に確かに結実したのかもしれない。

秋の一日の楽しみ方

 今回は主義を変えて、AIに文章を書いてもらうことにした。

「秋の一日の楽しみ方」というタイトルでブログを書いて。

 秋の一日を楽しむには、まずは晴れた朝に紅葉を観賞する散歩を計画しましょう。木々の色づきが美しい公園や山道を選ぶと、心もリフレッシュされます。昼食には、旬の食材を使用した温かいスープやさつまいも料理を楽しみ、体を温めましょう。午後は、友人や家族と共に拾った落ち葉でアートを楽しんだり、秋の味覚をテーマにした料理教室に参加してみるのもいいアイデアです。夕方には、焚き火を囲んでマシュマロを焼きつつ、星空を眺めることで、特別な思い出を作ることができます。このように、秋の一日は自然や食、そして愛する人たちとの交流を通じて、心に残るひと時を提供してくれることでしょう。

これもAIが作成したイメージ。焚き火が危険だ。

 いいけれど、東京ではできないこともある。そのほかの提案を聞いてみよう。

 東京でも楽しめることは何がある?

 東京のような都会でも楽しめることは多岐にわたります。例えば、賑やかなショッピング街で最新のファッションを楽しんだり、文化的な足跡をたどるために歴史的な寺院や神社を訪れることができます。さらに、美味しい食事を堪能できるレストランや屋台も多数あり、様々な国の料理を楽しむことができるでしょう。また、公園や庭園で自然を感じたり、アートギャラリーや博物館で文化に触れることもおすすめです。日々の喧騒から離れられるスポットも多く、自分だけのリフレッシュ方法を見つけられます。

 ではあえてストイックに秋を過ごす方法としては何がある。

ストイックな秋の過ごし方としては、まず、自分の目標に向けて集中する時間を確保することが重要です。例えば、読書や自己啓発に時間を費やすことで、思考を深めることができます。また、屋外でのハイキングやジョギングを通じて、身体を鍛えると共に季節の移ろいを感じるのもおすすめです。さらに、健康的な食事を意識し、地元の旬の食材を使った料理を楽しむことで、心身ともにリフレッシュできます。最後に、瞑想や日記を書く時間を設けることで、自分自身と向き合う時間を大切にすることがストイックな秋の過ごし方と言えるでしょう。

 だそうだ。AIはたちどころに文を仕上げるので私の楽しみを奪う。マシュマロを焼くなんてさすがアメリカ産だとか、屋台はそれほど多くはないとか、ハイキングができないから困っているのだとかこじつけの文句しか言えなくなってしまっている。

感動の下地

 あくまで私の話だが、何かに感動するときにはそれを自分事として考えられるときであると思う。自分だったらどうするだろうという思いが浮かんだときに、感動のスイッチが入り始める。もちろん、それだけではないはずだ。でも、これまで感動したことを思い浮かべてみると、そこには常に自己との比較があるようだ。

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 こうした事例から考えると、私たちが感動するためには自己の経験の豊富さが関与してくるともいえる。自分事と考えるためには、類似する経験を持っていることの意味は大きい。さまざま経験を積むだけ、他者の行うこととの比較ができやすくなる。そこに発見があり、感激が生まれる。だから、芸術でも学術でも何かに感動するためには、自分側の経験の豊富さが大きくかかわってくるといえる。

 その点で現代人が直接何かを経験することが減り、メディアを通して情報を表面的に知ったり、あるいは仮想的な空間で擬似経験しかしていない例が増えていることには問題があると考えれられないか。知っているつもりで実は知らないということは多い。分かっているといいながら自分がその立場に立ったことがなければ本当の理解は進まない。

 もちろんすべての経験を個人が得ることは不可能である。例えば宇宙空間での作業は、ごく限られた人物しか経験できない。しかし、たとえば孤独の中で何かをやり遂げるとか、全く情報が遮断された状況で手探りで何とかやるべきことをやり終えたとか、そういう経験でも推測するのには役に立つ。そうした基本的な経験による学びは子どものころからいろいろなことを通して獲得してきたものであり、中には幼い遊びのなかにその萌芽があるものもある。

 子どもに多くの経験を積ませることはその意味で非常に大切である。座学ももちろん大切であるが、いろいろな現場に立ち会わせることも教育の大切な側面と言える。感動する心が進歩を生み出す。次のものを作り出すためにも、まずは感動できる下地を作っておくことが必要ではないか。

切り換えていく必要性

何かをするときにやはり気持ちという要素は大きい。能力があればできるというものでもない。やり遂げようとする意志がなければ実行できないことがある。

歳をとると体力とともにこの気力ともいうべきものが減退する。放っておくと少しずつ確実に衰えてしまう。それに気づいたときにはまずは痩せ我慢とハッタリでカバーしようとした。虚勢を張っても自分はできると思い込むのだ。しかしこの虚しい試みはすぐに化けの皮が剥がれる。できないことが少しずつ露わになる。

そこで次はできることだけに集中してあとは顧みないという手段に変わる。自分の得意分野に集中して、それ以外は自己主張を控えるようにするのだ。この方法はある程度成功する。枝葉を落として自分の得意技だけで生きるのなら、かえって従来以上の結果を残せることもある。いまはこの段階だ。

恐らく状況に応じたやり方というものがあって、徐々に切り換えていく必要がある。それを本人はなかなか気づかないし、従前のやり方を変えたくないという心理が働く。外部から助言してくれる人がいるならば幸いだが、そうでない場合は達観するための機会を何とかして作り上げていかなくてはならないのだろう。

特異日

 10月10日は晴れの特異日と言われている。今日は晴れというわけにはいかなかったが明るめの曇りであった。南岸の台風の影響もあるのだろう。でも降水がなかったことで面目は保たれた。

 1964年のこの日が東京オリンピックの開会式に選ばれたのもこの特異日であったからという説があるそうだ。日付と天候との相関はなく、単なる偶然らしい。

 そうであっても体育の日をスポーツの日とし、可動な祝日としてしまったことは、少し残念だ。今年のスポーツの日は雨の予報だ。これもまた偶然なのだが。

 次の晴れの特異日は11月3日ということだ。気候変動で過去のデータが使えなくなるのではとも危惧しつつ、穏やかな祝日を迎えたいと思う。

失敗しないなら

失敗しないことが保証されているとしたら、何に挑戦しますか ?

 このお題で直観的に思ったのは、それなら挑戦はしないかもしれないということだ。挑戦というからには相応の覚悟を決めて準備し、失敗するリスクを考えてやるはずだ。始めから失敗しないことが分かったいるのなら、何も新しいことを始めなくてもいい。

 私がこれまでやってきたことの大半は失敗し、そのたびに軽重の差こそあれ、挫折を味わいやり方を修正してきた。その中には諦めという選択肢もあったが、第二、第三の道に進んでいまに至るのだ。

 だから失敗のない人生はもしかしたらかなり味気ないものになるのだろう。まあ負け惜しみだと言われたなら何も言い返せないが。

教師の人を見る目は当てにならない、でも、

小学校の時に受けた知能テストであまりいい点数ではなかったようで、担任が親にあなたの子供は問題があるといった意味のことを言ったようだ。転校したばかりで消極的になっていた当時の私を親としても心配していたようだが、その担任の言葉に大いに憤慨したようで、私にも先生を見返してやりなさいというようなことを言っていたことを覚えている。

 私は自分で言うのもなんだが努力型のタイプで才能がきらめくという人材ではない。何度も失敗してそれをなんとか克服していくという次第で、再度知能テストをやっても顕著な結果は望めまい。ただ人がとうに飽きた頃にまだやっているという経験を繰り返しているうちに、なんとなく頭角を表したように見えるだけなのだ。

 だから当時の小学校の担任を私は恨んではいない。多くの教師がそうであるように、そしていま自分も教師になって分かるように、人を見る目がなかっただけなのだ。少なくとも保護者にあなたの子はおかしいという神経は過去のものとしなくてはならない。それがこの先生から教えていただいた重要事だ。この記事を読んで思い当たる教師がいたら、いますぐ考え直していただきたい。あなたの人を見る目は間違っている可能性があることを忘れないでいただきたい。

 人の将来は誰にも分からない。最近はデータベースに照らし合わせて、ある傾向を提示してそれが事実のように述べる人が多いが、彼らのいう外れ値があるのが現実の人生というものだ。教員であるなら、その例外的なデータこそ指導の目標とすべきなのだ。君は確かに偏差値幾つというデータを出し、この成績ならばこういう進路の可能性が大きい。でもね、それはあくまで可能性であって君の運命ではないんだ。そういうふうに、心から言える教員がほしい。

 彼らの多くは現実の厳しさに打ちのめされるはずだ。ときには本人やその家族から詐欺まがいの非難を浴びるかもしれない。確率的には統計学上の結果になることがはるかに多いのだから。

 でも、コンピュータがこのような確率であなたの未来を予測しているから、あなたはこのように生きなさい、というのはもはや教師でもなんでもない。単なるコンピュータのオペレーターだ。一面的な測定すぎないテストの結果に囚われ過ぎず、あくまで本人のやりたいことを刺激して、結果として未知の才能を導き出すのが指導者なのではないだろうか。この役割こそが人工知能に代替されない教員の仕事だと考えているのである。

つまずき

 小さなつまずきは誰にでもある。ちょっとした凹凸を予測できなかったり、何か他のものに気を取られていて意識が別のところにあったりした場合に起きやすい。物理的なことだけではなく、精神的なつまずきもまた不意に起きる。

 つまずいたことをなんとも思わないことがこれまでは多かった。よくあることとすぐに忘れられた。それが特定の状況下においてはうまくいかないこともある。いつまでも気になって、さまざまな自己嫌悪にぶつかる。本当はただバランスを崩しただけなのに。あたかも致命的な転倒をしたかのように感じられることがある。こうなると萎縮してつぎの一歩が踏み出せなくなることもある。

 失敗は成功の素とは分かっていても気分というものは簡単には切り替わらない。ネガティブな感情に囚われているときは、些細なことであっても重大事に感じてしまうものである。

 職業柄、人を励ます機会は多いが自分のこととなるとまるで思い通りにならない。落ち込むとなかなか抜け出せなくなる。誰かに相談すればいいのだが、そういう相手がいない。弱みを見せられず誤魔化してしまう私の習性もよくない。

 歳を重ねて少しだけ身についたのは、行き詰まったら一度その件については思考停止をしてしまうのがいい。いつか状況を俯瞰できるときがくるものだ。本を読むように自分の置かれていた状況を自分の外側に置けるまで待てばいいのだろう。さすれば答えが見えてくることもある。その中に諦めるという選択肢も含まれるのだが。

 つまずいたときはまずは、その事実から距離を置き、しばらくしてから次のことを考える方がいい。それが若い人たちに伝えたいことなのだ。